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2)「ガラムマサラ」とは何なのか?

2019.03.18

Updated by Toshimasa TANABE on March 18, 2019, 20:05 pm JST

ガラムマサラは、前回の「アルジラ」でも材料の一つとして挙げてはいたものの、「仕上げにガラムマサラを少々加える」くらいで詳しくは言及しなかった。今回は、このガラムマサラについて、そもそも何なのか、というところから考えてみたい。

ガラムマサラは、いろいろなスパイスを調合したミックススパイスであって、カレーの仕上げに香りや風味を良くするために使う。ガラムは辛い、マサラは混ぜたもの、というような意味だ。メインのスパイスを補い、仕上げ段階で投入することでフレッシュなスパイス感を出すのだ。

どんなスパイスでガラムマサラを構成するかというところに、店や料理人の個性や好み、こだわりが隠されている。つまり、ガラムマサラと総称される仕上げのミックススパイスは、店や料理人によってけっこう違うものなのだ。「そうそう、これがこのお店のカレーの味だよね」と感じる場合には、それがガラムマサラの個性に起因することも多い。

ガラムマサラには、単体で使うスパイスも含まれてはいるものの、それら全てがメインの味付けに使う場合よりもはるかに少量なので、仕上げにガラムマサラを使うからといって、主たる材料のスパイスの分量について気にする必要はない。ガラムマサラ自体には、カレーのベースとなるだけの力はないのだ。同じようにスパイスなどを配合した日本のカレールーやカレー粉などとは違って、ガラムマサラだけでカレーを作ることはない。

もちろん、カレーの素材やメインのスパイスの組み合わせによっては、ガラムマサラを使わないこともある。素材の味わいを大事にしたい、ガラムマサラの味になってしまわないようにしたい、あるいは複数のカレーを一緒に食べるときに、各々のカレーの個性を際立たせて全部がガラムマサラによる共通の風味に感じられてしまうのを避けたい、といった場合だ。

では、ガラムマサラの役割を実感するにはどうするか。例えば、前回紹介したシンプルなジャガイモのカレーであるアルジラを作ったとする。最終段階のガラムマサラ投入直前まででき上がったカレーを半分に分けて、一方はそのままで、もう一方にはガラムマサラを入れて食べてみると、その違いがよく分かるはずだ。

「香り、味わいともに、入れた方が美味しくなる」と感じられるのではないだろうか。深みが増す、あるいは辛味が強調される、というような感じだ。ガラムマサラを入れた方が美味しいと感じたら、次にカレーを作るときにも入れれば良いし、もし「違いがよくわからない」あるいは「かえって入れない方が好みかも」などと感じたら、入れなくても良いだろう。

とはいえ、前述のようにガラムマサラのスパイスの配合やそれによって決まる香りと味わいは千差万別だ。自分にとって美味しい、あるいは気に入ったもの見つけると話は変わってくるかもしれない。一般的なレシピでカレーを作って、それをお気に入りの「マイ・ガラムマサラ」で仕上げることで、自分オリジナルのカレーにすることができる。これは、なかなかに楽しいことだと思う。

お気に入りのガラムマサラを見つけるには、違うメーカーのガラムマサラをいくつか試してみて好みの味を見つけても良いだろうし、自分で配合を工夫してみても良いだろう。例として、下記の素材(すべてホールスパイス)を挙げておく。分量は先に挙げてあるものの方が多い、くらいの感じでアバウトである。これをベースに好みのスパイスを増減させたり、あるいはここには挙げていないスパイスなどを追加したりするのも良いだろう。

 ・コリアンダー
 ・クミン
 ・カルダモン
 ・ビッグカルダモン
 ・ブラックペッパー
 ・シナモンスティック
 ・メース

これらをフライパンで軽く乾煎りして湿気を飛ばし、コーヒー豆などを挽くグラインダーなどで粉末にする(スパイスの濃厚な香りが付くので専用のものを用意する)。これだけで、明らかに市販品よりも香り高いマイ・ガラムマサラを作ることができる。なんといっても、でき立ての香り高さが味わえる。これは市販品ではなかなか得難いものだ。

一つ付け加えると、ここで挙げたガラムマサラの材料には、師匠であるメヘラ・ハリオム氏がインドカレーを構成する最重要スパイスとしている「パプリカ」「ターメリック」「カイエンペッパー」が入っていないことがポイントだ。

この3種類のスパイスは、前回のアルジラのときにもメインのパウダースパイスとして登場しているが、ガラムマサラにはこの3種類が使われていない場合がほとんどなのだ。日本のカレールーやカレー粉とは役割が違う、ガラムマサラだけでカレーを作るのは無理、というのはそういうことなのだ。

では、なぜインド人はガラムマサラを多用するのだろうか? それは、日本における「味の素」的な存在といっても良いかもしれない。「なんかとりあえず、入れておいた方が美味しくなるんじゃないか?」という感じで、いろいろな料理に入れてしまうのだという。

味の素のほかにも、日本で似たような位置づけに相当するものがある。それは、七味唐辛子だろう。味噌汁やそば・うどん、鶏大根のような煮物に七味を振って食べるというだけでなく、唐辛子の比率や山椒の味の濃さなど、さまざまなタイプの七味唐辛子があるところも、ガラムマサラと七味唐辛子はとても良く似ている。

ガラムマサラは、これを仕上げに入れれば料理を美味しくしてくれる魔法の粉、みたいなものだろうか。味の素が何でできているのか、七味の配合はどうなっているのか、などについて知らない、あるいはあまり気にしない人が多いように、インド人でもガラムマサラが何でできているかは、あまり気にしていない人が多いという。

そもそも、中身を気にしてみたところで、他の単一のスパイスとは違って、ガラムマサラには無数の配合がある。レシピにガラムマサラを載せた時点で、そのガラムマサラと同じものが手に入らなかったら、その料理を本当の意味では再現できないことにになる。「家庭の料理」というのは、ある程度の幅があって適度にアバウトで問題ないのである。また、自分にとって美味しい(この味が好きだと思える)ことこそが大事なのだ。

そんなわけで、ガラムマサラはなかなか奥が深いというか、謎のスパイスなのであるが、仕上げに使ってフレッシュなスパイス感を出す、という点に注目すると、例えば、前日のカレーを次の日に食べる、というようなときにも活躍させることができる。

レシピに「最後に火を止めてからガラムマサラを加える」とある場合、翌日にも食べると分かっているのであれば、その日に食べる分にだけガラムマサラを入れて食べ、翌日分にはガラムマサラを入れずに保存しておいて、温めて食べる直前に加えることで美味しく食べられる。メインとなるスパイスを後で追加するのはお勧めできないが、ガラムマサラを最後に加えることで、味はもちろんのこと香りをより重視したフレッシュ感のあるカレーにすることができる。


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。


※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。