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ポケモンGO禁止令で考える日本企業に優秀者が来ない理由

Pokemon Go ban: Why tech guys do not want to join Japanese companies

2016.08.30

Updated by Mayumi Tanimoto on August 30, 2016, 11:49 am JST

ポケモンGO熱が若干落ち着いてきましたが、認知が広まってきたので、様々なニュースを耳にする様になりました。ところで一部の日本企業や大学ではポケモンGoが禁止されていますが、それを追っていると、日本の組織のリスク管理やITガバナンスに対する施策のズレまくった感覚がわかり興味深いです。

例えば名古屋市の住友理工は、全世界の従業員約2万4000人にポケモンGO禁止令を出しており、就業中だけではなく、休息時間、通退時間にも適用しています。それが就業中の事故防止や機密漏洩防止なのであれば、そもそもゲームではなくスマホの持ち込みを禁止する、業務に関わる時間は会社が貸与した機器のみ使用可能にする、といった対策を取るべきです。

「ポケモンGO禁止令」は、ITガバナンスやリスク管理の観点から考えると、随分ずれたことをやっているなあという印象です。

海外拠点の外部監査人やリスク管理は、「はあ?」と思っているのではないでしょうか?

ポケモンGO を禁止するなら、通退勤中のLineやソーシャルゲームの他に、Kindle本、携帯による通話、 飲酒や自動車の運転、休息時間に餅を飲食することも禁止するべきでしょう。アルコールのほうがはるかに危ないわけですし、自動車は自分だけではない他人も殺します。餅は殺人兵器ですから、休息所や社員食堂で食べていて喉に詰まったら掃除機で吸い出さないとならないのです。本質的なリスクはポケモンGO以外にもあるわけです。

つまり、日本の一部の大学や住友理工の様な会社は、リスク回避の本質を考慮せず、「禁止令を出しているのに事故を起こしたから、私たちには責任はない」というアリバイ工作をしているだけに過ぎず、やるべき仕事はしていない、ということになります。原理原則に沿えば、従業員や学生のITリタラシーを分析し、さらに、ポケモンGOだけではなくスマートフォンの利用のリスクを分析し、数値化した上で、どんな対策を取るべきか、論理的に考えるべきでしょう。

さらに、休息時や通退勤中の行動まで内規で縛るのであれば、それが勤務時間に当たるのかどうか、それは会社の命令かどうかということ、文書で明確にする必要もあります。従業員の私的 な時間まで縛ることになるわけですから、それなりの報酬を出すとか、何らかの見返りを提供する必要もあるでしょう。例えば、私的な時間に制約がある M15のような機関であれば、雇用の安定という見返りがありますし、パイロットのような仕事であれば高い報酬が得られます。

日本組織は海外で、こういう、雇用契約や合意書にははっきり書いていないのに、社員の行動を縛るような内規を作成したり、文書化していないけれども、口頭で「これはやってはいけません」と通達することがあります。その多くはアリバイ作り、組織保護のためであって、本質を検討していない。まるで福島の原発の土を冷凍するとか新聞紙を詰めたという話のようなことが、日本の組織では、毎日の様にあちこちで起こっています。それが世界で大人気になっていて、クールジャパンの代表のようになっているポケモンGO経由で炙りだされるというのは、なんとも皮肉な話ではないですか。

例えば、よくある例は、海外駐在員の配偶者の就労禁止です。ビザもあって、配偶者はその企業の従業員でもない上に、その企業で働く本人の雇用契約書や、内規、誓約書などにも書いていないのにもかかわらず、その会社の総務人事担当が、本人と配偶者を呼び出して「働いちゃいけないんですよ」という。これは欧州や北米の感覚では異常どころか、従業員に対するハラスメントとして、訴訟になっておかしくない状況です。このような状況にある方にお会いしたことがありますが、「それは欧州だと人権侵害ですよ。現地の会社なら雇用専門の弁護士を雇って訴訟を起こしますね。勤務している旦那さんは馬鹿らしくなって転職するでしょう」と申し上げた所、キョトンとした顔をしておられました。日本の組織では、所属先を訴える、弁護士を雇うなどということは珍しいことですから、ピンと来なかったのかもしれません。

従業員の勤務時間外の行動、例えばソーシャルメディアでの発信や著作活動、同人活動、政治団体での活動なども同じです。内規や雇用契約書に明記がないのにもかかわらず、日本組織だと、ある日突然人事総務部などから注意が来ます。同僚や上司経由での密告が原因の場合が少なくありませんが、しかしそれを海外でもやってしまうので、海外の人は怒ってやめてしまいます。契約書に書いていないのに、「気に入らないから」「目立つから」「社風に合わない」という理由で注意されてしまうわけです。

これは副業に関しても同じです。文書に書いていないのに、暗黙のルールで副業は禁止されている。だから日本のサラリーマンは、会社に縛り付けられ、プチ起業を試したり、会社外のプロジェクトで力試しをすることが難しいです。だからキャリアの壁にぶち当たり鬱になってしまう。保守的な会社だと50歳過ぎたらセミ定年状態で、出向させられたり転籍になってしまう。それまで会社の外で色々活動したことがないので、今の会社以外の仕事で稼ぐ術を知らないし、人脈もない。

イギリスや北米の感覚だと、雇用契約で合意した業務に差し障りがなく、合意した目標を達成するのなら、勤務時間外に副業をやろうが、作家をやろうが、大工をやろうが自由です。雇用契約書や合意書で禁止されていたらできませんが、そういう例はあまりありません。

これは、テック系企業勤務者にとって重要な事です。週末や就業後に大学で教えたり、会社外のプロジェクトに関わって人脈を広げたり、新技術習得をしたりということが、自分のキャリアアップになりますし、起業の準備になります。副業のほうがうまく行けは自営になる人もいますし、うまく行けば会社組織化します。

一見保守的に見えるイギリスもこの辺はとても柔軟で、起業意欲は北米並みです。元々商人の国ですから、山っ気の多い人が多いのです。特にテック系は手に職のある人が多いですから、一つの組織に縛られるような働き方はしません。ロンドンの東側には元会社員の人が起こしたテック系の会社が山のようにあります。会社側も、そういう様々な「引き出し」を持っている人を歓迎する節があるので、課外活動は歓迎することが多いです。失敗したら戻ってくる人もいます。

しかし、日本企業ではそうは行きません。そうなると何が起こるかというと、自分のキャリアや転職に有利な活動ができない日本企業なんて馬鹿らしくて働けないよ、と優秀な人材が来なくなってしまのです。私はこういう人をイタリアでもイギリスでも目撃していますが、彼らは日本企業の馬鹿げた内規や暗黙のルールが馬鹿らしくなって逃げ出してしまいます。こういう状況を見ていると、なぜ日本からUberやGoogleが出てこないのか、ネット企業の多くがアメリカ西海岸の会社のコピーや、子供を騙して稼ぐようなソーシャルゲームの会社なのか、改良は得意だが、画期的なビジネスは生まれにくいのかがわかります。

ポケモンGO禁止令には、日本組織の村社会的考え方、非論理性、雇用形態の問題が凝縮されています。

 

 

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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