嘘をつく、嘘をつかれる人工知能をつくる──人狼ゲームをする「人狼知能」をつくるわけ(後編)
2016.01.08
Updated by Katsue Nagakura on January 8, 2016, 07:10 am JST
2016.01.08
Updated by Katsue Nagakura on January 8, 2016, 07:10 am JST
▼人狼知能プロジェクトでは、大会以外にもそれぞれの研究者が人狼をプレイする人工知能の研究に取り組んでいる。(2015年8月のCEDECでの発表の様子)
嘘が蔓延する現実社会では、人工知能にも「嘘を嘘と見抜く、必要ならば嘘をつく」ことが求められる。そのために必要とされるコミュニケーションの要素が詰まった人狼ゲームをプレイする「人狼知能」が目指すものは何なのか、引き続き人狼知能プロジェクトを率いる東京大学大学院工学系研究科・准教授の鳥海不二夫氏、筑波大学システム情報系・助教の大澤博隆氏に聞いた。
──人狼知能プロジェクトの目標を教えてください。
まずは、人狼ゲームをプレイして勝てる強い人工知能をつくることです。今は記号化された会話ベースで人狼をプレイするプログラムを作っています。次の段階は自然なテキストで会話をしながら人狼をする人工知能です。その次は音声対話で人狼をする人工知能。これには、プログラムだけでなく音声認識や発話のシステムが必要になります。
そのあとはロボットにやってもらう。マツコロイド(大阪大学教授の石黒浩氏が監修した、マツコ・デラックスそっくりなアンドロイド)に人狼をやってもらうとか(笑)。石黒先生に専用のロボットを作ってもらえるといいですけどね(笑)。
人狼のコミュニケーションゲームという側面から考えると、人狼知能のゴールははるか先になります。さきほど、人狼ゲームに勝てる強い人工知能をつくるという目標の話をしました。並行して、また別次元の目標として「おもしろいエージェント」をつくることがあります。ゲームは強ければいいと言うわけじゃない。一緒にコミュニケーションをして楽しむこと自体が目的の場合も多くあります。そこで、一緒にプレイをしていて「こいつとプレイするとおもしろい」というエージェントを作りたい。
さらにもう一段階上の目標として、「見て楽しい人狼をプレイする」ことがあります。テレビ番組で,芸人さんが人狼をプレイするというものがあります。つまり、ゲームする様子を人に見せて、見ている人が楽しめるというゲームが人狼なんです。そこで、スリルとサスペンスを求め、それを演出するプレイができる人工知能をつくりたい。これが究極的な目標です。
最終には、人狼をプレイする舞台「人狼 ザ・ライブプレイングシアター」で、人狼知能を搭載したアンドロイドによる「楽しい、見せる人狼」ができるようにしたいですね。プログラミングで人工知能をつくるだけではなく、アンドロイドを作るようなロボット技術も含めてのプロジェクトです。
──現状の人狼知能は、どのような段階にあるのでしょうか?
今は記号化された会話でやりとりをしています。会話パターンはいくつかとあらかじめ決まっていて、その中から適切なものを探し出すというプログラムです。前回の人狼知能大会で優勝したプログラムを作った人はかなりの精度で人狼を当てており、かなり強いものが出てきて驚きました。
さきほどの目標で言うと、今は強いものをまずつくるという段階ですね。多くの人が参加をして競って、ほかの人のプログラムをさらに活用してさらに強くして作っていきます。なので、人狼知能の開発にいろんな人に参加をしてもらうことが重要と、大会を開いています。
大会参加者は大まかに3パターンあって、人狼が好きでプログラムを作ってみようという人、研究者や学生で研究テーマとしてやっている人、とにかくプログラミングが好きという人ですね。大学の研究者や学生のほか、個人で参加をしている人も多いです。
──人狼知能プロジェクトのコアメンバーは6人いらっしゃいますが、そもそもどのような経緯で始まったのでしょうか?
