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0)インドカレーについての大いなる誤解

2019.03.01

Updated by Toshimasa TANABE on March 1, 2019, 15:13 pm JST

街のカレー屋に行くと、「当店のカレーは20種類以上のスパイスを使って長時間煮込んだ贅沢なカレーです」などという能書きを目にすることは多い。しかし、これは日本のカレー、いわゆる「カレーライス」の話である。

インドカレーは全く違う。「カレーはでき立てが一番美味しい。スパイスは素材に合わせてせいぜい数種類」が基本である。

「スパイス20種類? そんなに入れたら全部同じ味になっちゃうんじゃない?」というのが、冒頭の能書きについての横浜のインド人シェフ、メヘラ・ハリオム氏の喝破だ。

これは、材料についても同じことが言える。チキンカレー、ナスとチキンのカレーなど、素材は相性の良いものをシンプルに組み合わせる。そして、その味わいを生かす最適なかつ最低限のスパイスで仕上げることでカレーのテーマがはっきりする。食材に応じたテーマがはっきりすることで、カレーのバリエーションが広がる。

チキンカレーとエビのカレーは、まったく別のモノであって、同じスパイスのカレーベースで中身だけが違う、というのは本物ではないのだ。ホウレンソウのカレーは、単に緑のカレーというものではなく、まずホウレンソウの味がしなければならない。さらに、トマトベースのカレーとは違ったホウレンソウの味わいを生かすためのスパイスで仕上げなければならない。

インドカレーは、カレー・ルーありきではない。素材ありきなのだ。素材とその組み合わせの味わいをスパイスでどう色付けしてまとめるか、という考え方なのである。

そして、そこには「セオリー」がある。

素材の組み合わせ、素材とスパイスの組み合わせ、スパイス同士の組み合わせなど、インドカレーを構成する要素の組み合わせは膨大になる。だから、すべてのカレーについてのレシピを作るたびにいちいち暗記するのは不毛である。なぜ、このカレーにはこんなスパイスを使うのだろう? と思ったならば、そこには必ずセオリーに裏付けられた理由がある。

つまり、セオリーを身に付ければ、個々のレシピを覚え込むよりも、はるかに容易に応用が利くようになり、インドカレーの世界がどんどん広がる。

味噌汁を思い浮かべてほしい。中身によってさまざまな味噌汁が存在するが、その一つひとつに詳細なレシピがあるわけではない。素材に合った味噌汁のセオリーというものがあって、出汁や味噌の種類、薬味などが、地方色も含めてほぼ体系的になっていることに気付くだろう。だからこそ、味噌汁を作るのに困る、などということはない。

刺身にも同じことが言える。マグロはワサビと醤油、白身の薄造りなら紅葉おろしとポン酢、イカはショウガかワサビで迷うところ、といった具合に素材によって薬味などのセオリーがある。醤油が微妙に甘かったりするのは地方色だ。

さらに、季節の旬の食材をどう食べるか、ということにも、秋刀魚などを例に出すまでもなく、いたる所に食のセオリーが息づいている。イカ大根、ブリ大根、鶏大根、豚大根などはあっても、イカもブリも鶏も入ったりはしない。料理には、テーマとセオリーがあるのだ。

インドカレーも同様だ。食材、スパイス、それらの組み合わせには、インド各地の知恵の結晶ともいえるセオリーが息づいている。日本の食材には、カレー向きではないと思われるものもあるだろうが、セオリーを基本に考えていくと、ここをこうアジャストすればイイかも、などと答えが見つかることもある。

まずは、基本のセオリーを身に付けて、ベーシックなカレーを知ろう。そこから自分オリジナルのカレーの世界を広げていこう。毎日、料理がしたいと思うのと同じような感覚で、毎日、カレーが作りたくなることだろう。

面白いことに、インド料理と和食の間には共通するセオリーもある。例えば、ジャガイモと玉ネギの味噌汁と「アルジラ」(トマトベースのクミンが効いたジャガイモのカレー。アルはジャガイモ、ジラはクミンを意味する)だ。次回以降、まずはこのアルジラあたりから、インドカレーのセオリーを考えていこうと思う。


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。


※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。