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分人主義とエフェクチュエーションの手法で、パラレルワークを成功に導く「複業のパイオニア」(サイボウズ / NKアグリ / コラボワークス 中村龍太) - 日本を変える 創生する未来「人」その3

2019.06.03

Updated by 創生する未来 on June 3, 2019, 15:08 pm JST

いま働き方改革を推進している日本企業において、最もよく知られている企業の1つがサイボウズであろう。同社は、トップの青野慶久氏の柔軟な発想のもと、ユニークな社内制度を整備し、働き方改革を強力に進めてきた。そんな同社の改革の歩みとともに、「自らを社会実験の1つの素材」として提供している人物がいる。それが今回取材させていただいた中村龍太氏だ。第3回目の日本を変える創生する未来「人」では、「複業のパイオニア」として知られる同氏に、なぜ複業を始めたのか、その経緯やパラレルワークを成功させるためのポイントなど、同氏ならではの秘訣について話をうかがった。

日本電気、マイクロソフト(現、日本マイクロソフト)を経て、2013年にサイボウズとダンクソフトに同時転職。2015年にNKアグリに入社し、IoTでリコピン人参を栽培。現在、サイボウズ、NKアグリに加え、コラボワークス代表として事業を模索している複業のパイオニアだ。

複業家のパイオニア、中村龍太氏がサイボウズに入社したワケ

子供の頃から機械いじりが大好きで、高校生になって念願だったNECの8ビットパソコンを購入して、晴れてパソコンヲタクになった龍太氏。同氏は大学卒業後に日本電気に入社し、PBXやルーターなどを扱う通信事業の企画に10年ほど従事した。

子供の頃から機械いじりが大好き。高校生になってPCを購入し、プログラムに勤しむも、プログラマーの道は諦めたという。NECでは通信事業の企画、マイクロソフトの最後の仕事はOffice365の原型となった「BPOS」の企画だったという。

その後、1997年に同氏はマイクロソフト(現、日本マイクロソフト)に転職。そこでコンピュータテレフォニーやインダストリーマーケティング、地方創生に関わる中小企業向けビジネス、Office365の原型になったクラウドサービス「BPOS」の企画などを一人で手がけた。

そして2013年に現在のサイボウズと、マイクロソフトのパートナーであったダンクソフトに同時入社することになったという。同氏がサイボウズに入ったキッカケも面白い。米国で開催されたマイクロソフトのカンファレンスで、初めてサイボウズ代表取締役の青野慶久氏に出会い、空き日に現地の美術館巡りなどで時間を共に過ごしたことが遠因だ。

龍太氏は「サイボウズにはマイクロソフトから転職した仲間もおり、約3年後に彼を通じて青野さんと酒宴の場が設けられました。クラウドの話で大いに盛り上がり、ならば、うちに来てみない? と誘われたのです。ただ給与面の話になったとき、社長である青野氏の年俸よりも、私の方が高いことが分かりました(笑)。つまり転職すれば給料が下がってしまう。そこで給与の減少分を複業で補っても良いということになり、サイボウズに無事に入社することができたのです」と当時を振り返る。

この経緯にあるように、ある意味では龍太氏が入社したことが契機となって、サイボウズの働き方改革の複業に対する取り組みが加速したと言えるかもしれない。

もともと同社は、「働き方改革」が提唱される前の2012年から「複業」を解禁していた。同社の複業は本業に対してサブであるという意味の「副業」ではない。本業の片手間に小遣い稼ぎをするような副業ではなくて、どちらが主であっても構わない。しかし複数の仕事を持つことで、自身にも企業にも何倍もの成長や成果が返ってくるという意味での複業なのだ。

ただし同社でも当時は、土日に行うテニスのコーチなどが複業の中心で、まるまる平日の1日を他社の業務に当てるスタイルまでは確立されていなかった。それが龍太氏が入社したことで、同社の複業の在り方も大きく変わった。それは同時に、「複業のパイオニア」と呼ばれる龍太氏が誕生した瞬間でもあった。

