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プログラマー経営学

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Windows10でようやく本気が見えてきたMicrosoft。起死回生なるか

2015.01.22

 日本時間で本日未明、Windows10が発表されました。

 Windows10は今年年末にリリース、Windows7,Windows8,Windows8.1のユーザを対象に1年間の無償アップグレードが行われるとのことです。


 これはMicrosoftの過去の歴史からいえば、非常に画期的なことです。

 これまでのMicrosoftのビジネスでは、OSのアップデートこそが数年に一度の大きな売上を作るポイントでした。
 しかも数万円という非常に高額なアップグレードを常に要求していたわけです。


 ところがこれを一年間の期間限定とはいえ無償化するというのは非常に大きな転換点です。
 Microsoftがようやく本気を出す気になった、と筆者は考えます。



 そもそもなぜこういう状況に追い込まれたのか。


 ひとつには、Windows8への移行率の低さがあります。

 Microsoftは昨年からWindowsXPへのサポートを打ち切ったわけですが、これには大きな反発が産まれました。

 「XPで充分であり、アップグレードする必要性を感じない」と考えるユーザが大勢居て、特に企業等は社内のコンピュータの大半にXPをインストールしたままであり、11年前のOSでありながら、未だに18%という高いシェアを誇っていました(調査会社Net Applicationsの2014年調査による)。


 また、企業のライフサイクルから考えても、11年ごとに社内のOSを全てリプレースするのはかなりしんどいというか2000年問題が10年ごとに起きるくらいの煩雑さになるのでXPのサポートを打ち切ると発表した時点でMicrosoftに対する不満が産まれたのは事実です。


 現在はWindows7のシェアが60%程度と首位を獲得していますが、さらに現行バージョンであるWindows8(および8.1)は未だ10%程度のシェアしかありません。


 OSを作り、アップグレードを売る、という商売が生命線であるMicrosoftにとって、この移行率の低さは致命的です。Windows8が登場したのは2012年、もう3年も前だというのに、まだ1割のコンピュータしか移行されていないのです。


 私の勝手な予想では、既存のPCにWindows8をアップグレードでインストールした人は殆ど居ないということではないでしょうか。


 実際、Windows8はその提供する機能があまりに斬新なため、タッチスクリーンを前提とした設計になっていました。


 その結果、従来型のWindows7世代のマシンでWindows8をアップグレードしてまで動かす意義がユーザにいまいち伝わらなかったのではないかと考えられます。


 しかしMicrosoftとしては、いつまでもWindows7世代を引きずることになるとまたXPの二の舞になりかねません。


 OSメーカーとして、常に新しいOSを作り続け、パーソナルコンピューティングのリーディングカンパニーとして長らく君臨してきたMicrosoftにとって、古いバージョンのOSはできるだけ早く切り捨てたいというのが本音です。


 そこで不振の続くWindows8は「なかったこと」にして、とにかく先に進むために「Windows7を含めた旧バージョンからWindows10への無償アップグレード」を用意せざるを得なかったというのが本当のところでしょう。

 ただ、同時にこれはMicrosoft的なモノの作り方が、もはや限界に達してきているということの皮肉な証明にもなりつつあります。


 Microsoft的なモノの作り方、とは、一言で言えば「スクラップ&ビルド」です。


 歴代のWindowsの画面を思い起こして下さい。

 全てのバージョンが驚くほど異なるポリシー、異なるユーザーインターフェース、異なるルック&フィールで実現されています。


 ユーザは新しいバージョンのWindowsを導入するごとに新しい作法に慣れなければなりません。


 とりわけ大きな変化だったのが、Windows1.0→Windows2.0、Windows3.1→Windows95、WindowsXP→WinodwsVista、そしてWindows7→Windows8と計四回、それまでのお作法を「ご破算」にして新しい作法をユーザに強要してきました。


 明らかな欠陥商品であるWindows1.0、誰も使わなかったWindows2.0はともかくとして、Windows3.1を契機にようやく売れ始めたWindowsシリーズにとって、Windows95への進化は誰もが歓迎するものでした。


 そしてWindows95で確立された「シカゴスタイル」のユーザーインターフェースを踏襲しつつ発展し、ある意味究極系に到達したのがWindowsXPです。


 このWindows95からWindowsXPまでの時代というのはMicrosoftの黄金期でした。
 
 ところがWindowsVistaで、全く違うお作法が産まれます。
 なぜかMicrosoftは歴史的に「アプリケーションの呼び出し方」を毎回ドラスティックに変えたい、という欲望を常に剥き出しにしています。


