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プログラマー経営学

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退職と失恋

2014.10.01

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 サイバーエージェントの藤田社長が競合に社員を引き抜かれたことで社員を激怒した、という談話を日経に掲載していて、それがネットで話題になっていました。


 私は個人的には藤田社長を存じませんが、今回の対応は経営者として同情すべき点はあるものの、非常にまずい言動ではなかったかと思います。


 ただし、気持ちは本当によく解ります。

 
 私自身もそうですが、私の周囲の経営者も、大なり小なり、同じようなことを感じることがあるのではないかと思うのです。

 私は経営者がパーティの席で退職する社員を名指しで叱責したり激怒したりする場面にも何度か遭遇したことがあります。


 私個人は、こうした振る舞いは経営者としてみっともないと思っています。
 ただ、気持ちは解ります。


 というのも、これはどう格好のいい理由で取り繕ったとしても、要するに退職希望者が出るというのは「経営者が見限られたから」でしかないのです。


 そういう態度を表明されたとき、人間は弱いものですからつい自分の気持ちを守ろうとして、彼らが悪意を持って悪いことをしているのだと思いたくなります。面と向かって「キライ」と言われるよりも酷い心理状態です。


 これは失恋に似ています。

 長年連れ添ったカップルが、どちらか一方から不意に別れを切り出されます。愛情というものがないではなかったけれど、愛着は確実にあった。けれどもそれだけでは満足できない、もっと愛してくれる人がいい、理由はなんでもいいですが、とにかく、そういうことです。


 ある経営者は、社員が退職の意向を表した時、一旦は引き止めるのですが、そのすぐ後に解雇していました。


 これなどは「振られそうになったら先に振る」というよくある失恋の防衛反応です。


 であるが故に、やはりそれで感情に任せて怒るというのは実に情けないものです。
 見限られたのは誰あろう自分自身なのです。自分が批判されているときに感情的になって叱責しても、それが一罰百戒になるわけがありません。恥の上塗りをするだけです。少なくともその様子を見て「なんて立派な社長なんだ」と思う社員は一人も居ないと思います。いたらちょっとおかしいです。


 職業選択の自由は憲法が保証する基本的人権です。
 なぜそれが基本的人権として守られているのか、というと、それだけが唯一会社に対して個人の尊厳を守ることが出来る最後の武器だからです。


 社員は会社で働くためにさまざまなルールを受け入れています。
 副業の禁止や、勤務時間、勤務体系、組織、同僚、上司、部下、待遇、社員の立場の者が自由な裁量で決めることが出来るものはまずありません。


 こうした全てを受け入れるかわりに、会社で働くことを最終的に選択しているわけです。


 雇用者は雇用主が提供する環境を受け入れる限り、雇用主の思い通りに振る舞わなければなりません。しかし、それを雇用主が要求できる理由は、雇用者が職業選択の自由をしっかりと確保しているからこそです。


 「気に入らなければ辞めればいい」


 雇用者に許されている唯一の自由は、それだけなのです。
 ですからこの権利の公使は極めて神聖なもので、決して誰にも冒されるべきものではないと、私は思います。


 ですから私は自らこの権利を公使し、退職しようとする人間をまず引き止めることはありません。


 私自身は理由も聞きません。
 同僚が気に入らない、給料が安い、仕事が気に入らない、なんでも構いませんが、退職する理由を詮索することは下品とさえ思えるからです。


 ごくまれに、自分から退職する理由を教えてくれる人が居ます。
 そのときは謹んでその理由を伺います。


 ネガティブな理由で辞める人もいれば、ポジティブな理由で辞める人も居ます。
 実際、私は退職した元社員とときどき外で会うことがあります。


 新卒でこの会社でずっと働いていたから、外の世界が見てみたい。
 それだって立派な退職理由だと私は思います。


 ならば外の世界を見てくればいい。


 そうしてしばらくしてまた戻って来た人もいれば、外の世界で成功した人も居ます。


 例えばログ解析ソフトのFluentdで有名なTreasureDataの太田君は、元々UEIの開発者として学生時代を過ごし、途中で西川さんとPFIという会社を立ち上げました。そのときも僕はむしろ「頑張って活躍して欲しい」という気持ちで送り出しましたし、実際、彼は退職後も期待以上の活躍をしてくれています。


