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ウイスキーも「一期一会」である ウイスキーと酒場の寓話(40)

2021.01.01

Updated by Toshimasa TANABE on January 1, 2021, 14:48 pm JST

前回は、「食」について一期一会であることを書いたが、「酒」についても、一期一会であることを意識していたい。旅先で出会った地酒や地元バーテンダーによる抜群のカクテルなどももちろんであるが、特にウイスキーには一期一会という側面がある。

たかが朝の連続テレビドラマ一発で国産大手のウイスキーは疲弊してしまい、好ましかった製品が生産中止(ディスコン)になってしまったというのも、その一つの例ではあるだろう。ブレンドが変わったなどの製品のモデルチェンジが残念な結果、という場合もある。ドラマなどとは関係なく、何らかの都合でかつて気に入っていたのにディスコンになってしまったものもある。アイラモルトの「ラフロイグ 10年カスクストレングス」、「サントリー 黒角」などが典型例だ。メーカーの都合で何時ディスコンになるか分からないのだから、気に入った酒は常に一期一会と思って飲むべきである。

そして何より、作り手の思いが込められた素晴らしいウイスキーとの出会いこそが、まさに一期一会なのである。

例えば、シングルモルト・ウイスキーの「グレンモーレンジィ」が毎年出している「プライベート・エディション」である。蒸留責任者のDr. ビル・ラムズデンが、毎年、新たな挑戦と趣向を凝らした特別なグレンモーレンジィを出してくる。

2019年リリースの「アルタ」は、天然酵母がテーマのウイスキーだった。スタンダードの「オリジナル」と比較試飲する機会に恵まれたが、酵母に由来するパンのような独特の香りが印象的だった。アルタは野生という意味で、天然酵母を意識した命名だ。

ラムズデン氏は、「ウッドフィニッシュ」のパイオニアで、樽への知見とこだわりとともに、その樽でどれだけ熟成させるとウイスキーがどうなるか、ということについての素晴らしいセンスと読みでウイスキーの新しい地平を切り拓いて来た人だ。北米産ホワイトオークの樽で10年間熟成させた原酒を別の樽に移してさらに2年程度熟成させ、その樽の個性を追加するのである。現在のラインアップは、ポートワイン樽の「キンタ ルバン」、オロロソシェリー樽の「ラサンタ」、ソーテルヌワイン樽の「ネクタ ドール」の3種である。

このウッドフィニッシュだけではなく、モルトや酵母などウイスキーの原材料それぞれについて、新たな試みを継続しているのだ。アルタは、発酵過程の酵母に踏み込んで、酵母由来の味わいをウイスキーの新たな座標軸として設定したといえる。

同じくシングルモルトの「アードベッグ」(これも、蒸留責任者はラムズデン氏)が2019年から出し始めた「19年 トリー・バン」も、一期一会のウイスキーの最たるものだ。経営が傾いたアードベッグをグレンモーレンジィが支援し、2000年に本格的に再稼働した後に仕込んだ19年熟成の原酒を満を持して出してきたのである。トリー・バンというのは、アードベッグ蒸留所の近くの鳴き砂のことである。

Ardbeg

本数は限られているし、販路も限られている。個人が一消費者として買おうと思っても、なかなか手に入るものではない。価格も安くはない。バーで見付けたら、まさに一期一会。ぜひ、一杯飲んでみるべき酒である。とはいえこういう酒は、美味いからといって1人で何杯も飲んではいけない。それは、寿司屋で大トロばかり注文するような無粋な振る舞いである。

また、この酒を調達できているバーは、そのことだけで素晴らしいバーだと判断して良い。メーカー、輸入業者、地域の酒屋などからなる正規の流通ルートが優先して商品を回しているバーであるからだ。

2019年の初登場で衝撃を受けたトリー・バンは、2020年もリリースされた。アイラの香りが力強くて繊細、それとともにクリアな軽みを併せ持つという味わいで、単にアイラ的な味を濃くすれば良いというものではないということがよく分かる、非常に洗練された完成度の高いアイラモルトだった。トリー・バンは、コロナ禍で生産量、出荷量が2019年よりも減り、出荷時期も遅れた。それもあって、日本国内ではかなりの希少品となっていた。2020年版はショットで1杯だけ体験させてもらった。本当の一期一会である。

