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ロンドン電波事情

ロンドン電波事情

プログラミングを5歳から教えるイギリスの公教育

2014.09.02

日本の11月の様な気候のロンドンですが、イギリスでは今週から始まる学校が少なくありません。新年度が始まるのは9月からですが、今週話題になっているのは政府主導の公立学校のカリキュラム(national curriculum)改革です。

今回の改革では国語、算数、理科、デザイン、そしてコンピューティングのカリキュラムが大きく変わったのですが、最も衝撃的な変更がコンピューティングでありました。

以下は政府の発表したコンピューティングのカリキュラムです。

Key stage 1 (5-7歳)
アルゴリズムを理解する
簡単なプログラムの作成とデバッグ
デジタルコンテンツの作成、管理、保存、活用、検索
学校外でのテクノロジーの活用
テクノロジーの安全な利用、個人情報保護

Key stage 2 (7-11歳)
実世界や物理的問題を解決するプログラムの設計、作成、デバッグ
繰り返す作業をプログラムで実現する
なぜプログラムのアルゴリズムが動くかを理論的に説明する
コンピューターネットワークの仕組みの理解
デジタルコンテンツの評価
様々なソフトウェアを使いこなす
テクノロジーの安全な利用、個人情報保護

Key stage 3(11-14歳)
実世界や物理的問題を解決するプログラムの設計、作成、デバッグ
主要なアルゴリズムの理解(例:検索機能など)、異なるアルゴリズムの比較
2つ以上のプログラム言語の理解、最低一つはテキストベース
ブール代数を使用した簡単なプログラムの理解
ハードウェアとソフトウェアの理解
異なるデータフォーマットがデジタルデータとして使用される仕組みの理解
コンピューターを使った創造的なプロジェクトの実施
テクノロジーの安全な利用、個人情報保護

Key stage 4(14-16歳)
コンピューターサイエンス、デジタルメディア、情報通信に関する創造性、知識を強化する
論理的、コンピュータサイエンス的な考え方、問題解決の力を強化する
コンピューティングの変化を理解し情報を安全に使用する方法を理解する

Key stage 1が5歳からとなっているので「あれ?」っと思った方がいるかもしれませんが、イギリスでは公立小学校が5歳から始まります。そのため5歳児もコンピューターの授業を受けるのですが、5歳児が学ぶのはプログラミングであります。ウェブサイトを作るとか、ワープロソフトでお絵描きをするという内容ではありません。

以下はGreenwich Free Schoolにおけるプログラミングの授業の様子です。

そもそもイギリスの公立学校におけるコンピューターの授業というのはかつてはICTと呼ばれており、その多くは、ワードやエクセルの使い方を教えたり、ウェブサイトをいじったり、データベースをいじるという、「コンピューターの使い方を教える内容」が中心でした。しかし生徒からも産業界からも苦情が相次いでいたため改革することになったわけです。

今や生徒は家で学校で習う以上のことができるため、大学でコンピューターサイエンスを専攻する様な学生には物足りません。産業界からの苦情はかなり深刻です。サッチャー改革で非効率な鉄鋼や造船などの産業や製造業を徹底的に破壊し、金融やクリエイティブ産業(ゲームやデザイン)などの知識産業が中心の経済となりましたが、知識産業の血肉であるIT関連人材が不足しており、海外からやってくるエンジニアに頼って何とかやっているというのが実態です。

シティの情報システム部を見回しても、東ロンドンのスタートアップやゲーム会社のオフィスを見回しても、本当に外国人だらけです。ワタクシの同業者も外国人ばかりです。(なぜかインドやパキスタンやドバイやナイジェリア出身の方ばかり)

コンピューターサイエンスの履修者は年々減り、ビジネススクールでも情報管理系のクラスの履修者がドンドン減っており、担当の先生が「需要がないからヤバい。。」と焦っているほどです(これはちなみに某知人であります。イギリスの国立大学の先生は公務員ですが、授業の需要がなかったり、予算が足りなくなると首になります)

若い人はマーケティングやコンサルティング、販売など見栄えがよく、稼げそうで(実際はそうでもない)、勉強が必要ではない業種を好みます。IT関連職の待遇や社会的地位は決して悪いわけではなく、ペイもかなり良いのですが、なにせ勉強が大変なので敬遠されてしまうというわけです。

イギリス政府も産業界も、IT人材の有無が国の先行きを左右するとみており、今回の改革にかなり力を入れています。

しかしながら、この改革、うまくいくのかどうかはわかりません。まず第一の問題は、教える人材不足です。ICTを教えていた先生のほとんど(90%以上と言われている)はコンピューターサイエンスの学位がなく、それがワードやらエクセルの使い方を教えるだけという超低レベル授業の原因でした。

政府は実務経験のある先生を採用しようと躍起になっているのですが、そもそも教員になりたい人がいないため、かつての日本の自衛隊員募集の様な協力なリクルーティングをやっている有様です。

そもそも教職の給料というのは激安で、社会的に尊敬される職業でもありません。学校によっては生徒に刺される危険があるという命がけの仕事です。教育困難校では生徒が刃物や銃を学校に持ち込んだり、先生を殺します。生徒は刑務所帰りで、いつ先生の首を絞めるか不明なため、教壇にはパニックボタンがついているのが珍しくありません。生徒が学校に入るには金属探知ゲートを通過します。なお、学校の外では、生徒同士がアフリカのジャングルで草刈りに使うマシェティという巨大な釜を持って敵対グループを攻撃していたり、銃撃したりすることがあります。 早熟な生徒は11歳、12歳ぐらいでドラッグをやり始めます。また時々小学生が老人を撲殺する事件が発生したりします。

こういう学校に赴任する先生には特別ボーナスがでるわけですが(まるでアフガニスタンに赴任する兵士の様であります)、それでもやりたがらない人が多数です。そこそこ実務経験のあるプログラマであれば、3−5倍の給料を稼げる民間企業に行ってしまうので、わざわざ危ない教職などやらないわけです。

さらに、イギリスは日本以上の格差社会なので、公立学校といえども、学校間の格差が凄まじく、お国が「これを教えなさい」といっても、生徒も先生もこなせるかどうかが謎です。大都市だと学校内で40カ国語以上の言葉が話され、生徒ばかり親も英語が通じず、学校に通訳をつれてくる、という学校があったりします。言葉が通じないので授業が成り立ちません。イギリスに来るまで本を一度もみたことがなかった、という人もいます。

一方、裕福な地域の公立学校に通学する生徒は、数億円の家に住み、夏冬に海外に遊びや勉強に出かけるという生活です。裕福な地域とそうでない地域の生徒の学力差も凄まじいわけです。

イギリスだけではなくアメリカやその他先進国も、かなり早いうちからコンピューティング教育に力を入れています。日本では学校で生徒に銃撃されることもマシェティで攻撃されることもないので、デスマーチに疲れたIT業界経験者を先生としてリクルートして、タブレットの使い方云々ではなく、コンピューターサイエンスそのものを教えたらどうでしょうか。

しかしその前に必要なのは、IT業界の働き方をどうにかしろってことなんですけども。


谷本 真由美(たにもと・まゆみ)
NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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