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イスラエル 杉原千畝通り

何故イスラエルでは多くのイノベーションが生まれるのか?

2017.04.05

Updated by Hitoshi Arai on April 5, 2017, 06:36 am JST

2006年以来、仕事を通して多くのイスラエル人と付き合ってきた。ある時はモバイル端末に組み込む機能開発の委託先として、ある時は新サービスのコアとなるプラットフォームのライセンスを持つビジネスパートナーとして、或いは友人として、様々な交流を重ねた。この10年以上にわたる経験の中で、私が常に感じていたことは、

・かれらはなぜこんなに頭が良いんだろう(交渉が上手いんだろう)?
・かれらはなぜこんなに技術力が高いんだろう?
・どうしてこんなに日本のことを良く思ってくれるんだろう?
という率直な疑問である。

私達の持つイスラエルのイメージ

日本でイスラエルのことが報道されるときは、「パレスチナを攻撃するならず者」としての文脈が大半である。中東で圧倒的な軍事力・経済力を持ち、且つ大国アメリカに支援されている「強者」イスラエルが、「弱者」であるパレスチナの人々を困らせている、というのが普通の日本人が持つ最大公約数的イメージではないだろうか。この“イメージ”は、情報の取捨選択ができる立場のメディアが素材として選び、売れる(読ませる)記事(例えば、子供が砲撃の巻き添えを食って死んだ、というような)となって我々の基に届く“ニュース”で作られてきた。

そのような“イメージ“が定着しているため、「イスラエルに出張する」というと、99%の人が「危なくないの?」という反応をし、何度も同じ説明をするハメになる。イスラエルの人々は日本のことを良く知っており、親日であるだけに、この”イメージ“が日本人の中に定着していることに大変残念な思いをする。

今回、私が10年間に見聞きした経験に基づきイスラエルの紹介をする連載の機会を得た。根が研究者なので、主観を語る場合でも、その基となる事実を大事にする、という姿勢には気をつけているつもりである。 聞き書きではなく、自分の目と耳を通して得た事実として紹介したいのは、不思議なくらいイノベーションを起し続けているイスラエルという国、であり、その具体例となる技術やスタートアップ企業である。何故なら、我々日本人が学ぶべきところがそこに沢山あると思うから、である。イスラエルという国やこれら企業を紹介するなかで、冒頭に挙げた3つの質問に対する答えも織り交ぜて行きたい。

リーマンショックに負けない産業大国

イスラエルは地中海に面した美しい観光地である。テルアビブでは、通りのあちこちにコンテンポラリーのオブジェが置かれ、バウハウスの影響を受けたユニークな建物が目を引く。特にヨーロッパからバケーションに訪れる観光客が多い。

しかし、この記事の狙いはイノベーション大国としてのイスラエルを紹介することなので、まず基本的なアウトルックとして、
・面積は2万2千平方キロで四国とほぼ同じ大きさ
・人口は870万人
という数字から発想したい。どちらも日本と比べると非常に小さい数字である。

中国と比較してみよう。爆買いや南シナ海のニュースを見るたび、多くの日本人が中国に対して漠然と感じる怖さは「数の力」ではないだろうか? 13億人という人数の作る市場経済と、仮に同じ比率だとしても日本の10倍以上居る優秀な人材の力、の威力、を経済面や政治面で我々はまざまざと見せつけられている。そのアナロジーで見れば、イスラエルの870万人という数は恐れるに足らない規模である。優秀な人材も我々の1/10以下であるはずだ。

ところが、あのリーマンショックの時ですらイスラエルは経済成長を着実に続けてきたし、1人当たりのGDPは日本より大きいのである。2015年の統計でイスラエルは$35,743、世界25位、日本は$32,478で26位、と負けている。一桁少ない人口で、四国くらいの大きさしかない国の人々が、我々より大きな「一人あたりの経済的付加価値」を生み出しているのである。この経済成長が魅力となって、2015年には世界中から$11.5B(約1.3兆円)の直接投資を集めている。彼等が起こすイノベーション、新しい技術、新しいビジネスの可能性、将来の成長、に対して世界中から投資が集まっているのである。その結果、ナスダック上場企業数は、アメリカ、中国についで多い。