 Vistaの作法そのものが悪いというよりは、Vistaで導入されたAeroという、「メリットはよくわからないがとにかくCPUとGPUの両方に負担がかかる」ルック&フィールによってWindowsの評判は一時期最悪になり、あわててWindows7でXP時代のルック&フィールに戻したことでようやくXPやVistaから7への移行が行われたという経緯があります。


 しかしWindowsVistaでの失敗を、繰り返すどころか拡大してしまったのがWindows8です。


 Windows8マシンは、私自身、何台か所有していますが徹頭徹尾、ストレスが溜まらなかったことがありません。


 画面が基本的に全画面アプリばっかり(ウィンドウはどこへ?)で、たまにデスクトップに戻るとホッとするほど。しかしスタートボタンを押すと見慣れたWindows95から7まで続いたスタートメニューではなく、全画面表示の巨大なタイルが出てきて、何をクリックすればいいのか、どこを触ればいいのかわからなくて混乱します。


 たとえばこれが、Windowsと名の付かない全く別の世界のマシンだったら、こういうのも有りかもしれません。


 しかし、つい昨日までWindows7を使っていたユーザが移行するにはあまりにも別世界なのです。


 突然明日から日本はロマンシェ語を公用語にするので公文書はすべてロマンシェ語で提出するように、という宣言が出るようなもので、多くのユーザは戸惑いました。


 個人的にはMicrosoftがWindows8でやりたかったことはよくわかりますが、少なくともユーザの誰も望んでいないタイプのアップグレードであったことは間違いないと思います。


 そこでWindows10はまずどうしたかというと、スタートメニューをWindows7のスタイルにやや戻すような形で近づけました。これならちょっと派手なスタートメニューという感じなのでWindows7までを使い慣れた人たちにも移行しやすいかなという感じです。


 まあ三年も経って今だ10%のシェアしか獲得できないWindows8の現状をみれば、それ自体はどうしようもないと思います。


 ただ、今回、期間限定とはいえ大きな売上拡大チャンスであるアップグレードを無料にしたというのは、Microsoftがようやく危機感を持った結果でしょう。既にWindows8の時点で多くのユーザを失望させ、支持を失いつつあり、なおかつAndroidやFirefoxOSのように、エンドユーザー向けの無料OSが次々と登場するようになった背景を考えると早めに手を打っておかなければリーディングカンパニーの地位も盤石とは言えません。


 ここまで追いつめられているにも関わらず、昨年過去最高益を更新した経営基盤が盤石な今こそ、身を切る覚悟で無償アップグレードを提供できるというのがMicrosoftの強さです。


 また、ここでユーザの使用するOSのバージョンを一度揃えておかないと、今後のMicrosoftの展開全体が悪影響を受けることになります。だからどうしても必要な措置だったのでしょう。しかしそれがなかなかできないのがMicrosoftという会社でした。


 今回、外から見れば当然の手を打ったことによってMicrosoftは多少なりとも息を吹き返すかもしれません。
 現在最高益を更新していても、それは過去のブランド資産を食いつぶすだけであり、今手を打たなければGoogleやAppleといったライバルに対して有利なポジションを獲得できないということになります。

 Windows10の新機能が、非常に地味かつ保守的に見えるのも、むしろMicrosoftが本来のクレバーさを取り戻したと考えると納得が行きます。


 ユーザの誰も、それほど新しい機能を望んでいないのです。


 今回搭載される新機能として未明に発表されたのは、AppleのSiriのような音声認識エンジンのCortana(コルタナ)と、キーボードを外してタブレット状態にすると自動的にモードが切り替わる機能(むしろなぜ8に付いてなかった?)、InternetExplorerに変わる新しいブラウザ「スパルタン」(ただし機能的な違いについてはWebページに手書きでメモできるとかよくわからないものが多い)という、一般ユーザから見て明らかに「違う」とわかる訴求点が少ないものです。Webページに手書きでメモしたい人ってWebデザイナー以外で居るんでしょうか。既にこの時点でだいぶ迷走しています。それでもルック&フィールが保守的なものに戻っただけでマシだと思います。


 そもそもなぜWindowsが、バージョンアップのごとにロゴやデザイン言語まで変更して発表されるのかというと、Microsoftが基本的にはOSの供給メーカーだからです。