希少価値という意味では、2020年末に日本に200本程度しか入ってこなかったというウイスキーがあった。アイラ島の蒸留所「ブルックラディ」の2008年蒸留のシングルカスク(単一の樽。せいぜいボトル300本くらいしか取れない)がそれである。しかもこのボトルは、ほぼ全量が日本国内で20店程度のブルックラディの「認定バー」にしか供給されなかった。

これは、普段たくさん売ってもらっている認定バーへ向けたメーカーの配慮だったのだ。コロナ禍でバーの営業時間が短くなったり客が減ったりした。バーでの酒の消費があまり期待できなくなってしまったのは、バーの経営者にとっても、メーカーにとっても痛いことである。そこで、ネットなどでは買えない希少価値のボトルを廃業されては困るという認定バーだけに供給し、それをそのバーの常連客に買ってもらって、少しでもバーの売り上げの足しにしてもらおう、という企画なのである。

酒の師匠と思っている認定バーのマスターから1本購入したが、アイラ島の大麦で作ったウイスキーを甘口のワイン樽でフィニッシュしたノンピートのアイラモルトという素晴らしい酒だった。そのボトルはもう空いてしまったが、これも一期一会を強烈に感じさせるものだった。

2020年には、もう一つ素晴らしい一期一会があった。ガイアフロー静岡蒸溜所が初めて出荷したシングルモルト・ウイスキー「プロローグK」である。バーボン樽で3年間熟成させた55.5度のジャパニーズ・ウイスキーだ。3年という短い熟成期間とはとても思えない味わいで、若いウイスキーにありがちな暴れた感じや蒸留直後を想起させる嫌な香りがほとんど感じられなかった。先がとても楽しみなウイスキーである。

GaiaflowK

シングルモルト・ウイスキーには、数年くらい前までは「ボトラーズ」というものがけっこうあった。工業製品でいうところのOEMみたいなもので、ボトラーと呼ばれる再販業者が蒸留所から樽単位で酒を買い付け、それを独自に瓶詰めして販売するものである。

個人的にはボトラーズについては、気に入っても次回はない確率が高いということで多少否定的だったのだが、一期一会という意味で捉え直すとなかなか味わい深いという側面もあった。メーカー・オリジナルの酒は、同じ蒸留所の複数の樽の酒を混ぜて、味わいのブレを抑えて品質を安定させているし、シングルカスクを銘打って出してくるものは高品質な樽で熟成させた酒だけであったが、ボトラーズは良くも悪くも樽の個性がそのまま反映されるので当たり外れもあった。

しかし、世界的なウイスキーのブームを背景に、モルトウイスキーはブレンデッド・ウイスキーの原酒に回しているだけで相当量が消費されてしまい、ボトラーズにまでは回らなくなっているようなのだ。結果として、最近はボトラーズはあまり見かけなくなったように感じられる。

個性豊かなボトラーズのウイスキーは、バーで見かけたら、あるいはバーテンダーが薦めてくれたなら、ぜひ飲んでみたい酒でもある。イタリアやドイツのボトラーがスコッチウイスキーを再販していたりするのも面白い。「多様性」と「希少性」がボトラーズのキーワードである。一期一会を楽しむという気持ちで接したい。残念なことに日本では、ウイスキーの再販が認められていないので、国産ウイスキーでのこういった業態、あるいは製品は存在しない。

酒というものは基本的には、いつでもその辺で適当な価格で手に入る、特別に美味くはないが悪くない、あるいは飲み飽きない普段飲みの酒、といったものこそが好ましい。いわゆる「安酒」である。安酒を馬鹿にする人は、酒というものが分かっていないのだ(「安酒」ならではの楽しみがある)。しかし、それとは違った意味で、希少なボトル、作り手の気持ちが入った酒との一期一会を大事にしたいものである。

 

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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。