飛行機での移動が多いと、どうしても辛い気分になることがあります。
特に私もそろそろ40代の声が聞こえて来た、いわゆるアラフォー男性として、まだまだ若いつもりでも、身体のあちこちがガタピシ言う音を聞いて過ごす今日この頃です。
サンフランシスコからボストンへ向かうフライトが、運悪く最後尾で、椅子を全く倒すことが出来ないという状況で国際線並の時間を過ごしたのが意外に身体に堪えていて、辛いなあという思いをひさびさに噛み締めました。
私は普段の移動はエコノミークラスを使います。
普段の移動でビジネスクラスを使うなんて勿体ない、という性根からの貧乏性が常に安い移動手段へと駆り立てているようなのです。
しかしさすがに今回は堪えてしまって、それで以前、とある高名な科学者の先生と雑談をしていたとき、先生がこんなことを仰っていたのを思い出しました。
「お恥ずかしい話なんですが、若いうちはどんなひどいホテルでも、それこそユースホステルだろうがエコノミーだろうが平気だったんですがね。歳を取るとビジネスクラスや少し高級めのホテルに泊まらないと、とっても身体が持たないような、寿命を縮めてるような、なんともみじめな気分になってしまうんですよ。特に50代になってからは、私はこれ以上、どれだけ出世したら大手を振ってビジネスクラスで移動できるんだろうなんて思い始めてしまいましてね、それでいまはもう諦めて、移動と宿泊にはお金を掛けることに決めたんです」
そういう感覚を私はあまり持っていなかったのですが、最近、身体にガタが来始めて、ようやく理解できるようになってきました。
白状すれば私も若い頃、某週刊誌の編集長に焚き付けられて、ビジネスクラスで移動していた頃もあります。曰く、オープンのエコノミークラスのチケットと、ビジネスクラスのチケットの値段にはそれほど差がない、ということでした。
ただそのときは、ビジネスクラスである有り難みがほとんど感じられませんでした。海外に知り合いもあまりおらず、予定が変わることなどそうはなかったからです。
ビジネスクラスやファーストクラスは確かに広くて快適で、食事もそこそこで、電源が使えます。
ただしこの電源が使えるというのも、半分くらいは壊れていることが多く、そのうちPCのバッテリーの方が改善されてしまっていまではほとんどメリットとして感じられません。エコノミーでも全席にUSB充電器がついてるケースも増えてきました。
でもこれは少しの間、狭いのを我慢すれば、エコノミークラスでもコストパフォーマンスを考えたら問題ないと思う程度の差でした。
ところが、歳をとってくると、ある時、海外出張中に、急に別の予定が入る、ということが増えてきました。
例えば、ラスベガスに要るのに、その帰りにサンフランシスコに寄らないか、と言われたり、ドイツからニューヨークに寄らないか、と言われたりするケースです。
こうなると、とたんにエコノミークラスの割引運賃は不利になります。
最悪の場合、復路分のチケットを放棄して正規運賃で移動しなければなりません。
ビジネスクラスのチケットなら、基本的にはオープン(日付を後から変えられる)なので、元が割高になっても、海外で行き先が変わったときも対応してもらうことができます。
今回の出張も、最初はサンフランシスコからコンピュータ歴史博物館とCalpolyに行く、程度の予定だったのが、サンフランシスコでの講演と、サニーベールのCogswell大学での講演などが後から矢継ぎ早に入り、本当はそこから一度東京に戻ってスウェーデンに行く予定が、急遽ボストンのMITに立ち寄ることになりました。
二週間とはいえ土日もなく目の回るような移動で、さすがにこの歳で風邪ひいてこの移動スケジュールはキツい、と弱音を吐きたい気分になりました。
そこでいまさら思ったのですが、ビジネスクラスというのは、まさに必然的にビジネスで飛行機を使う人のためのサービスなのだということです。
航空会社も日夜経営努力を続けていますが、基本的にはエコノミークラスで往復便を基準にしないとコストを下げるのが難しいわけです。予め乗降客の人数が予測できれば、最適な燃料や運行を計画することができます。オーバーブッキングをするのはそのためです。その結果、割安な運賃が設定されるわけですが、それができない場合は、そうした最適化の恩恵を受けられないのですから、運賃が割高になるのも致し方ない、というわけです。
これはプログラミング用語でトレードオフと呼びます。
トレードオフ自体は厳密にはプログラミング用語ではありませんが、プログラミングの場面ではよく使われる言葉です。
トレードオフでは、二つ以上の資源のうちどちらを優先すべきか、という問題を常に扱います。
この場合、飛行機の例でいえば、運賃と自由度です。この場合の自由度とは、帰国日を変更したり行き先を変えたりといったことです。
運賃を安くしようと思えば、効率的な輸送を行うため自由度が下がります。自由度を上げようとすれば、運賃はそれに従って高くなります。
ビジネスクラス、そしてファーストクラスのサービスが他のクラスよりもマシ、というのは、実は自由度についてくるオマケのようなものです。
そしてそうした航路の自由度を必要とする人は、基本的には頻繁に飛行機を使うため、少しでも快適な移動手段を確保しないと体力的に保たない、ということなのかもしれません。
体力と運賃のトレードオフというのも当然あります。
体力を温存しようと思えば、ビジネスクラスやファーストクラスでできるだけ快適な睡眠を確保するのがベストです。実際、ビジネスやファーストで移動した後は、着陸直後でもかなり元気に行動できます。あまり疲れていないからです。今回はかなり飛行機から降りたときのダメージが大きいので、失敗した、と思っています。
ファースト/ビジネスの荷物が優先的に搬出されたり、乗降が優先されたりするのもそのためで、全体的に余分な待ち時間を節約したり、体力を温存したりといったことで、移動中の時間よりもむしろ実際に飛行機を降りて行動する時間を優先するという考え方です。
もちろんそれに比例して運賃は二倍から三倍になりますが、その出張によって産み出される経済的価値が運賃以上であれば、それはトレードオフできる関係性であると言えます。
ホテルも同様で、特に犯罪多発地域などでは、安いホテルは命の危険に関わる場合があります。
このトレードオフの考え方は、日常のあらゆる場面に出て来るので、それほど特殊なことではないかもしれませんが、トレードオフを意識的に考えることで、「これは必要な出費である」「これは必要な我慢である」と自分の判断に納得感を付け加えることが出来るかもしれません。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。