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アルゴリズム以外にも必要なことには全て取り組む、デンソーのAI R&Dプロジェクト

2016.09.02

Updated by Asako Itagaki on September 2, 2016, 18:05 pm JST

8月25日、デンソーはカーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授の金出武雄氏と、画像認識および機械学習分野における技術顧問契約を締結した。また、同日、デンソーアイティラボラトリーにおいて、デンソーグループが推進する人工知能技術実用化のための研究開発「AI R&D プロジェクト」についてデモンストレーションを交えた説明会を開催した。

「いつもの安心、もしもの安全」を実現する技術

デンソーは人工知能を自動運転および高度運転支援に必要な技術として位置付けている。具体的な活用分野としては、車載器分野において認知(環境認識)、判断(行動計画)、またIoT分野において故障診断と工場運用が挙げられる。

そうした背景の中でスタートしたのがデンソーのAI R&Dプロジェクトである。人工知能、特にディープニューラルネットワーク(DNN)による機械学習の製品応用に向け、研究者を東京に集約しており、外部との積極的な連携により研究を加速する。また、イノベーションが起こる現場にアンテナを立てるという意味で、シリコンバレーにも拠点を置く。

ターゲットとする分野として同社常務役員の加藤良文氏は、高度運転支援(ADAS)および自動運転(AD)時の「環境認識性能向上」「認知・判断への応用」「ドライバの状態推定への応用」、工場IoT分野では「生産効率向上」を挙げた。

ADAS/AD分野におけるキーワードは「いつもの安心、もしもの安全」。周辺環境認識、HMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)、車両運動制御、そしてIVSなどの情報システムとの通信という4つの技術要素が実現するとした。

DNNのアルゴリズムと実装技術の両方を研究

この日紹介されたのはDNNを使用したリアルタイムでの歩行者認識や高速・省電力なDNN演算が可能になるDNN専用アクセラレータ―の試作品、異なるハードウェアでも同じコードで高速演算可能な組み込み向けDNNなど。

▼カメラ1台の画像から歩行者の身長・距離・向きを推定できる手法を開発。従来は1台のカメラでは人の存在のみを検知できるだけだったが、人の像の下端までの「距離」を推測するアルゴリズムをいれることで身長を推定できるようになった。

▼DNN専用アクセラレータは小型省電力で並列演算が可能。ジオラマの中にある自動車、歩行者などを画像認識する。

▼組み込み向けDNNのデモ。2014年のILSVRCのチャンピオンデータを元に調整したコードを、GPUを持たないスマホに移植し、動作している。

DNNで必要となる大量のリアルタイム演算を車載コンピューターで実現するための基礎研究として、メモリスタを用いた人工シナプス技術により神経回路網を構成するニューロコンピューティングの試作品も展示されたいた。

▼メモリスタを用いた人工シナプスを多層ネットワークの形に配置し、学習済みの重みづけを与えて電気信号を流すことで、神経回路網をシミュレートしたアナログ演算を行う。従来に比べ、消費電力は2桁程度小さくできると見込んでいる。

また、HMIのデモとして、ドライバーとの会話により自動駐車を行うドライビングシミュレーターも紹介されていた。

▼空いた駐車スペースを見つけ出し、「人がいない方に停車」など、あいまいな表現を解釈して自動駐車する。

アルゴリズム開発は車載AIの一部にすぎない

「車のためのAIとIBM WatosonやAlphaGoとの一番の違いは、リアルタイム演算を、コストと消費電力の観点から車載できるハードウェアに載せる必要があること。それを品質確認してようやく市場に出せる。ここまでのステップを全てデンソーでやらなくてはいけないと考えている」と加藤氏は語る。そのために必要であれば、半導体の設計やコンピューティングアーキテクチャの研究にも取り組む。

とはいえ、「安全」という観点から、保守的な姿勢をとるところもある。例えば、一度製品として実装したパラメーターについて、ユーザーの運転の癖や好みをオンラインで学習して調整するような機能については、導入する予定はないとのことだ。「エンターテインメント的な部分では考えないこともないが、自動運転や高度運転支援においては、学習途中の動作が予測できないため、セーフティクリティカルな部分についてはオフラインで学習したパラメータは変えない」(加藤氏)

この日行ったデモンストレーションについては、ニューロコンピューター以外については「それほど遠くない将来商用化の見込み」とする。また、ニューロコンピューターについては開発を始めたばかりだが、「Watosonの消費電力が200kWhに対して人間の脳は20W。シナプスを模したコンピューターで、大幅な低消費電力化ができるのではないか」と期待する。

「AIというとアルゴリズムにばかりフォーカスされがちだが、車載のためにはソフトウェアの作りこみや省電力化、コストの実現性、安全性の検証などの方がずっと大変。それらにも取り組んでいることを理解して欲しい」と加藤氏は語る。単なるAIの研究ではなく、「車にAIを実装する」ための研究開発を進めていることがよくわかる説明会であった。

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。