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VRの胎動 究極の疑似体験としてのバーチャルリアリティ

Your another life in virtual universe.

2016.04.25

Updated by Ryo Shimizu on April 25, 2016, 09:03 am JST

 Virtual Reality(バーチャルリアリティ)は、筆者の数少ない専門分野の一つです。

 と話をすると、「嘘をつけ。おまえには一体いくつの"専門分野"があるんだ」と言われてしまうのですが、実際の所、筆者にとって、モバイルやスマートフォンやWebサービスというのは、あとから身につけた、いわば副次的な専門分野であって、筆者が子供の頃から後生大事に育ててきた、実質的な専門分野はバーチャルリアリティを含むコンピュータグラフィックスの関連研究だけなのです。

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 上図はたまたま発掘した、筆者が高校生の頃に雑誌の連載のために書いていた図版の原稿です。

 ただし当時は、バーチャルリアリティに到達しようにも、頭部装着型のディスプレイ、いわゆるヘッドマウントディスプレイ(HMD)は数百万円したし、手などを没入させるためのデータグローブなどの機材をあわせると、システム全体で数千万円するという非常に高価なもので、一介の高校生がおいそれと近づけるものではありませんでした。

 仕方がないので、筆者は自宅のパソコンでできるかぎりリアルタイムの3Dコンピュータ・グラフィックスを実現すること、ただそれだけに腐心していました。

 ほどなくしてゲーム業界に入ったのも、ゲームそのものに興味・愛着があったというよりも、バーチャルリアリティを実現する
手段として、手っ取り早く飯が食える領域がそこしかなかったからです。

 そして幾年露。

 時は流れ、今や本物のヘッドマウントディスプレイと、身体の動きを部分的とはいえ取り込めるVRコントローラーのセットが、自分のオフィスに設置される日がやってきました。

 この感動を一体どう表現したらいいのでしょう。

 今、VR関係のデバイスはいろいろと出ていますが、正直、食傷気味でした。
 というのも、どれもこれもがオキュラスのデッドコピーで、あとはそれをいかに安く、いかに高解像度にするか、というところにのみエネルギーが注ぎ込まれていたからです。

 ただ、周囲を見回すだけなら、わざわざ重たいヘッドマウントディスプレイを被る必要はあんまり感じられないんですよね。
 というのも、それは既にFPS(一人称視点シューティング)で散々やりつくされていることなので。マウス操作でサッと振り返るほうがずっと実用的だし素早いわけです。

 それよりもムダに酔うとか、うしろを振り向いても、また正面に向き直さないといけないなどの制約があって、この制約とどう向き合うか、ということがVRコンテンツの課題だよなあと思っていました。

 筆者はどちらかというと昨今のVRブームに対して、むかしからやっている人間だからこそ、やや冷ややかな目線で眺めていたのです。

 その筆者の考えを永久に変えたのは、ある出会いでした。

 筆者の会社は秋葉原近辺にあるのですが、土日もよく秋葉原へでかけます。

 ある日、「ちょっと秋葉原で面白そうなイベントがあるから一緒に行かないか?」と知人に誘われ、参加してみたのが「VRまつり」というイベントでした。

 秋葉原のどまんなかにあるイベントスペース、ヴェルサールの地下で開催されたそのイベントは、さながらVR同人ソフト即売会の様相でした。

 いくつかはとてもおもしろかったのですが、まだまだ全体的に手作り感が強く、良く言えば手弁当、悪く言えば金がかかってないコンテンツが大半で、「うーむ。日本のVRシーンはまだ黎明期だなあ」という通り一遍の感想を抱いて帰ろうとしたそのときでした。

 「あ、清水さんじゃないですか」

 そう、声をかけられたのです。

 声の主は佐藤カフジ。ゲーム技術を中心においかけるライターで、筆者とは以前同じ職場で働いていたことがある、元同僚でした。

 「どうしてこんなところに」

 「いやー、VRまつりですよ。来ますよそりゃ」

 そういえば佐藤は以前の職場で、新作ゲームにハマりすぎてマスターアップの期日が迫っているというのに3日も無断欠勤してあやうく某ゲーム機を発売延期させかけたという黒歴史がありました。

 現実逃避の天才、いや、むしろ、現実逃避の合間に現実を見に来ているという感じでしょうか。

 「そうか。まあ僕は帰るところだから」

 そう言うと、佐藤は筆者を押しとどめました。

 「清水さん、Vive見ました?紹介しますよ。Viveの人」

 「Vive?」

 「ああそういえば会場の片隅でなんか大きめのブースがあったな。あれがそれか。整理券がもう夕方のぶんしかなくなっていたからどうしようか迷ったのだが・・・」

 「やったほうがいいですよ」

 言われるがまま体験したViveは、筆者のVRに対する考え方を半永久的に変えてしまいました。

 というよりも、Vive以前のVRがいかに低い志のもとで開発されていたか。それに尽きると思います。

 Oculusで体験したときにはあれほど気になったアセット(素材)のチープさも、Viveでは問題にすらなりません。
 なぜなら、Viveが実現するのは完全なバーチャル空間であり、完全なバーチャル空間である以上、ポリゴン数が少ないとかはかなりどうでもよいことのように感じられるのです。

