original image: © naokichic - Fotolia.com
知的情報処理の最前線:Googleの本気?「量子アニーリング」の威力
2015.12.15
Updated by Masayuki Ohzeki on December 15, 2015, 09:00 am JST
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2015.12.15
Updated by Masayuki Ohzeki on December 15, 2015, 09:00 am JST
量子アニーリングについての概観を初回に紹介して、その後大きなニュースとして、その性能が各種メディアを賑わせた.
D-wave2Xは既存のコンピュータの1億倍も高速である
という報道だ.これはしっかりとした学術論文に投稿されるものの速報版として公開されたものに基づいてなされた報道である.コチラのリンクからフリーで読める.その公開を持って、研究者たちは意見を通わせ、批判をしながら、真理に近づこうとする.もちろん公開するからにはしっかりとした内容になっているものであり、ほぼ確信を持っている内容だ.たまに修正をするために先行して公開することもある.
量子アニーリングは、最適化問題を解くための汎用的アルゴリズム、つまりどんな問題であっても適用できる器用さを持ち合わせた手法である.そもそも最適化問題というのは、山がたくさんある中に、どこかの頂上には財宝が眠っていて、それを効率よく探してきなさいという問題である.量子アニーリングでは、山から山へとはしごを渡して、ワープするというコンセプトで効率よく探索をするという.
今回公開された論文は、Googleに所属する研究者らが行った研究であり、John Martinis氏を始め、量子コンピュータないしはアニーリングについて研究を行ってきたそうそうたるメンバーが名を連ねている.Sergio Boixioあたりは日本で開催された量子アニーリングの国際会議にも招待して個人的には馴染みがある.
さてさて、この場を借りて、今回何が分かったのかということを概観してみよう.
彼らの研究のモチベーションは、そもそも量子アニーリングが山から山へのはしご、量子トンネル効果、を利用して如何に最適化問題を軽やかに解いているのだろうか?という理論的な興味に基づいている.重要な動機であり、その理屈がわかれば高速に最適化問題を解くために何が重要なのかという知見を人類は獲得することができる.
そのために用意した難易度の高い最適化問題を解かせたときに、従来のコンピュータでふたつのアルゴリズムを利用して解いたものと比較したときに、10の8乗倍程度、つまり0が8個並ぶ桁数だから1億倍速いというわけだ.
量子アニーリングと比較された従来のコンピュータで利用されたアルゴリズムは、熱アニーリング(シミュレーテッド・アニーリング)と量子モンテカルロ法による量子アニーリングのシミュレーションのふたつだ.前者は、山をのぼりつつ、たまに山を下って他の山へと上ってみたりと行ったり来たり探索をしながら、これが良いのかもなあ?と、ある時点で思い切ってその山をひたすら上るというアルゴリズムだ.後者は量子モンテカルロ法と呼ばれる方法をつかって、量子アニーリングを擬似的にコンピュータ上でシミュレーションをする.中身は実は熱アニーリングと同様のプロセスを経ているが、量子トンネル効果を模している.
せっかくなので、もう少し踏み込むと、量子モンテカルロ法を利用する場合、最適化問題を解くために山を登る冒険者をいくつか派遣する.それぞれ勝手に山を登っては下り、探索を続ける.これは先ほどの熱アニーリングと非常に似ている.このときに探検者たちの間で、コンセンサスを取る.宝は見つかりそうか?多くの探検者たちが同じ山を登っていたら他の山を登っていた探検者に教えて、一挙にうまくいきそうなところへ集合する.
量子トンネル効果を模して、うまくいきそうな山へ移動しているというわけだ.
量子アニーリングでは、先に進む冒険者はいない.自分で他の山へ移動する.
量子モンテカルロ法を利用する場合、他の冒険者を置いて、彼らにロープを投げてもらうという状況だ.
