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もし不老遺伝子が特定されて、人類の平均寿命が1000歳になったら

Methuselah's planet

2016.08.26

Updated by Ryo Shimizu on August 26, 2016, 13:44 pm JST

 二年ほど前、ブルック・ミーガン・グリーンバーグさんという20歳の女性がこの世を去りました。

 世間を驚かせたのは、このブルックさんが年を取らない奇病にかかっていたことです。
 彼女は1歳10ヶ月くらいの状態で年を取らなくなり、残りの18年間、そのままの姿で成長しないままこの世を去りました。

 しかも死因も、乳幼児がよく罹患するような、ちょっとした風邪のような病気が原因だったそうです。

 このニュースは世界中に報道されました。今でも検索するといろいろなニュースサイトでニュースが出てきます。
 しかし一体全体、本当にそんなことが起きうるのでしょうか。

 このニュースが本当だとすれば、人間の遺伝子の中には、老化を抑制する何らかの仕掛けがあることになります。実際、不老または不老に近い話というのは伝説としてはこの世に幾つか残っています。

 そもそもが、聖書や古事記の登場人物は寿命がそもそも長過ぎます。
 ノアの方舟で有名なノアは950歳まで生きたとされています。ノアの息子、セムは600歳、アブラハムは175歳まで生きています。面白いのは、どんどん寿命が縮まっていることです。

 聖書は神話でもあると考えられるため、一概に事実に基づいていると考えることはできませんが、一方で根拠もなくむかしの聖人は皆長命であったとされている理由も少し不可思議です。神の力があるから長命なのだ、という考え方ももちろんできますが。

 人工知能による科学的発見プロセスの加速が実現すると、いずれ代謝や老化についてこれまで知られていなかった新しい知見が得られることでしょう。

 そのなかでも期待されるのは医療の分野です。
 レイ・カーツワイルによれば、シンギュラリティ(技術的特異点)が到来して以後は、人類は癌を完全に克服し、寿命を一年ごとに一年伸ばすことができるようになるはずだといいます。つまり不老時代が到来するということです。

 ではシンギュラリティ以後、世界はどうなるのでしょうか。

 もうひとつ、人工知能が高度化すると人間の仕事を奪うと言われています。
 そういう本能的な恐怖心から、筆者のところにも取材が来て同じことを聞かれるのですが、筆者としては、既に深層学習の出現によってそれまでやっていた仕事が無意味になってしまった現実の研究者たちを見ているので、「奪われません」とはどうしても言えませんでした。

 でも、考えてみれば、なにもしなくてもAIが富を作ってくれれば我々はダラダラ生きていればいいことになります。それはそれで嬉しいかもしれませんが、虚しくなってしまうかもしれません。

 仮に、近い将来、たとえば30年後としましょう。
 30年後に不老遺伝子が解明され、不老化手術を受けたとして、どんな生活に変わっていくかを想像してみましょう。

 まず、その時点から不老化手術の順番待ちがスタートすることが予想されます。
 不老化手術の初期段階ではミスもあるでしょうから、充分な治験データが得られるまでは治療法の存在自体が伏せられるでしょう。

 次に、世界の権力者や大富豪が先を争うように不老化手術を受けます。
 ただし、不老化手術を受けるには、その時点まで生きていなくてはならないという条件があります。

 この手術を受けると、寿命が1000年伸ばせるとします。
 すると、手術を受けた時点の肉体年齢のまま残りの時間を過ごすことになるわけです。
 最初は権力者や大金持ちだけに許された不老化手術が、民間にも降りてきて普通の人が受けられるようになる時代もすぐ来るでしょう。

 次に起きるのは、自然死派と手術派の争いです。
 自然死派は従来どおりの死の作法を守るべきだと主張し、手術をしません。
 手術派はできるものならやるべきだという思想です。

 不老化手術はブルックさんがそうであったのと同様、赤ん坊にも適用できますが、それは意味が無いので、たとえば20歳になったときに本人の意志で選択できるようになるでしょう。

 すると今度は。裕福な家の子供が不老化手術を早めに受け、アイドルも不老手術を受け、そうでない人はただ年老いていくという時代がやってきます。

 暫くの間は見た目の若々しさがその人の財力の象徴となりますが、100年もすれば、不老化手術をしていない人は死に絶えてしまいます。

 次に、出産の問題があります。
 不老手術の技法が明らかでないため、断言はできませんが、不老手術はその代償として、子供を産めなくなる可能性があります。

 なぜなら子供の「成長」とは一種の老化であり、老化する遺伝子を人為的に取り除いた成人男女が妊娠・出産した場合、子宮内で正しく胎児が成長するかは疑問だからです。

 そこで子供が欲しいときだけ一時的に老化促進剤のようなものを使うか、そもそも不老手術をする前に妊娠・出産をしておこうというムードに変わるはずです。

 しかも、できるだけ若い状態で不老手術をしたかったら、早く結婚して早く子供を持つ必要があります。

 子育てなどの問題は、早期に人工知能とロボットが解決するでしょう。
 女性の社会進出が当たり前となった社会では、ロボットが子育てをするのが当たり前になります。

 ロボットはなまじの成人女性よりも根気強く、注意深く、集中力を総動員して子供の成長を見守り、助けます。
 食事の準備から、遊び相手まで、軒並みロボットが担当することになるでしょう。