 そしてMicrosoftがOSを売る相手は、エンドユーザではなく、PCメーカーです。


 PCメーカーが「よし、じゃあうちも新バージョンのOSにあわせていっちょ新機種大量投入しますわ。ワッハッハ」と言って参入してくれないとOSを売ることが出来なくなるわけです。


 しかしPCメーカーが熾烈な価格競争を繰り広げた結果、PC一台当たりの利益率が2〜5%という極めて低い水準になっていることを考えると、SONYがVAIOを切り離したくなるのも解る気がします。


 結局、このビジネスで大きく儲けることが出来るのはMicrosoftだけなのです。


 とはいえ、PCメーカーもPCを売るのが仕事ですから、いくら利益率が低くてもやらないわけにもいきません。
 そのため、MicrosoftはOSのバージョンアップを一種の「お祭り」にしなくてはならないのです。


 「お祭り」の神輿であるWindowsの新バージョンに求められるのは、第一に「見た目で違いがわかること」です。

 自動車のモデルチェンジと同じく、デザイン言語を数年毎に一新することで「今まで新鮮に見えていたデザインが、古めかしいデザインに見える」といった状態を意識的に創り出すのです。


 自動車の場合、根本的な耐用年数があるし、ガソリンさえ入れればあとはメンテナンスし続ければ動くのでデザインが古いというのは本当に新車の売上を伸ばすということに直結するわけですが、実際の業務に使われるオフィス用OSがそんな理由でドラスティックに変更されると、根本的なところに問題が生まれます。


 たとえばセキュリティホールの問題もそうですし、APIの問題もそうです。


 Windowsがバージョンアップするごとにプログラミングに関する約束事が毎回変わります。
 旧バージョンで動いていたアプリも、新しいWindowsで一応動くことが期待されますが、動かなくても文句は言われない、という不思議な世界です。


 この数年毎に「どんがらがっしゃん」とどんでん返しを繰り返して糊口をしのいで来たのがPCアプリケーション業界です。


 あまりにプログラミングの作法が変わるので、15年前に実際にMicrosoftでエンジニアとして働いていた筆者も、最新のWindows8のプログラミングはできません。全く世界が違うのです。


 ところがOSというのは、逆説的ではありますが変わらなければ変わらないほうがいい、という側面もあります。


 たとえばLinuxは、バージョンが変わろうとできることが大きく変化しません。
 ただ粛々と、セキュリティや基本機能が強化されるだけです。


 Linuxは登場以来、殆ど大きな変化をしていません。
 ルック&フィールの部分についてはいろいろとオープンソースで作り込まれたりはしていますが、OSの根幹を成す機能についてドラスティックな変化はありませんし、ソフトそのものは半世紀前のUNIXから作り方の作法もプログラミング言語も含めて全く変わっていません。


 むしろWindowsのめまぐるしい開発環境の変化は、一種ノイローゼ的にさえ見えます。


 なぜそうなってしまうかというと、Microsoftではそれができてしまうからです。


 筆者は今でもMicrosoftは世界最高のソフトウェア技術集団だと思っています。
 これだけの規模のOSをゼロから作り続けることができる集団は、AppleにもGoogleにも居ません。


 AppleのiOSやMacOSXも、GoogleのAndroidも、根幹部分はLinuxやFreeBSDといった、オープンソースのUNIX系OSをベースとしています。


 Microsoftだけが、信じられないほど巨大なOSの全てのレイヤーを自ら設計し、実装し、構築するという途方もない仕事を数年毎に成し遂げているのです。


 ただし、この技術力が極端に突出していることが、社内でのユーザ軽視というカルチャーに繋がっている可能性は否めません。


 Microsoftでは、プログラミング言語を作るチームとOSを作るチームが最も偉く、オフィスのようなアプリケーションを作るチームは格下であると看做す文化がありました。ユーザに近づくほど格下になるのです。これはAppleの真逆です。


 プログラミング言語やOSを作るチームというのは、いわば哲学者の集団だと考えて下さい。

 常に「OSとはどうあるべきか。新しいOSに必要な機能は何か」ということに集中して取り組んでいます。
 そして本質的に彼らの考えは概ね正しいのです。


 正しいのですがしかし、そのためには常に大規模な改造が必要になります。
 新しいAPI、新しいプログラミングパラダイム、新しいプログラミング言語、新しい開発環境を定義する必要が出て来るのです。


