第1回の「初音ミクが作り出した未来」で書いた、人間をクリエイティブにさせる仕組みの話は、これまでの連載で一番評判がよかったのですが、学会もそういう「人間をクリエイティブにさせる仕組み」の一つであり、これまでうまく行っているものの実例です。
僕はニコニコ学会βという新しい形の学会で活動していますが、そのもとになっているのはこれまでの学会なので、まずは通常の学会の仕組みについて説明します。
学会は研究者達が「論文」を書き、「学会誌」にまとめ、「イベント」を行うことで構成されています。
論文は、研究者が過去の研究を調べて、それになかったものをどう立証したかについて書かれます。きちんと過去研究を調べて、これまでの歴史になかったものを積み上げ、論文に残していくのが研究者の営みです。他の研究者が自分の論文を調べやすいように、引用の方法や検索しやすいようなキーワードの付け方などは決まっていて、そこから「多くの論文に引用された論文は価値が高い」という格付けの仕組みが生まれました。その仕組みはGoogleのランキングに応用されています。
書かれた論文は全体で共有されやすいように、学会誌にまとめられます。その際に、何人かの有識者によって査読され、おかしなものが弾かれます。どの研究者でも、査読者に認められれば論文が掲載され、世界の人たちと意見交換することができます。
そして、論文を書いた研究者同士が実際に会って知識を共有・検証する場として、イベントが定期的に行われます。
これらの構造により、そのへんの人がいきなり研究をはじめるのにくらべて、学会では過去の蓄積をうまく使って新しいものを生みだし、生み出されたものを共有してその先に進む、「人間をよりクリエイティブにする仕組み」ができています。もっとも初期の学会は1660年発足のイギリス王立協会と言われていますが、メンバーだったアイザック・ニュートンは「私がより遠くまで見渡せたとすれば、それは巨人の肩の上に乗ることによってです。」という言葉を残しています。過去の知見の上に立つことの重要性を指しています。
かつて東大の五十嵐 健夫先生に学会の魅力を伺ったところ、「たとえばSIGGRAPHであれば3万人ぐらいの、新しいことを生み出したい研究者がいて、その3万人は過去の知識を共有していて、現時点の一番新しくて面白いものも共有されていて、その知識をもとに自分の活動ができること」と仰っていました。("ニコニコ学会βを研究してみた" より)
とはいえ、学会の仕組みはインターネット以前に作られたものです。知識を蓄積し、シェアし、良いモノをふるいわけ、その上から新しいモノを作る仕組みは、たとえばオープンソースのプロジェクトではもう当たり前に行われています。初音ミクやPixivなどの仕組みもそうだと言えるでしょう。学会ほどの厳密さはありませんが、計算機の力がそれを補完してくれるし、きちんと全体にアクセスできれば多様性は力です。
インターネットにより、学会の外側にも学会のような「人をクリエイティブにさせる仕組み」が生まれてきました。学会の魅力は今も変わらないと思いますが、インターネットによって知識の共有と蓄積がなんとなくできるようになってくると、査読がないぶん玉石混淆ではあるものの、面白いものが学会の外側からも出てくるようになりました。
「ニコニコ学会β」はそういう時代を踏まえて学会を考える試みです。僕は、2011年の初期から実行委員として関わっています。僕はずっとサラリーマンで、研究者をやっていたことはないのですが、Makeにはずっと関わっていたことと、こういう面白そうな取り組みが大好きなので初期から実行委員として関わっています。
はじめて、「研究者」と呼ばれる人たちとまともにおつきあいすることになったわけですが、いろいろな学生さんや先生方を見ているうちに感じたのは、「あたりまえだけど、一人一人で見れる範囲には限界がある」ということでした。
もちろん研究者の人たちは好奇心も学習能力も、それ以外の人たちに比べたら優れているわけですが、学会で共有される知識だけでかなり膨大で、学会以外のところで起こっていることをすべて追いかけるのは難しくなります。また、それらの世界は学会ほど全容を掴みやすくありません。
Makeに関連することを研究している研究室はけっこうありますが、MakerFaire Tokyoに毎回出展していたり、2日間フルにいる研究室は希です。僕がやろうとしていることは、「Makeしかりチームラボしかり、『新しくて面白いものを生み出しているのだけど、学会の外側にあること』を、ニコニコ学会のみんなに見せる」ということと、学会の内側の人に向かって「これは、外側の人が見ても面白そう」ということを伝える、すなわち「(従来の)学会の内側の人と外側をつなぐ」ことでした。
今ぼくはシンガポールにいて、東京で行われるニコニコ学会βのイベントには参加していないのですが、シンガポールで同様の取り組みをニコニコ学会βシンガポールとして、シンガポールサイエンスセンターとはじめています。
シンガポールは世界でもレベルの高い方大学がいくつもある教育・研究都市の性格があり、ニコニコ学会βとおなじような問題意識を、シンガポールの研究者・サイエンスセンターも感じています。どのような活動をしているかは、こちらの動画をどうぞ。
また、ニコニコ学会βの活動そのものについては、ニコニコ動画上にすべてアーカイブされてあり、ニコニコ学会βの公式サイトから見に行くこともできます。
が、一回6時間近くあるものがほとんどなので、電子書籍としてまとまっているものがオススメです。
この号ではMakeとニコニコ学会βの関係や、シンガポールでのニコニコ学会、ニコ技の輸出活動についての記事を寄稿しました。Webでの公開許可をいただいたので、PDFで ここにおいておきます。
おそらく、インターネット以後になっても学会は残るのでしょう。形を変えながら、100年後も研究機関や学会は残っていると思います。ただ、おそらく今よりも「世の中すべてが研究機関になり、あらゆる場所から新しいモノが飛び出す」形に近くなっていくのではないかとおもいます。
僕らは「誰でも研究者」の時代に生きているのです。
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登録はこちら無駄に元気な、チームラボMake部の発起人。チームラボ/ニコニコ学会β/ニコニコ技術部/DMM.Makeなどで活動をしています。日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』を行っています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、メイカーズのエコシステムという書籍に活動がまとまっています。ほか連載など:http://ch.nicovideo.jp/tks/blomaga/ar701264