いずれにせよ、うまく山のうえにある宝を効率よく探してくれそうである.ただ量子モンテカルロ法を利用して、この計算をするためには多数の冒険者を用意したシミュレーションを行うため、コンピュータに負担がかかるのだ.その一方で、量子アニーリングをそのまま実行できるD-wave社の開発したマシンでは、そのような負担がかからず、いわば全てのリソースをつぎ込んで一人の冒険者が効率よく探索してくれる.速さの秘訣はここにある.つまりアルゴリズムとしては、コンピュータ上で擬似的にはあれど、近いものが実装できるものを、そういう一切の無駄がなく実装できるというのがD-waveマシンである.それはものすごい速さで動作するだろう.特に想像してもらいたいのは、冒険者たちをたくさんばらまき、その冒険者たちをコンピュータ上で同時に動かしながら探索を進める負担である.そしてその冒険者たちを動かす場合に、コンピュータ上では一人一人動かす.しかしそれらの手間が必要ないとなれば、驚くべき速さで動作することは予想される通りである.
実際の結果について紹介すると、論文の中には象徴的に図4に掲載されている.SAとあるのが熱アニーリングの結果、QMCとあるのが量子モンテカルロ法による量子アニーリング、そしてD-Waveとあるのが実際にD-wave2Xマシンを利用した場合の計算性能である.縦軸が時間を表しており、下にいく程速いという証拠となっている.縦軸の読み方は対数プロットであるから、慣れ親しまない人も多いかと思うが、桁数を表している.10の10乗から10の2乗あたりまでQMCからD-Waveの間で隔たりがあるため10の8乗程度加速するという表現になったのであろう.グラフで右にいけば行く程、問題のサイズ、探索する山の数がだんだん増えると思ってもらって構わない.それに従い、だんだん大変な問題となっているため時間がかかる傾向にある.量子モンテカルロ法によるシミュレーションとD-Waveマシンによる計算をみると同様の傾向で増加している.裏を返せば量子モンテカルロ法でうまくシミュレートできているとも言える.
そのときに量子モンテカルロ法とD-Waveマシンの間で、かかる時間の比率が一定のように見える、つまりグラフの間隔が同じ程度である.この間隔について、著者らは最新版の量子アニーリングマシンを用意すればどんどん広がり、高速化が進むということを主張している.確かにそれは純粋に量子アニーリングマシンの性能の向上として期待されるものだろう.
もう一点、前のバージョンのマシンを使って同程度の問題を解いた場合は1万倍速くなるだろうと過去に見積もっていた経験を挙げて、実際やってみると1億倍の加速だったため、次から次へと最新型の精度の良い量子アニーリングマシンを作ることで、確かに高速化が進んで行っていることも主張している.
D-waveマシンを使って、従来の計算手法と比較した研究はこれまでもあり、その都度その都度、驚愕の速さを持っていることが紹介され、驚きを持って迎え入れられた.もちろん中には、だからどうしたという意見を持っている人も少なくない.
量子コンピュータと呼ばれる計算技術の総称がある.これまでのコンピュータではとても手に負えない計算を軽やかに解いてくれる技術であり、その背景にあるものが量子力学と呼ばれる原子・分子世界のミクロな世界の法則・規則を利用する.量子トンネル効果もその規則のひとつだ.それを利用して計算が早く行えるという意味ではD-waveマシンは量子コンピュータかもしれない.
ではD-waveマシンは、人々が夢見た量子コンピュータなのか?僕はそう思っていない.
本来の夢のある量子コンピュータは、従来のコンピュータではとても手が届かないような問題に解決を与えてくれるものである.
今回紹介した結果を眺めればお気づきかもしれない.1億倍になろうが何兆倍になろうが、どんどん問題が難しくなればなるほど計算時間はかかって行く.その計算時間の増大の具合が、緩やかであれば良い.しかし爆発的に増大する問題がある.その爆発的に計算時間がかかってしまう問題のなかには、量子コンピュータを使えば、その計算時間を押さえることができると分かっている問題がいくつかある.それを解くものを作りたいと願っている人も多いし、そうして初めて世界が変わると筆者も感じている.
だからといってD-waveマシンを批判するつもりはない.物理的なプロセスを使って、コンピュータ上でシミュレーションをすることなく、無駄な手間がなく行える計算技術として歓迎するべきだ.そしてそれを利用することで、これまでに実現できなかったサービスや計算性能を利用した高度な知的情報処理や今後の予測・人工知能の設計に至るまで可能になるものは今後数年・数十年のスパンで飛躍的に加速して登場するだろう.
そしてその次の段階で、夢見た量子コンピュータが実現しているだろうと見据えている.
そんな幸せな時代なのだ.
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登録はこちら1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。