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PARTICIPATION, NOT PERMISSION -エンジニアマインドを持つ政治家が、世界で最初の「スマート国家」を目指すシンガポール-

PARTICIPATION, NOT PERMISSION  Singapore, heads up for Smart Nation.

2015.05.20

Updated by Masakazu Takasu on May 20, 2015, 09:33 am JST

シンガポールのリー・シェンロン首相が、数学の名門ケンブリッジのトリニティ・カレッッジを飛び級で修了したスキルを生かして、自作の数独プログラムをGoogle Driveで公開したのが話題になりましたが、シンガポールは国全体として情報技術を進めています。

オートメーションで社会を進化させる

人口約550万人(国民は400万人に満たず、外国人を含んだ数字)の小国シンガポールは、効率化・テクノロジーについてずっと力を注いできました。1965年の建国から今年で50年目なのですが、建国当時から「大きい国と同じことをやっていてはだれもシンガポールに注目してくれないから、もっと速くスマートに」と掲げ、様々なIT化を行ってきました。

たとえば、シンガポールの自動車はすべて、ERP(Electric Road Pricing)というETCに似たシステムをつけないと、公道を走れません。義務づけして、全部の車につけたことで、人間にはできない複雑なオペレーションを機械にやらせることを可能にしています。

▼ERPのロゴ (出典:Wikipedia
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ERPでは、町中のいろんなところに写真のような課金ゲートがあります。とはいえ、すべてのゲートで課金されるわけではありません。柔軟な課金体系で、混雑する道路が、混雑する時間帯だけ課金されるようになっています。また、3車線以上ある道路の一番右は「廃課金ロード」になっていて、いつも課金額が高くなっています。これにより、

道路の渋滞が激しくなる→課金額が上がる→必要性がある人しか、混雑する時間帯は乗らなくなる→どうしても急ぎたい人は廃課金ロードを走れば急いで目的地に行ける

という、それぞれをうまく調整できる形を作っています。完全にリアルタイムに課金体系が変わるわけではありませんが、時間単位・車線単位・道路単位で課金額が変わるシステムは、人間が料金を徴収していると運用できません。他の国では「人間にもできることを機械にやらせている」オートメーションをよく見ますが、シンガポールではそれよりも進んでいて、「機械化したからこそできる」一段先の段階で発展を続けています。

シンガポールの鉄道も大部分がオートメーション化されており、混雑に応じて運転間隔の調整が行われ、料金も変動します。今(2015年05月)はオフピーク時の鉄道料金を無料にする実験が行われています。7%ほど混雑が緩和されたようで、実験は延長されたとか。

▼オートメーション化されているシンガポールの鉄道 (出典:Wikipedia
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ドローンが料理を運ぶレストラン

道路や鉄道などは公共事業として行われているものですが、民間からのオートメーション化も促進されていて、飲食店などが新しいオートメーション設備を入れようとすると、70%までは政府から補助が出ます。それにより、Droneが飲み物を運んでくるレストランなど、新しい形のオートメーションを、シンガポールの企業Infinium Roboticsが開発したりしています。

▼現在実験中、ドローンが飲み物を運ぶレストラン

社長のジュンヤンは僕に、「最初は人のほうが便利だと思うけど、自動化できることはすごく可能性がある。それに、ホントに最初のドローンレストランができたら、多少ビールをこぼしても、君みたいなギークは来るし、値段や味がまともなら友達を誘ってリピートするだろ?」と語りました。

▼ドローンレストランのデモ。満面の笑みで見つめるリー・シェンロン首相。

そして今、シンガポールは国全体が一体となって、世界のどこにもない「スマート国家」を実現しようとしています。

「社会」の概念そのものを変えたい

リー・シェンロン首相がプログラムを公開するきっかけになったのは、4月に行われた、「スマートネイション」を推進するための会議で、IT企業のトップを招いて行われたスピーチからでした。

▼リー・シェンロン首相の演説

スマートネイションに、「この機能とこの機能があればスマートネイション」というような、特に決まった定義があるわけではありません。ERPや鉄道の自動化もスマートネイションの一部です。

さらにそれに加えて、昨年2014年から「スマートネイション構想」が発表され、「APIを整備して、だれでも社会に参加できるようにして、世の中をよくして、ビジネスチャンスを生めるようにしよう」という目標を目指して、いくつもの施策が連携し始めました。

スマートネイション推進オフィスのリーダーは、僕がギーク大臣と呼んでいるヴィヴィアン・バルキシュナン水・環境大臣が兼任しています。ヴィヴィアン大臣は今もPythonやJavascriptで自らプログラムを書く現役のギークであり、シンガポール内のMakerイベントにはかなり高確率でプライベートでやってくる、Makerにとっての「俺たちの大臣」でもあります。