龍太氏は現在3つの複業を持っている。1つはサイボウズ、2つ目はNKアグリ、3つ目はコラボワークスだ。月曜日はNKアグリの業務を中心に行い、残りの4日間をサイボウズで働くというワークスタイルが同氏の基本的な働き方。そして個人商店として、自分の好きな活動を行う場がコラボワークスである。ここではドローンの撮影や、複業のレクチャーなど、講演・執筆活動を行っている。

中村龍太氏が持つ3つの顔。サイボウズ、NKアグリ、コラボワークスとしての顔のほか、さらに趣味としてパエリアマニアという団体で、パエリアエヴァンジェリストも務めている。パエリア専用のコメも作っているという。

一方、NKアグリは、植物工場による野菜の生産・販売、機能性野菜の研究開発・流通を行なう和歌山のアグリテック企業だ。

「もともと私もマイクロソフト時代から趣味で農業をやっており、社内で公式の農業クラブに所属していました。千葉県の自宅前にある農地がクラブ活動拠点になっていたので、サイボウズに転職後も農業を普通に続けていました。NKアグリは、サイボウズの主力サービスである“kintone”で社内のアプリを開発し、ユニークな使い方をしていました。これに注目したのです」(龍太氏)。

NKアグリは「リコピン人参こいくれない」という野菜を扱っていた。普通のニンジンには、ほとんど含まれない「リコピン」を含有する機能性野菜で、全国の農家と提携して北から南への産地リレーという形で、時期に応じて収穫していた。そのため、こいくれないは秋頃にブランド野菜として、全国のスーパーの店頭に並べられる。

NKアグリが「リコピン人参こいくれない」が全国の農家と提携して提供する機能性野菜のブランド「リコピン人参こいくれない」。普通の人参には、リコピンはほとんど含有されていないという。

ただし、この人参の収穫時期を予測するためには、積算温度で判断する必要があった。そこでIoTセンサーによって温度データなどを蓄積し、kintoneで管理アプリを作ることを提案したそうだ。

リコピン人参の出荷のタイミングを見計らうために、 IoTセンサーで温度データなどを蓄積。ある積算温度に達すると出荷できるという。まさにアグリテックの出番だ。

アドバイザーだった龍太氏は、これを見て自分でも試してみたくなり、2015年から栽培契約農家として、こいくれないの自宅での栽培をスタートすることにしたという。

「ただし栽培まで対応できても、人参を出荷する際のパッケージングが凄く大変でした。家族総出で作業しても、最後のラスト1マイルが難しいのです。そこで翌年から東京に最も近い見学用の広報圃場として契約し直してもらいました。いまは試験圃場として人参の生育状況を調べる業務も担当しています」(龍太氏)。

こうやってみると、同氏はパラレルワークを自身でデザインすることがとても上手な方といえるだろう。複数の仕事を分断させずに、それぞれ関係付けながら並走させることができる能力がある。1つの成果物が複数の企業の成果物となって現れるのだ。言うは易し、なかなか難しいことだが、複業を成功させる上での大きなヒントになるだろう。

「しかし、実はそれほど特別なことをしているわけでもないのです。保険の営業をやりながら、ラーメン屋を経営するのも同じこと。ラーメンを食べに来たお客さんに名刺を渡して、“保険の相談に乗りますよ”と持ちかければ良いだけです。普通の社長業で一般的にやっているようなことで、いろいろな仕事の顔があっても、それらを特にセパレートする必要はないのです」(龍太氏)。

レイバー、ワーカー、プレイヤー! パラレルワークでの分人主義

龍太氏のパラレルワークを参考にすると、働き方改革というコンテキストのなかで、複業という選択肢があり、それは向き不向きの個人差はあったとしても、誰でも容易にトライできる可能性があることも分かる。今回のインタビューでは、同氏から「分人主義」というキーワードも飛び出した。

