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全てのUIは消耗品である、とりあえず今のところ

Any UIs are consumable , for the time being

2015.04.08

Updated by Ryo Shimizu on April 8, 2015, 08:29 am JST

Windows10は成功すると思います。

Windows8の惨めな敗北を挽回し、再びMicrosoftが地上の王者たる地位を取り戻すきっかけになるでしょう。

Microsoftというのは思えばとても幸運な会社です。

失敗しても、挽回するチャンスが幾度もあります。
たとえば誰にも見向きされなかったWindows1.0とWindows2.0、使い辛かったWindows Vista、そして今回のWindows8。

にもかかわらず、Microsoftがユーザから支持され続けるのは常にユーザに沿おうと努力し続けているからです。

失敗したら、素直にもとに戻す。

これができる限りはMicrosoftは安泰です。

そのうえ、違法コピーも含めたWindows7以降の無償アップデート。
ここにはMicrosoftの大いなる意志と戦略を感じます。

この作戦はたぶん大成功するのではないかと思います。

さて、Windowsは特に顕著ですが、OSがアップデートするとUI(ユーザーインターフェース)がガラッと変わります。

唐突にUIが変更されると、操作が違うことに戸惑ったりします。かといってそれが以前より便利になったと感じられるケースは意外と多くなく、一般消費者からみると「なんで変えるの?」と不思議に思われるかもしれません。

 

しかしそれは20世紀のソフトウェア産業の背景を考えるとある程度はやむを得ない選択だったのです。

 

ソフトウェアは、もともとハードウェアのオマケでした。

最初の最初にあった個人用コンピュータには、ソフトウェアそのものがついていませんでした。ソフトウェアを作ることそのものが目的だったのです。

最初にマイクロコンピュータ向けにソフトウェア開発環境というソフトウェアを作って売る、というアイデアを実行に移したのは若き日のビル・ゲイツでした。

彼はアルテア8800というマイコン向けにBASICというソフトウェア開発環境を開発し、販売しました。

 

これがウケて、その結果、世界中のパソコンメーカーはMicrosoftのBASICをバンドルして自社のマシンを売り込むことにしました。

Microsoftはまだ小さくか弱い会社で、誰もやがて彼らに支配権を譲ることになるとは想像もしていませんでした。

 

最初にハードウェアとソフトウェアの一体化に気付いた会社はどこだったか、示すのは難しいです。というのも大型コンピュータはオペレーティングシステムと呼ばれる基本ソフトウェアをセットで提供するのが当たり前だったからです。

しかしソフトウェアを中心とした思想でハードウェアを設計した例として相応しいのは、Symbolics(シンボリクス)でしょう。

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Symbolicsは、LISPというプログラミング言語のために設計されたコンピュータです。

専用の40ビットCPUを持ち、全てのハードウェアがLISPのために最適化されています。

このマシンは非常に高価で、数千万円しました。

しかし非常に強力なマシンで、このマシンで開発されたソフトも非常に強力で、後にうまれる様々なソフトウェアに影響を与えました。

 

BASICにせよ、Symbolicsにせよ、ユーザーインターフェースは様々です。

そしてソフトウェアが進化するに従って、ユーザーインターフェースもまた進化していきました。

そして未だ進化の途上にあります。

その結果が、Windows8のタイルUIです。

ただこれは評判が悪く、Windows10ではWindows7っぽいユーザーインターフェースが復活します。

WindowsでいえばWindowsXP以降のユーザーインターフェースが最も好まれているようです。

MacOSは1984年以来、ほぼ一貫したユーザーインターフェースでしたが、OSXになったときに大幅に変化します。これはNeXTがベースになっているからです。

 

先日、文科系の大学院生と話をしていたら「右クリックって何?」と聞かれました。

私は驚いて、「え、知らないの?」と聞くと、「だってMacのタッチパッドには右ボタンなんかないじゃない」と反論されました。

いつのまにか習慣としての「右クリック」が「左右同時クリック」にすり替わっていたのです。

右クリックのように長年親しまれてきたお作法までいつのまにか形骸化してしまうなんて、と少し驚きました。

 

スマートフォンも例外ではありません。
AndroidもiOSも、発売当初のお作法からずいぶん進化しました。

こんなふうに、パソコンやスマートフォンのUIは進化し続けます。

なぜ進化するのかというと、そもそもMicrosoftはOSを売るのが商売だったからです。

OSを売るというのは、たとえばWindows95を売ったら次は98、その次は2000とME、その次はXP、その次はVista・・・といった具合に、次から次へと新製品を売り込んで行かなければなりません。

そのときに店頭で比べてみて、「うちのパソコンは古くなった」と思わせるためにはルック&フィールの変更が不可避なんです。

 

反対に、非コンシューマ製品というか、あまり一般の人が店頭で買わないOSは、逆に40年間、UIが変わっていません。1946年にリリースされたUNIXは、現在のLinuxやMacOSのカーネル(Darwin)の先祖とも言うべきものですが、基本的に変わっていません。

今一般的に良く使われているシェルであるbashが開発されてから25年なので、25年間は取り立てて大きなUIの変更がないと思います。

これは驚異的な話で、これに比べるとコンシューマ向けOSはあまりに頻繁なUIの変更を行っているように感じます。

さらにUNIX上のGUI環境であるX-Window Systemは、1984年に最初のバージョンが開発され、1987年までになんと11回のバージョンアップを繰り返し、X11と呼ばれる現在の完成形になります。