▼ FOSS ASIAでスマートネイションについてプレゼンするヴィヴィアン大臣

2015年の3月12-15日に4日間にわたって東南アジア最大のハッカーイベントFOSS ASIAでヴィヴィアン大臣はMariaDB,Mozilla,Redhatといった会社の人たちと並んで基調講演をつとめ、「スマートネイションの推進役であり、MakerおよびTwitterを使ったプログラムを作るアクティブユーザとしても知られている」と紹介されています。

実際に、ヴィヴィアン大臣の指示でシンガポール内の雨水路に200個以上のセンサーが備え付けられ、API経由で観測できるようになっていて、大臣自ら公式のアカウントで洪水情報を配信しています。このセンサーAPIを使って、洪水情報アプリなどを作るユーザもすでに出てきています。

▼洪水情報が流れる政府のアカウント(@PUBsingapore
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ヴィヴィアン大臣は、「PARTICIPATION, NOT PERMISSION」と、許可でなく参加について語ります。コンピュータの基本的なアルゴリズムを初期から教育して多くの国民がわかるようにし、安全なシンガポール国内で簡単に試せ、試験的にマーケティングができる仕組みを作ることで、ビジネスチャンスが生まれて投資が集まり、いいものだけが市場で淘汰されて残っていく生態系が生まれることを目指していると、FOSS ASIAのスピーチでは語っていました。

技術と社会そのものへの関心、両方が「スマート国家」をつくる

冒頭のシェンロン首相のスピーチでは、シンガポールがスマート国家を狙うことができる、3つのアドバンテージが紹介されていました。

その1:
なにより、我々は合理的なことが大好きな国民だ。テクノロジーの先をいつも見ているし、テクノロジーが経済や生活を変えていくことを恐れない。我々はR&Dに投資しつづけている。誰でも簡単に使えるようにしたE-taxシステムで、国民の97%はオンラインで税金を払っている。ぼくらはもう会計ソフトを必要としない。
会社を作るのだってオンラインで15分でできる。あらゆる国の手続き、子供のスクールを選ぶとか、政府と生活に関するすべてがオンラインでできる。

その2:
我々は教育に投資し、ITに長けた人材を育成している。科学と数学には補助金を出し、世界中から集められた学生がシンガポールの大学で学び、数学のランクでは上海と世界一を争っている。
我々の学生はGoogleやFacebookといった世界中のITトップ企業の、しかもテクノロジー部分の大事なところで働いている。シンガポールがそれらの会社と一緒になってITを活用しようとしたとき、ぼくらには優れた才能とネットワークがある。

その3:
ここはもっともネットに恵まれた国だ。
国民あたり1.5台のネット回線を持ち、国中どこでもネットにつながる。
加えて、ギガビットの新しい光ファイバも国営で引く。ダウンロード速度ランクではいつもシンガポールはTOPを維持している。

ここで語られている言葉は、人材のグローバル化であったり電子政府の推進であったり、どの国でも目指していることかもしれませんが、シンガポールの人たちはそこに多くのリソースを割き、実際に成果を上げてきました。

このスピーチは、その後、あの冒頭にあげた数独プログラムの話を紹介し、スマートネイション推進担当としてヴィヴィアン大臣の紹介につなげられます。

そして、ヴィヴィアン大臣はこのスピーチの数日後、「首相のC++で作ったプログラムをJavascriptに移植してみたよ。触ったことのない、新しい言語を学んでみている。」というつぶやきをあげていました。

▼Javascriptに移植中のヴィヴィアン大臣。Facebookでも、首相のプログラムが読みづらいことと、数学が秀でていることに率直なコメントをしていました。

社会と技術と未来に対する好奇心にあふれた人たちが、未来のスマート国家にPARTICIPATIONしようとしています。

 

※冒頭で紹介したシンガポールの人口について、掲載時には「人口500万人あまり(うち150万人は永住権付きの外国人で、国民は350万人あまり) 」としておりましたが、正しくは「人口約550万人(国民は400万人に満たず、外国人を含んだ数字)」です。本文は修正済みです。(5/21 19:20)

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高須 正和(たかす・まさかず)

無駄に元気な、チームラボMake部の発起人。チームラボニコニコ学会βニコニコ技術部DMM.Makeなどで活動をしています。日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』を行っています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、メイカーズのエコシステムという書籍に活動がまとまっています。ほか連載など:http://ch.nicovideo.jp/tks/blomaga/ar701264