筆者は分人主義について、よく知らなかったのだが、これは作家の平野啓一郎氏が示した概念だ。簡単にいうと「個人主義と対置される概念であり、in-dividualに対するdividualのこと」と説明すると分かりやすいかもしれない。

つまり人間は、個人という分割不可能な唯一の人格を持つ存在ではなく、相対する人によって異なる複数の人格を表す存在であるということ。実際に我々は、家族、恋人、友人など、相手によって様々なキャラクターを演じている。ただし、それらは「演じている」と言うよりも、もともと自分に備わっている「自然な在り様」なのだ。

龍太氏は、複業をするにあたり、労働者として「レイバー」である自分と、オフィスで働く「ワーカー」としての自分、そして自分のやりたいことを行う「プレイヤー」としての自分を、自然に切り分けて楽しんでいるそうだ。

「この3つをバランスよく持っていると、けっこう気持ちがよくて幸せになれます。ただオーナーにはなりたくありません。もっともプレイヤーは個人で有限のリソースを使って主体にやるという意味では、オーナーとも言えるかもしれませんが。遊びも含めて自分の24時間を分析すると、この3つをバランスよく振り分けています。とはいえ、3つ以上の複業を掛け持ちすると情報がからみあって、整理がつかなくなるため、止めたほうが良いと思います」(龍太氏)。

特に同氏のように、ビジネスの掛け合わせを念頭に置く複業の場合には注意が必要だ。どのビジネスも利益が得られるようなバランス感覚も求められるからだ。

後から共感者が事業の意味づけをする「エフェクチュエーション」の手法とは?

もう1つ考慮したい点は仕事のアプローチだ。龍太氏はインド生まれの経営学者、サラス・サラス バシーが体系化した「エフェクチュエーション」という手法を例に説明する。

一般的な大企業は、基本的に目的志向で、それに向かって手段や人をコントロールしていく。明確なコンセプトで製品を作り、ターゲットも寄せる「コーゼーション」の手法が用いられている。求める結果(effect)から出発し、「目的を達成するために何をすればよいのか」を問うアプローチだ。

一方、成功した起業家のアプローチを見ると、特に事業計画を立てずとも、自分が持つ有限リソースを把握しながら、できることから始めるモデルが多いという。自分は誰か、何を知っているか、誰を知っているか、そして何ができるのか、さらに自分が持つ世界観や想いをコミットできる人を探して行動を起こす。彼らとコラボする際は、あらかじめ使えるリソースを決めて、それでうまく行かなければ勇退して次の道に進む。もしコラボがうまく行けば、共感者が集まり、結果的に目的を意味づけてくれる。

(引用: エフェクチュエーション(サラス・サラスバシー, 2015))

エフェクチュエーションの動力学モデル。フローチャートで流れを示したもの。特に事業計画を立てずに、自分が持つ有限リソースを把握しながら、できることから始めることがポイント。最終的な意味付けは共感者に任せる。

「ざっくりとした目的意識と世界観を持ってあまり深くは考えず、そこから生まれる何か新しいものの意味づけについては、集まってきた共感者に任せればよいのです。これは、いわば“合気道”のようなものです。私自身がサイボウズでやってきた取り組みも、複業も同様のものでした。チャネル開発についても、すべてパートナーさんと組んで、彼らから答えを見出して、横展開してきました」(龍太氏)。

かつて同氏がマイクロソフト時代に考えていた「やりたいことリスト」には、地方創生、農業、IT教育、研究開発、中小企業経営が書き並べてあった。いまは、それらに向かって進んでいる自分がいて、複数の仕事を掛け合わせたり、複業と組み合わせている。これもエフェクチュエーションの手法だという。