 普通の組織は、そこまで大変なことをやる資金も人員も持っていないので、こんなところに労力を割くことはしません。


 しかしMicrosoftはそれができてしまうのです。


 そしてそれが出来てしまう以上、新しいOSの開発を任された責任者は、「前任者の設計はクソだ。ぜんぶ捨てちまえ」という気持ちを少なからず持っています。なぜかわかりませんがそういう文化なんです。


 解りやすいのはDirectXです。
 DirectXはMicrosoftのゲーム技術の根幹を成すAPI群で、現在のXboxの元になっている技術です。


 非常に重要な技術であるにも関わらず、バージョンが一つ違うとAPIや哲学が突然ガラッと変わります。
 私はDirectX関連の部署におり、DirectXに関して初期のマニュアル類やスライドを翻訳したり、これに関して著書もあるのですが、最新のDirectX12に関しては全く解りません。


 DirectXも8以降は哲学としても安定してきたのですが、いかんせん未だに90年代の最初期のDirectXを引きずっている部分があり、エレガントに記述するためにはC#というMicrosoftが独自に開発した言語を使う必要があります。これにしても、Windows2000の頃に突如出現した新しいプログラミング言語です(といっても15年前ですが)。


 あまりにも劇的にプログラミング環境が変わるので、私はWindows向けプログラミングを追いかけるのを諦めてしまいました。2006年まではやっていたのですが、もうとてもじゃないがついていけないのです。


 そのようにふるい落とされた開発者は私だけではなかったらしく、開発者が減少したことに危機感を感じたMicrosoftはWindows8から、HTML5でもネイティブアプリがプログラミングできるように設計を変えました。


 それにより、確かに形の上では私はWindows8アプリを開発できるようになったのですが、そもそもそこまでしてWindows8アプリを開発する動機もありません。


 WindowsStoreの状況はハッキリ言って悲惨そのものです。


 私がソフトウェア開発会社のCEOとして、何か新しいアプリを発売するぞ、と考えた時の候補にすら登りません。クライアントからWindows8用のアプリを開発して欲しいと一度だけ頼まれたことがありますが、そのクライアントとはMicrosoft自身でした。


 つまり独立系ソフトウェア開発者(Microsoftでは伝統的にISVと呼ばれる)にとって、Windows8は極めて魅力のないプラットフォームとなってしまったわけです。


 しかしWindows10は起死回生のチャンスとなる可能性があります。


 まず、無償であるということと、Windows7のスタイルに戻った、というところが大きなポイントです。


 ユーザは変化を望んでいないのに、セールスの都合が見た目の変化を要求する、というある種の矛盾した状況において、Microsoftが第一優先したのは過去のソフトウェアの移行です。


 そもそも古いPCでWindowsをアップグレードしたって、要求スペックがもともと違うわけですから快適に動くというわけでもありません。


 ユーザはとりあえず無料だからWindows10にアップグレードしてみて、「悪くないじゃん。けど遅いな」と思って新品のWindows10マシンを購入することになるでしょう。


 新品のWindows10マシンにはWindows10のライセンス料が含まれていますから、PCメーカーとしてもMicrosoftとしてもWin-Winの関係を維持したままアップグレードを促せるわけです。


 こんなことは最初から解りきっていたと言うのに、どうして今までこの手が打てなかったかと言うと、にも関わらずアップグレードパッケージの売上も相当数あったからです。


 これに比べるとAppleの新しいOSであるYosemiteも同じく無償アップグレードであるにも関わらず、動作がまだ少し怪しかったり、アプリがバージョンアップに対応していなかったりで「いつアップグレードすべきか」といういつもながらの別の問題がのしかかっています。


 けれども今回のWindows10へのアップグレードは多くの場合歓迎されるでしょう。


 ユーザは、新しいものが出たら一度は試してみたいという欲望を持っているからです。


 個人的には、室内に用途を絞ったHMDであるHoloLensの発表や、ホワイトボード用途に使える84インチのSurface HUB
には期待したいところです。ただ、いくら巨大でも、巨大にしただけではUIを変えないと現状の決して使いやすいとは言えない電子黒板そのままになりそうな気がするのですがその配慮がされているかというと疑問です。

 Windows11への地ならしとして、Windows10へのアップグレード作戦が成功するかどうかが今後のMicrosoftの命運を左右することになるでしょう。


 しかし久しぶりに真っ当な手を打ったと評価できるので、Windows10にはとりあえず期待したいと思います。


清水 亮(しみず・りょう)
1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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