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脳と人工知能の研究はどこまで進んでいるのか? ーワークショップ「人工知能による科学・技術の革新」ー

What Artificial Intelligence can do and where to be headed in the future

2015.05.11

Updated by Yuko Nonoshita on May 11, 2015, 08:17 am JST

人工知能(AI)への関心が世界で大きな高まりを見せるなか、国内での研究開発はどのように進んでいるのかを知るワークショップ「人工知能による科学・技術の革新」大阪イノベーションハブで開催された。「データ中心 分子・細胞・神経生物学」と題された第一回目のプログラムの中から、ここでは、AIが応用されようとしている分野や目的、そのためにどのような研究が行なわれているかについて紹介する。

ここ最近で、AIの活用が期待される分野としては、生産機械化(Industry 4.0)、ホワイトカラーの機械化、自動運転、IoTやビッグデータなどが上げられている。さらに、研究者がAIや機械学習(マシンラーニング)を活用することで、科学技術にイノベーションをもたらす可能性が高まるとしており、例えば、これまで人の手で行ってきた生物学研究をAIを使って自動化させられるかの研究も行なわれているという。ワークショップを主催する、理化学研究所生命システム研究センター(QBiC)の髙橋恒一氏は、「2030年頃が科学研究の技術的特異点となり、人間は『何がおもしろいかを考えるだけに集中する』時代がやってくるかもしれいない」ともコメントしている。

 

▼人工知能をテーマにした理化学研究所生命システム研究センター(QBiC)主催のワークショップの第一回目は満席となり、AIに対する注目度の高まりを伺わせた。

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▼AIは様々なカテゴリに取り入れられているが、科学研究の分野への影響が最も大きくなるかもしれないという見解が今回のワークショップの背景にある。

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▼プログラムの第一部ではAIの研究開発を取り巻く現状が紹介された。

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国立情報研究所(NII)の市瀬龍太郎氏の解説によると、AIを科学的発見に用いることはすでに90年代から始まっており、主に機械学習の手法でデータをモデル化し、そこから新たに数学理論や物理法則などの発見が行われているという。AIで扱うデータの種類が多様になるにつれて法則の発見も進み、応用範囲も多方面に拡がっていると解説。例としては、ネットワークの時系列データからリンクの強弱を解析して法則を見つけるなどがあり、Facebookらがこの手法を用いてソーシャルメディアを分析している。

作業の自動化も進んでおり、2009年にサイエンス誌で紹介された実験するロボット「Adam(アダム)」は、あらかじめ与えられた実験に必要な科学知識を元に、適切な実験方法の仮説から選択までを自動で行い、人間が発見できなかった酵素の遺伝子を特定させることに成功している。医療データマイニングでも、同じ薬でも効く人とそうでない人の規則性のような有用な情報を、今までは役に立たないと思われていた検査データの中から自動で発見するのにAIが用いられているとのことだ。

▼NIIの市瀬龍太郎氏は「AIは90年代から様々な分野で新しい発見のために活用されている」と解説。その例として、実験するロボットや医療データマイニングの例を紹介した。
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人工知能と聞いて思い浮かぶのがヒトの脳を機械化した姿だが、現実に人工知能を開発するために脳神経のシミュレーションを研究する動きがある。目的は、脳の活動の全体や一部をコンピュータ上に再現することで、そのためには、部品となる神経細胞やシナプス結合を数式化し、脳内の通信信号であるスパイクを正確に予測できるモデルを開発する必要がある。モデル開発はコンテストもあって進化しているが、ヒトの脳内で1秒で行なわれる信号のやりとりが、スパコンの京では(2013年の時点では)40分かかるのが現状である。ヒトの脳の神経細胞は20億あることから、欧州ではまずは1千万のマウスの脳のシミュレーションを進める動きが始まっているようだ。

脳シミュレーションの研究を行っているNIIの小林亮太氏は、「これまでの開発手順では、モデル化や理論を作るのに人のカンや経験値を用いてきたが、モデルのパラメータを決定する際にAIやマシンラーニングで最適化するようになり、今後は、計算をさせるコードも人からAIへ移行する必要があるだろう」としている。シミュレーションは、医療や人工知能の進化に用いられるが、特に脳独自のノイズ耐性や省エネといった情報処理の機構を解明することが期待されているという。

▼NIIの小林亮太氏はヒトの脳をシミュレーションする研究について、その方法や目的を解説した。
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処理能力という点では、コンピュータのシミュレーションよりヒトの脳が優れているのがわかっているが、実際に対決すると条件やその他の要因で結果は大きく変わってくる。そうした研究を実際に行っているとも言えそうなのが、プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトが対決する「電王戦」だ。主催するドワンゴは、昨年10月に「ドワンゴ人工知能研究所」を発足。「次世代への贈り物となる人工知能の創造を目指す」ことを研究目的とし、具体的にはAIによる自動創作がどこまで可能かなどを研究している。

所長の山川宏氏は、AIで自動作曲やニュースの記事を自動で生成する手法はすでに開発されており、表現の元となる要素を揃えれば、現在のAIでもある程度の創作なら可能なところまで研究開発が進んでいると説明する。そして、表現の獲得に必要な仮説の生成や柔軟な発想こそがAIが不得意な分野であり、「電王戦」でも、発想の飛躍がプロ棋士の勝因になっていると分析している。深層学習(ディープラーニング)の登場で人間の脳に近い研究が進んでおり、今後は経験を蓄積して表現につなげるために、日本の道の創造的プロセスである”守破離”を参考にすることも検討しているという。こうした人ならではの発想をAIの進化につなげようとしているのが興味深いところである。

▼昨年10月に発足したドワンゴ人工知能研究所では、表現を獲得する役割を果たす脳の働きを調べるために、海馬と新皮質における透過性構造抽出をテーマに研究を進めており、山川宏所長は6月に函館で開催される人工知能学会でも発表を行うとしている。
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▼プロ棋士と将棋コンピュータが対戦する「電王戦」では今のところヒトが勝利しているが、その理由としてAIは仮説を作る直感力が不得意だとする点をあげている。WWN_AI10

 

ワークショップの後半では、脳で知覚した体験をAIで推定して映像化するといったSFのような話や、ニューロンに特化した脳型コンピュータの研究なども取り上げられたが、こちらについては、また後日紹介する。

 

【参照情報】
ワークショップ「人工知能による科学・技術の革新」

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。