五反田にゲンロンカフェというイベントスペースをオープンしたのは今からちょうど一年くらい前です。
哲学者・批評家の東浩紀さんと一緒に「文系と理系の融合」を標榜した「酒を飲んで賢くなるカフェ」としてスタートしました。
ほぼ毎日のようにイベントが組まれており、昨日は私にとって今年第一回目の公開イベントだったのですが、非常に面白く、印象的なものになりました。
ゲストは橋本和幸さんといって、大ヒットゲーム、ファイナルファンタジーVIIのプログラマーとして有名な方です。
そしてLisp(リスプ)というプログラミング言語の使い手でもあります。
コンピュータにプログラミングをするためには、プログラミング言語というものを使います。
面白いことに、人間の言葉に日本語や英語、中国語があるのと同じく、プログラミング言語にも様々な種類があります。
実はプログラミング言語には大きくわけてLisp系とFortran(フォートラン)系の二つの流れがあります。というのも、この二つが生まれたのはほぼ同時期で、その後あまたあるプログラミング言語はこれらのどちらか或いは両方から深い影響を受けているからです。
今、主流となっているC++言語やObjective-C、Javaなどは大雑把に分けるとFortran系に分けることが出来ます。ほとんどのメジャーな言語はFortran系です。
反対にLispの流れを組むのは、JavaScriptやHaskell、Closureといったややマニアックな言語です。
Lispはその圧倒的な能力や魅力を持ちながらも、歴史的になかなか普及できずに居たという背景があります。
昨夜はそんなLispの魅力を学ぼう、ということで110名を超える超満員のイベントとなりました。
さまざまな角度からLispの可能性や魅力を探って行ったのですが、橋本さんの発言の中でひとつとても印象的なものがありました。
それは「コンピューティングとは、マッシュアップである」という言葉です。
マッシュアップというのは、複数のWebサービスを組み合わせて全く別のサービスを創りだす手法として、Web2.0ブームの時に大変注目された手法です。
各WebサービスはこぞってWeb-API(Webサービス間で情報をやりとりするための仕組み)を準備し、そのAPIを活用することで外部のサービスとの連携を深める、というのがWeb2.0ブームの根幹にありました。
このマッシュアップは、今ではごく自然に行われていて、マッシュアップされていることにすら気付かないかもしれません。
例えば人気カメラアプリのInstagramで撮影した画像をFacebookへ同時に投稿できる、という機能もそうですし、Twitterでつぶやかれたツイートに付加されたGPS情報をもとに呟きをGoogle Mapに紐付けていく、というのもマッシュアップの一つです。
この言葉はWeb2.0ブームとともに知られるようになりましたが、Lispを使うとマッシュアップがより簡単に徹底的にできるようになる、というのが橋本さんの主張でした。
私がこの言葉を印象的に捉えたのは、ちょうど一年前、パーソナル・コンピュータの父と言われる科学者、アラン・ケイ氏とお会いした時も彼の口から全く同じ台詞を聞いたからです。
曰く、「マッシュアップこそがコンピューティングの重要な課題だ」と。
アラン・ケイ氏は初期のマッシュアップの例として、なんとマルチウィンドウとクリップボードを挙げました。
マルチウィンドウ、すなわち画面を複数の区画(ウィンドウ)に区切って、例えばメーラーとワードプロセッサを並べ、お互いにデータをやりとりしたり、時には電卓アプリを別のウィンドウで起動して、そこでの計算結果をメールに貼り付けたりといったことは、最も頻繁に使われるマッシュアップだ、というのです。
マルチウィンドウによるコンピュータを世界で初めて実現したアラン・ケイ氏によるこの見識に私は衝撃を受けました。
確かに、マルチウィンドウはマッシュアップの最も原始的な形と言えなくもありません。
「しかし・・・」
とケイ氏は続けます。
「マッシュアップはそこからほとんど進歩していない。たとえばMacに入っているAutomator(オートメーター)を使っているユーザーは何パーセントくらいいるのだろうか。HyperCard(1980年代にAppleが発売したハイパーテキスト環境)は誰でもマッシュアップが可能だった。他の人の作ったスタック(注:ハイパーカード上のコンテンツ)から、気に入った要素をコピーして自分のところに持って来ることが出来たからね。しかし今やマッシュアップはエンドユーザが気軽にできるものではなくなってしまった。高度なサーバープログラミングが必要だ」
これまたなるほどと頷いたわけです。
要はマッシュアップというのは、既存のシステムの持つ強力な機能を引き出して組み合わせることにより全く別の新しい機能を実現するための一般的な手法である、ということなのです。
そして私は、帰路につきながら、マッシュアップと経営に関して思いを巡らせたのでした。
私の会社、UEI(株式会社ユビキタスエンターテインメント)は、独立系ソフトウェア会社(ISV)に分類されます。
独立系というのは、電機メーカーやプラットフォーマー(MicrosoftやGoogleなど)に資本を握られていない、独立した資本のソフトウェア会社ということで、1990年代にMicrosoftがよく使った用語でした。
独立系ソフトウェア会社の強みは、プラットフォームやしがらみに縛られないということです。
例えばソニーに務めている友人は、熱狂的なMacのファンだったのですが、社内ではおおっぴらにMacを使うことが出来ないと嘆いていました。
また、Microsoftにいる友人はPlayStation4向けのゲームを作りたくても作れない、というジレンマもありました。
ハードウェアのプラットフォームだけではなく、コンテンツに関しても同様のことが言えます。
コナミの友人はポケモンのゲームを企画しても作ることが出来ず、任天堂の友人はときめきメモリアルをテーマにゲームを作りたくても作ることが出来ません。
ところが独立系ソフトウェア企業の強みというのは、こういう場合、例えばときめきメモリアルも、ポケモンも、PS4もXboxOneも、どのハードのどのコンテンツであっても、提案を持って行くことが出来ます。
もちろん相手(クライアント)あってのことですから、突然企画を持ち込んでも全てが通るとは限りませんが、少なくとも何か「新しいことをしよう」と考えた時に、発想がしがらみに縛られることがないのです。
これはまさに会社のマッシュアップによって事業を産み出していると考えることが出来ます。
私の経験したお話をしましょう。
ある友人が囲碁の有名人と仲が良いのでなにかビジネスができないか、と持ちかけられました。
私は、当時勤めていた会社で携帯コンテンツをプロデュースする仕事をしていたので、だったら、囲碁のゲームや知識がわかるような携帯公式サイトを作ろうという企画を立てます。しかし囲碁のゲームは実はプログラミングが非常に難しく、当時の社内のリソースで作るのは無理でした。そこで、囲碁ゲームで実績のある会社に話を持ちかけ、そこのソフトウェア部品を貸してもらうよう交渉します。それから、テレビに出てるような有名な棋士の方に許可を頂き、サイトがスタートしました。結果はまずまずの成功で、それぞれがお金を手にしました。月額方式だったのでみんながそれなりにお金を儲けて仕事が終わりました。
ビジネスの世界では、他社が持っている資産、それはお金だけでなくブランド価値やコンテンツ、技術資産など様々ですが、そうしたものを、自社が持っている資産と組み合わせることでさらに大きな価値を産むのは当たり前です。
つまり、ビジネスの世界は常にマッシュアップなのです。
ケイ氏が、「マッシュアップこそが重要課題」とまで断じたことを思い出すと、もしかしたら、マッシュアップの問題を解決したら、コンピュータはもっと進歩できるのかもしれません。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。