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DXとカイシャというアイデンティティ

DX and work as "identity"

2021.09.01

Updated by Mayumi Tanimoto on September 1, 2021, 07:00 am JST

前回は、中国では高齢者が引退するのが早いのでDXが進みやすい、ということをご紹介いたしました。

中国では、公務員は50代前半で引退する人も珍しくなく、大企業での引退年齢というのも日本に比べると早めです。そんなに早く引退して未練がないのか、と思う方が多いかもしれませんが、中国の職場というのは若い時に激烈に働いて、職場はあくまでお金を稼ぐところという考え方があるので、とにかく早く引退したいと考える人が多いのです。

そんな考え方をしていて寂しくないのか、と日本の方は思うかもしれませんが、実はこんなに仕事や職場と個人のアイデンティティを結び付けている土地、あるいは社会というのは、正直言うと日本くらいのものなのです。

私は日本、イタリア、イギリスで働き、多国籍企業や国連専門機関など様々な国の人々がいる職場で働いてきましたが、ほとんどの国では「仕事 = お金を稼ぐための手段」に過ぎません。

これは、皆さんが保守的だと考えがちな欧州北部でも全く同じです。特に、資本主義の権化であるイギリスは、仕事に関する考え方は非常にさっぱりしていて、肩書きや体裁などよりも重要視するのは「一体いくら稼げるか」ということです。

そして中国と同様に、職場での同僚や上司との接触を極力避けます。なぜかといいますと、皆とにかく職場とは過度に接触したくないからです。お金を稼ぐだけの場ですから、様々な手段を使って短時間で大量に稼ぐということが目的になっているのです。

そんな環境ですから、お金以外は見ておらず、人間関係は殺伐としています。結果、職場で友達を作ろうであるとか、何か同好会に入ろうというような考え方にはならないわけです。職場との接触はとにかく少なくし、滞在時間も短くする。さらに大金をドカンと稼いだらとっとと引退する、というのが標準です。

こんな調子ですから、コロナにおける在宅勤務の推進というのも、日本より恐ろしく速く進みました。しかしその前から、事務系の職業や知識系の職業の場合は、その多くが在宅勤務でオフィスにはほとんど行かないという人も多かったのです。これはやはり、職場になるべく行きたくない、という人が多いからだと思われます。

このような傾向は、イギリスだけではなく欧州北部や北米でも似ています。日本の皆さんが桃源郷として想像する北欧やドイツといったところも、職場での人間関係というのは日本に比べるとはるかに殺伐としています。

欧州の場合、南下してスペインやイタリア、フランス、ギリシャなどに行きますと、北部よりは人間関係がウエットですし、知識産業よりも第一次産業の方が増えてきますから、在宅勤務ができない人も多く、若干は日本の職場に近い部分があります。それでも、近年の若年層の高い失業率や正社員枠の少なさにより、 職場では実質的な正社員と非正規の間で厳然とした格差が生じてきており、 職場に対して愛着を持たない人が増えています。

職場に執着がないので転職も頻繁、早期引退者も少なくない、従来のやり方にもこだわりがない。したがってDXが導入しやすい、というわけです。つまり、日本でDXが進まないのは、職場にアイデンティティを求めるという考え方が文化的にあり、引退しない人だらけになってしまっていて新陳代謝が進まない、これが大きな原因なのです。

 

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。