テクノロジーセクターは、イギリス経済の成長を牽引する最も重要な分野であり、その成長の中心はスタートアップが集中するロンドン東部です。イギリスのGDP の8.3% はテクノロジーセクターで占められており、2016年までには 12% に増加すると予想されています。
この様にテクノロジーセクターの成長はイギリス経済にとって最も重要な分野の一つなのですが、前々回の記事でご紹介した様に、イギリスではエンジニア不足が深刻な問題になっています。人材不足はスタートアップの成長を阻害する要因の一つでもあります。
調査会社であるGfKが2013年に実施した調査によれば、東ロンドンのテクノロジー系企業の45%は人材不足が最も大きな問題であり、77%は望む人材を雇用することができればビジネスの成長が可能だと答えています。
最も不足しているのは開発者であり、90%の企業が望むスキルを持った開発者を採用するのが困難であると答えています。次いで不足しているのは、マーケティングと広報、ビジネスデベロップメント、ウェブデザイナー、ユーザビリティの専門家です。マーケティングと広報、ビジネスデベロップメント、ウェブデザイナー、に関しては、人材供給が豊富なため採用活動をすれば採用は可能なのですが、ユーザビリティの専門家は、開発者と同じく供給が少ないため90%の企業が採用困難と答えています。
73%の企業は、人材不足の穴はフリーランサーの雇用で埋めており、63%はインターンを雇用することで何とかしています。また、83%はフリーランサーではなく正社員として雇用したいと答えています。フリーランサーは賃金や雇用条件が良ければどんどん他の企業に移動してしまうので、定着率が低いためです。42%の企業はスタッフの定着率を確保するのが難しいと回答しています。
イギリスにおけるテクノロジー系フリーランサーや非正規雇用スタッフというのは、日本と異なり、かなり高い報酬を得るインディペンデントコントラクターのことを指します。足りない人材を賃金が安い非正規雇用の人材や、派遣人材で補っているわけではありません。
さてこの人材不足ですが、テクノロジー業界がブラックだから働く人に避けられている、定着率が低い、というわけではありません。前々回の記事でご紹介した様に、ロンドンのエンジニアの就労環境というのはイギリス平均のみならず、欧州全体でみた場合でもかなり良いわけです。
平均よりも遥かに高い賃金が払われ、有給休暇も取得可能。在宅勤務だって珍しくありません。企業は高額な外部トレーニング費用を負担し、オフィスは最新型であります。デスマーチやサービス残業は普通ではありません。人材が不足している理由は主に以下です。
■ コンピューターサイエンスを専攻する学生が減っているのでそもそもテクノロジー系の人材が少ない
■ テクノロジーセクターの成長が早いため人材の供給が追いつかない
■ 企業が望むスキルが細分化しておりなかなか希望するスキルを持った人がいない
■ テクノロジーの変化が激しいため社内教育では人材育成が追いつかない
■ 金融やコンサルティング業界、さらに石油などの資源業界との人材の取り合いになっている
ロンドンの金融やコンサルティング業界というのは、スタートアップが集積する東ロンドンのショーディッチの周辺と、カナリーワーフという新金融街に集中しています。これらの業界はかなり魅力的な賃金と福利厚生を提供しているので、理系の学生や実績のある技術者は、スタートアップよりも安定しており、報酬の良い金融やコンサルティング、資源業界に流れてしまうわけです。
日本企業の多くは、ITや通信系企業も含め、職種による待遇の差が小さく、エンジニアの待遇が決して良くないわけですが、ロンドンの例をみる様に、今やスキルのあるエンジニアというのは、世界的な取り合いになっているわけです。技術立国と言いながらエンジニアの待遇を改善しない日本企業には未来はあるのでしょうか。
ロンドンにいると、待遇がよく、自分の望む仕事さえあれば、国境を気軽に越えて仕事をしているエンジニアに会う機会が沢山あります。イギリス国内のみならず、欧州大陸、中東、シリコンバレー、カナダと様々な国を転々とします。英語ができてスキルがあれば、国境は関係ないわけです。革新的な企業はそのような人材を採用します。
よほど日本文化に思い入れがない限り、彼らが日本のブラックなIT業界にやってくることはないでしょう。
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登録はこちらNTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。