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過熱するAI研究者の奪い合い - 大企業の寡占に対する懸念も

2016.11.25

Updated by Hayashi Sakawa on November 25, 2016, 17:10 pm JST

先週グーグルが新設を発表したCloud Machine Learning Groupという部門の共同責任者に、以前トヨタ自動車に関する話で触れていたフェイフェイ・リーというスタンフォード大の研究者が就任することになったというニュースが流れていた。また今週初めには、やはりグーグルがカナダのモントリオールにある同社の拠点にAI研究部門(実験室)を設けるという話題も報じられていた。今回はこの2つのニュースを中心に、深刻度が増しているように見えるAI分野の人材不足の話などを紹介する。

金の卵を産むガチョウに手を伸ばす大企業

まずWSJでは、グーグルやフェイスブックをはじめとする大手IT企業の仕事と大学の仕事をかけ持ちするようになった著名な研究者として、次のような顔ぶれの名前を挙げている。

・ジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)トロント大学/グーグル
・ヤン・レカン(Yann LeCun)ニューヨーク大学(NYU)/フェイスブック
・アンドリュー・ング(Andrew Ng)スタンフォード大学/バイドゥ
・アレックス・スモラ(Alex Smola)カーネギー・メロン大学/アマゾン
・フェイフェイ・リー(Fei-Fei Li)スタンフォード大学/グーグル

掛け持ちという点では、このほかにカーネギー・メロン大に籍を置きつつアップルのAI研究責任者をすることになったラスラン・サラクディノフ(Ruslan Salakhutdinov)という研究者もこのなかに加えられるかもしれない。

そうして今回グーグルがモントリオール拠点での新部門設立とあわせて周辺のAI研究者コミュニティー(Montreal Institute for Learning Algorithms という正式名称)に337万ドルの研究資金を提供し、ヨシュア・ベンジオ(Yoshua Bengio、モントリオール大学)をはじめとする8名の研究者を支援することになったというニュースも発表されていた。

AIとくにマシンラーニングやコンピュータビジョンといった分野に対する注目度がいっきに高まったことで、新たな人材を育成する立場の研究者が企業の仕事に時間を取られ、学生の指導に十分手が回らなくなる懸念が高まっている。WSJ記事で主に問題にされているのはその点だが、いまのところこれといった解決策の手がかりは見つかっていないようだ。

VentureBeat記事によると、ベンジオはいまでも25人の学生と5人の博士研究員の面倒をみているそうだが、それに対してグーグルと大学の仕事を掛け持ちするヒントンは博士課程の学生を3人しか受け持っておらず、またフェイスブックのAI研究責任者を務めるレカンもNYUでの授業が以前の2クラスから現在では1クラスに減ったとWSJは記している。

なお、10月下旬に公開されていたVentureBeatの別の記事では、ジェフリー・ヒントン人脈(The Geoff Hinton Lab Mafia)として、レカン(ヒントンの研究室でポスドク研究)、サラクディノフ(トロント大で博士号取得)、そしてオープンAIの共同創業者/研究ディレクターであるイリヤ・サツカバー(Ilya Sutskever、ヒントンの教え子、元Google Brain)の名前が挙げられている。

ベンチャー企業には手の届かなくなるAI分野の人材

フェイフェイ・リーのグーグル加入発表直後に出ていたWiredの記事には、AI分野の人材がシリコンバレーのベンチャー企業にとっては高嶺の花になりつつあるという話が出ている。たとえば、サーゲイ・ブリンの同棲相手(domestic partner)であるニコール・シャナハン(Nicole Shanahan)という女性が経営するクリアアクセスIP(ClearAccessIP)というベンチャーでは、マシン・ラーニングを専門とするデータサイエンティストを採用しようと4人にオファーを出したがすべて断られ、しかたがないのでカナダ在住の人材と外注契約を結ぼうかどうかと思案中、といったことが記されている。また、すでに名前を挙げた大企業各社に加えて、GEやサムスン、ツィッターなどでも人材獲得目的の企業買収などを通じて積極的に人集めをしており、その結果人材のプールが小さくなっているなどとある。

さらに、選挙戦中に移民問題で議論を巻き起こしたドナルド・トランプが大統領に就任することが決まったことを受け、米国外に移住することを視野に入れ始めた人材も出てきていることや、実際に前述のベンジオが米国内のAI研究者に向けて「カナダにおいで」という趣旨のポストをFacebookで公開したとか、フランス人のレカンもベンジオに同調するようなポストをしていた、といったことも記されている。

この記事をまとめたライターは、こうした流れを踏まえながら、米国内の小さなプレーヤー(ベンチャー企業などのこと)にとってはAI分野の人材確保がさらに困難になる可能性があると指摘。この見通しが正しいとすると、ベンチャーキャピタリストになったマーク・アンドリーセンあたりもしばらくは有望な投資先探しに苦労することになるかもしれない。

【参照情報】
Tech’s Hunt for AI Talent is Leaving Universities Wanting
Google forms Montreal AI research group, gives $3.37 million grant to Yoshua Bengio, others
Giant Corporations Are Hoarding the World’s AI Talent

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坂和 敏

オンラインニュース編集者。慶應義塾大学文学部卒。大手流通企業で社会人生活をスタート、その後複数のネット系ベンチャーの創業などに関わった後、現在はオンラインニュース編集者。関心の対象は、日本の社会と産業、テクノロジーと経済・社会の変化、メディア(コンテンツ)ビジネス全般。