 新卒で入社してUEIのロゴデザインをした堀君は、Yahooのトップページをデザインするデザイナーになりました。退職後に呼ばれた彼の結婚式で初めてそのことを知ったのですが、彼の活躍がとても誇らしかったです。


 以前だれかに指摘されたのですが、私は会社を学校の一形態と考えている節があります。


 もちろん会社はお金を稼ぐ組織である必要がありますが、それ以上にそこに要る人たちが成長できる場でなければなりません。


 会社の成長が、単なる数値上のものではなく、社員全体の成長を意味するものでなければ意味がないと思います。


 会社のOB/OGが社外で活躍すれば、それだけ会社の価値もあがるじゃないですか。


 もちろんその瞬間は売上が下がったり、仕事がうまくまわらなくなったりしますし、辞め方としてやっている仕事を途中で放り投げるというのはモラルの面でいかがなものかと思いますが、それでも外で挑戦したいことがあるという人を応援しない会社は長期的には損をすると思います。


 私の頭の中には日本のマイコンの黎明期に活躍したコンピュータ雑誌業界のことが常にあります。


 日本のコンピュータ雑誌は、工学社という小さな出版社から始まりました。

 「月刊I/O」という雑誌で、今でも続いています。

 このI/Oの創刊に関わった人々は、西和彦(後にアスキーを設立。米Microsoft副社長も歴任)、古川享(後のマイクロソフト株式会社会長、現慶応義塾大学教授)、塚本慶一郎(後にインプレスを設立)という蒼々たるメンバーで、彼らが工学社を飛び出して株式会社アスキーを作り、アスキーがMSXを作り、ファミ通をつくりました。


 この当時のアスキーというのは、奇跡のような会社で、キラ星のごとき才能が結集した会社でした。アスキーの人気雑誌ログインの編集長だった河野真太郎は後にSoftbankが携帯電話事業をスタートするときに活躍し、同じく編集長を経験した高橋ピョン太はセガのオンラインゲーム事業を担当した後、ドワンゴの着メロ事業を支え、ドワンゴが急成長する切っ掛けを作りました。もちろん、月刊ASCIIの名物編集長だった遠藤諭は現在、角川アスキー総研の所長として活躍しています。


 工学社の創業者にして現在も社長を続けておられる星正明さんには私も高校、大学時代にお世話になりました。


 工学社は決して大儲けする出版社ではなかったけれども、工学社の雑誌で投稿者として育ったのは、私だけでなくソフトイーサの登大遊さんなど未踏出身者も何名か居ます。


 私が知っているのはアスキーと分裂してだいぶ経ってからの星さんですが、彼が西さんや古川さんに対する恨み言を言ってるのを聞いたことがありません。


 むしろ彼らの活躍を、心のどこかで喜んでいるようにも見えました。


 そして何より凄いのは、工学社がまだ単独の出版社として存続し、I/Oという老舗雑誌を発行し続けていることです。


 歴史というやつだけはお金で買うことはできません。
 これだけ長きに渡ってひとつの雑誌を作り続ける組織を作った星さんは名経営者だと私は思います。
 

 ゼロックスが未だに世間の尊敬を集めているのは、イーサネットやGUIを産み出したPARC(パロアルト研究所)を持っていたからです。そこにアラン・ケイがいて、マーク・ワイザーがいて、未来のコンピュータ社会を正確に予言したからです。


 アラン・ケイもマーク・ワイザーも、もうゼロックスには居ません。けれども、ゼロックスはアラン・ケイとマーク・ワイザーの活躍によって、今なおコンピュータの歴史に燦然と輝く功績を残したと評価されているのです。


 「他の会社で働きたい」という社員が居たら、経営者は傷つくのは仕方ありません。それなりのポジションを与えた部下ならなおのことです。しかし、だからこそ、その傷を胸にしまって、「がんばれよ」と笑顔で送り出してあげる経営者で居たいと少なくとも私は思います。


清水 亮(しみず・りょう)
1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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