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 「絶対買う」

 佐藤にそう誓った筆者は、実際に予約開始と同時に申し込み(実際に申し込んだのは部下でしたが)、予定通り最初の10000台のロットを手に入れたのでした。

 htc Viveは、他のVRと何が違うのか。

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 最大の違いは、ルームスケールVRと呼ばれる機能の実現です。

 通常のHMDは、HMD側に加速度センサー、外部に頭部の位置を検出するためのカメラを設置し、頭部の位置検出をしながらゲーム体験を実現します。

 しかし、当然ながら、カメラの向いてない方向の検出は不可能なので、多くのVRコンテンツが座席に座った状態で体験することを余儀なくされます。

 もちろん長時間やろうと思えばそのほうがいいのですが、これは完全なバーチャル空間への没入とは言えません。

 つまりバーチャル空間でありながら、「前」があるのです。「前」を向かないと遊べないというわけです。

 ところが、htc Viveは、ルームスケール、つまり部屋くらいの大きさの空間を文字通りバーチャル空間に変えてしまいます。

 秘密は、HMDとコントローラに満載されたカメラです。
 部屋の対角線上に2つのエミッターを設置します。

 このエミッターから出た光線をHMDに付いたカメラが認識し、正確な場所を把握します。原理で言えばまさにこれだけ。
 たったこれだけで、対角線5メートル程度のバーチャル空間を自在に動き回ることができるのです。

 さらに、通常のVRデバイスと異なり、htc Viveは同一空間を複数のHMDで共存できます。

 つまり、ソフトさえ作れば、二人でバーチャル空間上で共同作業したりもできるのです。

 先日、この感動を皆と分かち合うため、社内で特別にお客さんをお招きして、VR内覧会を行いました。
 なにせ、これだけの空間を確保するというのがオフィス以外では難しく、また、買おうと思ってもすぐ買えるものでもないため、まずは親しい人たちにこの感動を体験していただこうという主旨でした。

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 50人近い人達が集まり、一人五分という制約ながら、3時間半に渡って体験会が開催されました。ゲーム開発者、教育関係者、出版関係者、CMクリエイター、などなど、いろんな人達にこれをまず体験してもらったのです。

 体験中のVR空間内の映像はプロジェクターで見れるという立て付けです。
 
 これを肴に、酒を飲みながらVRの未来についてみんなで考えるというイベントでした。
 
 中でも人気があったのは

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 こんな感じでバーチャル空間上に絵を描く、というか、造形するためのツール、SculptVRです。

 ルームスケールVRだと、自分で描いたものを歩きながらあちこちから眺め回し、さながらバーチャル左官屋のような感じで遊べます。

 Minecraft的と言ってもいいかもしれません。

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 ルームスケールなので、こんなふうに寝っ転がって見ることもできます。
 ここで見ているコンテンツはthe Blu。深海を再現したバーチャルリアリティコンテンツで、巨大なクジラとの邂逅や、クラゲの大群との遭遇などを体験することができます。

 ルームスケールVRのコンテンツを作るのは実に簡単で、UnityにSteamVRというプラグインを導入し、カメラリグをドラッグ&ドロップすればそれだけで即完成です。この手軽さも素晴らしいところです。

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 こんなに素晴らしいルームスケールVRなのですが、もちろん良いことばかりではありません。

 やはり、設置場所を選ぶ、というのが最大の問題でしょう。

 さすがにオフィスとはいえ、こんな空間をずっと維持できるわけではありません。

 VRをやるたびに毎回、机をどかさないとならないのです。

 これがけっこうな手間で、それだけでも障壁に成り得ます。

 特に日本の住宅事情では、これを設置する部屋を探すだけで一苦労のはずです。

 また、これはことオフィスや住宅という問題にとどまりません。
 たとえば遊戯施設などに設置することを考えても、単純に面積当たりの客単価が下がります。

 最初は物珍しさでお客さんがやってきたとしても、長期に渡って遊んでくれるようなコンテンツを開発しないかぎり「珍しいもの見たねー」で終わってしまうでしょう。

 そう考えると、PlayStationVRのように、ある程度の制約をもたせたまま遊べる方が現実的でしょう。

 それでもhtc Viveは、最初の10分間で1万台売れたそうです。
 12万円という決して安くない価格設定を考えても、これだけの体験が手に入るなら安い、と考える人が世界中に居たのではないでしょうか。

 筆者はむしろゲームよりも、オフィスでVRをもっと活用できないかということに興味があります。

 VRでブレインストーミングをしたり、VRで遠隔会議ができたりしたら、ちょっと面白いんじゃないかなと思うのです。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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