鳥海:「人狼をプレイさせる人工知能を作りたい」と私がTwitterで声をかけて、6人くらいでやろうとなった。最初のメンバーは私のTwitter友達ですね。
大澤:私はずっと人狼の研究をしたくて。鳥海先生が始めるというので参加しました。
鳥海:そこで、プロジェクトとして打ち立てると宣言をしました。そうしたら(コンピュータ将棋のプロジェクトを進めてきた、人工知能学会会長ではこだて未来大学教授の)松原仁先生も参加してくださった。
大澤:人工知能研究者はコンピュータ将棋に変わるゲームを、研究テーマとして探していたんです。そこで人狼をやるとなって、これだ、となった。
鳥海:「人狼知能」という言葉をつくって言い出したのが2013年くらい。2014年3月のデジタルゲーム学会で「やります」と宣言をしました。夏にサーバを公開して勉強会を初めて、メンバーが集まってきました。
もともとソーシャルメディアで生まれる集合知に興味があって、人狼知能も集合知でやっていくと考えていたので、とにかく参加者を増やそうとなった。そこで、2015年8月に(ゲーム開発者向けカンファレンスの)CEDECで第1回人狼知能大会を開催しました。コンテストは人狼プロジェクトの中でもっとも目立つ部分で、毎年やっていこうと思っています。
人狼知能そのものは、人工知能の発展という点ではコンピュータ将棋の次という位置づけですが、人狼知能大会の運営面は、ロボカップを参考にしています。ロボカップは「2050年に人型ロボットでワールドカップチャンピオンに勝つ」ことを目標にして、ロボットがサッカーを競うコンテストです。私や篠田先生はもともとロボカップ出身なんですよね。
大澤:人狼知能プロジェクトのコアメンバーは、人狼知能のルール設定をするのが重要な仕事です。大会をやるとなると、会話の形式などかなり細かくルール設定をする必要があるので、コンピュータ将棋と比べても、そこの労力が大きいですね。
──第1回人狼知能大会はいかがでしたか?
応募は78チームで、人狼知能のプログラムを開発して提出できたのが45チーム、そのうちプログラムがちゃんと動いたのが38チームでした。上位15チームが、8月にCEDECで開催した決勝に進出して競いました。
1位のチームは突出して強かったのですが、予想していた以上に強くて驚きました。ただ、まだまだ人間並みのプレイはできていません。たとえば、自分が人狼だと、発言することがあったのですが、これは人間がプレイするときにはあり得ませんよね。
今回の人狼知能大会は初回で、これまでの蓄積がないところから作るのは限界がありました。そこで,決勝に進出した参加者が作った人狼知能のソースコードはすべて公開することにしました。次回以降の大会では、これまでの参加チームのソースコードを活用してブラッシュアップしながら自分たちのプログラムをつくっていけるので、よりよいものができていきます。これによって,効率よく集合知を実現していきたいと思っています.
人狼知能プロジェクトでは、大会以外にも、それぞれのメンバーが、対話エージェントや言語処理の研究として人狼知能を実現するための要素研究を進めています。
──人狼知能は、どのように役に立つ人工知能をつくりますか?
鳥海:要はドラえもんなんです、人工知能として目指しているのは(笑)。産業界の人は、直接役に立つとかお金儲けの話をしますが、22世紀や23世紀に、私たちの生活の中に入っている人工知能ってどういう存在でしょう?と考えると、やっぱりドラえもんなんです。でも、そういうのを作ろうという目標を言うと、みんな冷淡ですよね。
お金儲けになる、というのは誰かほかの人がやればいい。だけど、「おもしろい人工知能」がないとだめなんです。人狼知能もそれで、おもしろいものを実現するのが目標です。
大澤:個人的には、直近では嘘を見抜く、統計的なところに引っかからないものを見つけられる人工知能をつくるのが目標です。
コミュニケーションを教える人工知能ができるとさらにおもしろいです。人工知能が人のコミュニケーションの相手になって、説得力をつけるようにさせるとか。人狼をプレイする人を調べた心理学の研究(丹野宏昭先生「人狼ゲームで学ぶコミュニケーションの心理学-嘘と説得、コミュニケーショントレーニング」)では、人狼をすることで嘘がうまくなるわけではないけれど、自分のことを話せるようになるなどアクティブになることが知られています。直近では、そういう効果が得られる人工知能を、人狼知能プロジェクトから作っていけるのではないかと思っています。
鳥海:でも、それを前面に押し出しちゃうと直接役に立つ物になりますね(笑)。役に立つものしか認めない、とはならなくても良いと思っています。そもそもコミュニケーションは役に立つことだけじゃなくて、半分くらいは雑談で成り立っているし、必ずしもすべてが役に立つものだけじゃない。「人狼知能は何の役に立つのか」と言われると、「あなたが想像できるレベルでは役に立たないでしょうね。でもドラえもん欲しいでしょ?」と言いたいですね.まだまだ道は遠いですが(笑)
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登録はこちら記者、フリーランスライター。1981年名古屋生まれ、北海道大学獣医学部卒。新聞記者(科学技術部、証券部)などを経てフリー。「日経サイエンス」「wired」「週刊朝日」などに執筆。関心領域はIT全般、テクノロジーと社会をめぐる問題、医療・介護福祉など。