X11は数年毎に大きなバージョンアップがされますが、本質的な設計は当初から変更なく、機能追加やバグフィックスがメインです。現在の最新バージョンは2012年に公開されたX11R7.7ですが、X11R7がリリースされたのは2005年です。

 

X11は28年もの間、その基本設計を大きく変えることなく続いてきました。その秘密は、アーキテクチャにあります。X11はウィンドウマネージャというプログラムを変更することで、見た目(ルック&フィール)を大幅に変更することができるのです。

だからX11は飽きられることなく時代時代にあわせたルック&フィールを手にしながらも長われ続けて来たのです。

 

思えば道具のデザインというのは不思議なものです。

たとえば自動車は丸いハンドルと三本のペダルと一本のレバーという操作系は共通化されています。

しかしここに辿り着くまでには様々な試行錯誤がありました。

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たとえばカメラは、どれだけデザインが変化してもシャッターの切り方は変わりません。

しかし最初から全てのカメラがそうだったわけではなく、たとえば本体の左上にシャッターボタンがついてるライカとその派生型のカメラがあるかと思えば、ハッセルブラッドのように本体の正面にシャッターがついている場合もありました。

自動車のハンドルも最初はいろいろな形が試みられたそうですが、進化を繰り返した結果、最終的な形に落ち着くことに成りました。

これはキーボードにも言えます。

キーボードが現在の形に落ち着くまで様々な試行錯誤がありました。

19世紀に発売されたタイプライター、「ハンセン ライティングボール」はその名の通り、こんな球形をしていました。

このタイプライターはニーチェが使っていたことで有名です。

ここから放射状にキーを配置したもの、ダイヤルを使ったものなど様々な形状が試されました。

最終的に現在の形の原型がうまれたのは1868年にSholes and Glidden typewriterが発明されたときです。

このとき初めて、タイプライターのハンマーが絡まらないよう、わざと指の動きを大きくするために文字をバラバラに配置したQWERTYキーボードが発明されます。

これが現在まで続くキーボードの原型です。
実に150年近くも、この形式のキーボードが使われ続けています。

その後何度も、コンピュータに適した新しいキー配列が試されましたが、結局のところ人々はQWERTYキーボードを使い続けています。

つまりUIにとっては変化をやめたときがすなわち完成なのです。

変化し続けているということは、まだ完成していないということです。

だから今のところ、全てのコンピュータのUIは未完成で、進化を続けている途上であるということになります。

 

もうひとつの問題は、ビジネスモデルです。

タイプライターのような物理的な道具は、金型の都合からもメンテナンスの都合からも、同じ機種を長年売り続けるのが最も利益を最大化できます。

フォルクスワーゲンのビートルが長年全く同じデザインのまま売り続けていたのと似ています。

 

しかしソフトウェアは、それでは利益を出すことができません。

従って、ソフトウェアの見た目を変え、ハードウェアとセットでユーザにアピールするのです。「アップグレードせよ」とね。

とはいえそれが通用したのはもう数年前までです。

今やソフトウェアは無料が当たり前です。

ソフトウェアを「販売」することで生き残ることはもはやできなくなっていくでしょう。

そこでMicrosoftやAdobeといった、「ソフトウェア販売」によって利益を得てきた企業はソフトウェアを販売するかわりに「使用権」をレンタルするという、いわゆる「サブスクリプションモデル」に移行しています。

パソコン一台の値段の内訳は以下のようなイメージです。

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実はPCメーカーの粗利は4〜5%程度しかなく、かなりの部分がMicrosoftの収益になります。

特にOfficeの収益が大きく、だからMicrosoftはWindows10を無料化しても、Office365のサブスクリプションで儲けることができればそれで問題ないのです。

Officeの変化はWindowsの変化に比べると非常に控えめです。ようやく最近になってリボンが追加されたくらいです。

それは「普段使う道具のUIが激変したら、ユーザは拒絶する」ということを当のMicrosoftが一番良く知っているからです。

これまでのルック&フィールの過激とも言える変化はあくまでもWindowsマシンを買い替えさせたり、一般ユーザにアップグレード版を買わせたりするための方便だったわけです。

でも考えてみればおかしな話です。

OSのシェル・・・つまり一番頻繁に使われる部分だけが劇的に変化して、コンピュータを利用する最も大きな動機であるアプリケーションのUIがほとんど進化しないままなんて。

昔はOfficeをアップデートすると新しい機能が追加されていてワクワクしたものでしたが、今は機能が多過ぎてうんざりします。

時代の流れとともに、必要とされる機能も変わってきますし、相も変わらずOfficeは作成する原稿がA4かB4か決めてから作り始めます。実際には印刷しないようなものであっても、です。

Officeの根本的な進化は20年間は止まったままです。

これが完成形だからでしょうか。

そうとも言えるかもしれません。

しかしライカが35ミリ判のカメラを発明してから半世紀経った現在、カメラといえばスマートフォンに搭載されているものに変わり、フィルムはなくなり、シャッターはタッチパネルになりました。

QWERTYキーボードは健在ですが、日本ではフリック入力が主流になりつつあります。

Officeもやがてそうなっていくかもしれません。

1810年に缶詰が発明されたとき、缶切りはまだ発明されていませんでした。

それから約50年経って、初めて缶切りが発明されます。

それからさらに100年後、イージーオープンエンド、つまり缶切りすら要らない缶詰の蓋が発明されます。

 

どれだけ長く愛されたとしても、時代が変わったり、イノベーションが起きたりすれば必要とされるUIやパラダイムも変化していくわけです。

 

だから全てのUIは消耗品である、と呼んでも、恐らく過言ではないのでしょう。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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