 この時代には、ひとりがひとつの自分専用の人工人格、いわばパーソナルAIを持つようになっています。

 パーソナルAIは、子供の頃から一緒に成長します。
 ロボットは機械ですから壊れますが、AIが同一だと身体だけ交換すればすぐ元通りになります。

 ある分野で天才的な才能を持つ人物のパーソナルAIは非常に高値で売れます。
 人は自分の人格のコピーを許可することで利益が得られるようになります。

 生活は基本的にベーシックインカムで充分まかなえるようになります。
 日本では事実上、GDPの70%がロボットによって生み出されるようになるでしょう。基本的にロボットは国有財としてメンテナンスを含めて保護され、全てのロボットが国の管理下にあります。

 国有ロボットが生み出した財産を財務省に納め、財務省は参議院を廃止して代わりに導入した高度一般人工知能(AAGI)のみによって編成される知能院の決定に従って予算を国民に分配します。

 人間の代表である衆議院はそのまま残ります。人間の官僚と人間の政治家が法律を立案し、知能院に諮ると、提出した法案の矛盾点や問題点、どのように解決すべきかという訂正案を受け取り、その修正が再び衆議院で承認されると知能院は48時間以内に法案を執行します。

 そのとき人間は何をしているか、という話なのですが、おそらく、役に立つことはなにもしないはずです。
 テレビ番組や映画も90%くらいはロボットによって作られるようになるでしょう。実際は今も似たようなものなのですが、人間のやる仕事が大変すぎて目立たないだけです。

 人間にだけ残されたと信じられていた創造性もAIにとって変わられ、その時人間たちはどうするでしょうか。

 たとえば今からほんの100年前には、全自動洗濯機もお掃除ロボットも、食器洗い機もありませんでした。もちろん炊飯器も。
 

 釜戸で火をおこしたり、ご飯を炊いたりすることはとても大変なことでした。
 それが今は既に部分的な自動化がかなり進んでいます。

 いまの専業主婦はむかしの専業主婦とは比べ物にならないくらい、ラクなはずです。
 それでも「主婦は主婦で大変なのよ」といいます。たしかに大変だと思います。暇をつぶすのが。

 筆者も主婦ではないですが、今の会社を作るちょっと前、一年くらい仕事がなくなったことがあります。
 仕事がなくても食えていけるという自信があったので、実家に戻ってゴロゴロしていたのですが、暇をつぶすのがこんなに大変とは思わず驚きました。

 幸いというか、筆者の住んでいた地方は豪雪地帯で、おまけに筆者の家は山の中にある薪ストーブの家だったので、毎日薪を割ったり、火をおこしたりという仕事があったのですが、そんな仕事でもなければ退屈すぎて死んでしまう、と思ったものです。

 退屈しのぎに本を書いたりしていたら、むかしの知人から声をかけられて再び会社を作ることになったのですが、生活の心配さえなければヒマというのも案外悪いものではありません。

 最近、引退した筆者の父と会う度に思うのですが、ヒマほどありがたいことはないのです。
 彼の趣味といえば、少し前までリハビリでした。

 最近は鉄道模型を始めたようです。
 言うなれば、彼のような生き方が、私達の時代は1000年も続くようになるのです。

 全ての仕事をロボットがこなすようになると、我々人間はやることがなくなります。
 やることが全部なくなったときに、そのとき何をするか。

 それがこれからの人類、シンギュラリティ後の人類に突きつけられるであろう課題です。

 筆者なら、おそらく、遊ぶでしょう。
 遊び呆けるはずです。

 毎日酒を飲んで過ごすかもしれません。
 どこかの人工知能が作ってくれたゲームや映画を見て過ごすかもしれません。

 気が向いた時に気が向いただけ仕事をして、気が乗らなくなったら家でゴロゴロするだけで一日が終わる。

 なんか、そんなもんかなあという気もします。
 先日、新宿の思い出横丁にあるやきとん屋さん、ささもとに行きました。
 筆者の著作には度々登場するやきとん屋さんです。

 ささもとのご主人が、僕の顔を見つけて「ああ、清水さん、僕も最近ディープラーニング始めたんですよ」と行ってきて仰天しました。

 もともと好奇心旺盛で3Dプログラミングを趣味として何十年もやってきたささもとさんのことですから、ディープラーニングをやるときっとハマるだろうとは思っていましたが、今まさに勉強中だとのことで、人の趣味というのはいくつになっても有効なんだなと改めて思いました。

 たぶんそういう時代が来ると、人は趣味として仕事をするようになるでしょう。
 お金を目的とするのではなく、ただ楽しいから、暇つぶしに仕事をするようになるのではないかと思います。

 それはそれで楽しいからいいんじゃないでしょうか。
 ロボットが職を奪う。
 けっこうなことだと思います。

 僕の代わりに働いてくれてどうもありがとう。

 もしかすると、僕の書いた本をロボットたちが読んで、感想を送ってくれるかもしれません。
 それはそれでけっこう愉快なかんじになりそうじゃないですか。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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