さらに今年、同氏が挑戦したいことは「農業ビニールハウスの構造体」の新規設計だ。誰もが見覚えがあるだろうが、「農地にカマボコ状で建てられたハウスは、強度など構造上で意味がある形なのですが、やはり外観をもっと見栄えをよくしたいのです」という。

「新規就農者の間でも、多目的で利用できるハウスが欲しいという声をよく聞きます。自分の圃場前でも、誰もが休憩やイベントができるように、自然にマッチするモデルハウスを建てたいと考えています。現在このデザインを一緒に提案してくれる仲間を募っているところです。まだプロジェクトは始まったばかりですが、クラウドファンディングなどで共感者を集めることも視野に入れています」(龍太氏)。

45歳から55歳までのワーカーこそ、複業を真剣に考えるべき

龍太氏は、これまでの仕事を振り返り、うまくいった理由として「環境」と「覚悟」が重要な要因であると説明する。

「強制的に飛び込まざるを得ないのか、自分の意志で飛び込むのか、いろいろな状況がありますが、やはり一度でも泳ぎ始めたら誰も溺れたくはありません。ですから覚悟を決めて、飛び込むことが大切です。覚悟には2つの意味があり、1つは追い詰められて覚悟を決めること。もう1つは諦めて流れに任せる覚悟を決めること。私の場合は、どちらかというと後者のほうだと思います」(龍太氏)。

龍太氏自身は、子供の頃から「人とは戦いたくない」という考えの持ち主だったという。「負けるのが嫌いで、人と同じ土俵では戦わず、ずっと逃げまくってきました。これはずっと自分の中ではネガティブな考えだと思ってきました」と心情を吐露する。

しかし、「実はポジティブなことだ」と、ある人から指摘されたそうだ。それは逃げた先に新しい土俵を作っているからだ。「その土俵で何か新しいことをやっている自分がいる。だから、どんどん逃げまくればよいのです」とアドバイスをもらったそうだ。龍太氏は「逃げる」という言葉で自身を謙遜するが、良い表現をすれば「新しいワークスタイルを自ら切り拓くトップランナー」ともいえるだろう。

「いま自分の課題は、ロールモデルがないため、45歳以降、55歳、60歳のときのライフプランをどう描くかということです。それには“モヤモヤ感”があります。ただ何か自分の好きなことを、価値観の違う若い人たちと語れるプロトコルで、同じ目線からフラットに学べるような場をつくりたいと思っています」(龍太氏)。

複業を考えている読者に対し、龍太氏は「特に45歳から55歳までのワーカーこそ、複業を真剣に考えるべき。60歳で大企業を定年退職しても、再雇用ではフルタイムの嘱託で給料が3割ぐらいに落とされてしまいます。ならば複業で好きなことをしたほうが良いでしょう。企業もリストラで社員をいきなり放出するのではなく、複業を認めることによって、段階的に経営資源の最適化を行うことができます。社員は、仕事を辞めても、自身のスキルの延長線上で勝負することもできるし、まったく違う仕事でも、これまで培ったバックグラウンドを利用して再チャレンジできるはずです」と語る。龍太氏が進める複業の根っこには、すべての仕事や人とは必ずつながりがあり、それを生かすことが自分の天性である、という気づきがある。これまで同氏が蓄積してきた複業のノウハウは、もちろん地域活性化の決め手になるものだ。日本全国、津々浦々、過疎化が進む地域だからこそ、人手不足をうめる手段の1つとして、複業という視座が求められるからだ。

インタビューの最後に、自身のワークスタイルを切り拓くことについて、「私は(自分を人柱にして)人体実験をやっているようなものだと思っています。ですから、自分の行動を言語化し、世の中にうまく伝えられると嬉しいです」と締めてくれた。果敢に人生を切り拓く複業のパイオニア、中村龍太氏を創生する未来「人」認定3号としたい。

(インタビュアー:一般社団法人 創生する未来 伊嶋謙二 執筆:フリーライター 井上猛雄 写真:高城つかさ)

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