では何故イスラエルで次々に有望なスタートアップが輩出されるのだろうか?この問いに対して、本稿では歴史的・社会的視点から紐解いてみたい。

歴史と地理的環境がはぐくんだアントレプレナーシップ文化

ユダヤ民族はローマ帝国をはじめとして様々な国に支配され、ある時は世界中に離散しながら、1948年の国連提案によりやっとこの地に「自分たちの国」を獲得した。従って、「国と民族を守ろう」という意識は、イスラエルの人々の中に非常に強い。そして、国と民族を守るためには経済成長により国力を維持することが不可欠である、という意識が根付いている。

こういう基本認識の中で、経済成長を実現するためにより良いビジネスをする、起業をする、ことはイスラエルの人々にとって当然のことであり、アントレプレナーシップが文化になっているのである。

地政学的にも、イスラエルは周囲が宗教的に対立する国に囲まれている「島国」と言える。食料やエネルギーを含めて自己解決せねばならないものは多い。砂漠の国であるが、飲料水の80%は海水から低コストで作っていると言われている。即ち、他者に頼ること無く、自分たちに必要なものは自分たちで工夫する、という文化が存在するのである。

また、長い苦難の歴史があるだけに、ユダヤ人コミュニティの中のつながりは非常に強い。良いことも悪いことも、自分たちに関わる情報は噂としてたちまち拡散する。例えば、新しい製品の開発のために特殊な部品を探している人がいるとする。その人が友人に相談したら、その噂はたちまち拡がり、どこからか「●●(人名など)に聞けば手に入るかもしれない」というような情報となって戻ってくるのである。この文化とコミュニティが、多くのイノベーション輩出の基盤となっていると考える。

軍がイノベーションを促進するエコシステム

国の制度面で特筆すべきは、国策として、軍を組み込んだエコシステムが構築されていることだ。国の政策により、アカデミーと産業、軍が非常によいコンビネーションを組んでR&Dを進める仕組みが出来ている。

例えば、南部のベエル・シェバという都市にはベングリオン大学がある。その隣に、軍がサイバーセキュリティの研究施設を作り、更に民間企業が入れるテクノパークを国が用意している。IBMやオラクル等の名だたるグローバル企業がそこにサイバーセキュリティのR&D拠点を置き、イスラエルのベンチャーも入っている。ベンチャーの起業家からみれば、カフェでランチを一緒に食べながらIBMの研究者や大学、軍の研究者と話ができる環境が整っているのである。

大企業にとってもこのエコシステムの中に存在することは意味がある。何故なら、民間企業としては限界のある課題も、大学や軍の研究開発として共同で推進できる可能性があるからである。このエコシステムこそが、正にイスラエルが第二のシリコンバレーと言われる所以である。

そして人材育成に大きな役割を果たしていると言われるのが徴兵制だ。18歳になると男は3年間、女は2年間兵役につく。最優秀な学生は早くから目を付けられており、サイバーセキュリティ、インテリジェンスの部隊に採用され、最先端の研究開発を命じられる。様々な制約の中で不可能と思われるような課題に挑戦すること、限られたリソースや時間内にチームとして工夫をし、成果を上げることが求められる。具体的に何をすべきか、は誰も教えてくれない。そんな「挑戦」の経験をすること自体が、将来の「起業家」にとって大変良い肥やしになっているとされる。即ち、軍及び兵役が起業家のインキュベーションの役割を担っているのだ。

更に、兵役終了後も45歳までは予備役という義務がある。軍からの要請により短期間兵役に戻り、企業はその間の給与も保障する。彼等はこの機会に最新のテクノロジーに接することができ、人的ネットワークの再構築ができる。即ち、軍はインキュベーションだけではなく、フォローアップ機能も有する。

このように、軍自体がインキュベーションの機能をもち、国が率先してエコシステムを構築し機能させることで、イスラエルの起業家を育て、イノベーションを生み出しているのである。

サイバー先進国イスラエル

イスラエルの経済産業省によれば、重点投資分野は、
New Media & Internet
Cyber Security
Water Technology
Health & Life Sciance Technology
Financial Technolgy
Automotive Industry
の6分野である。ネタニヤフ首相は2015年8月のForbsによるインタビューで、CyberSecurityの重要性と国としてとった振興施策を説明している。前述の通り、最優秀な人材がサイバーセキュリティの部隊にリクルートされるので、セキュリティに関するR&Dの基本レベルが高い。かれらが兵役を終え、大学で学んだ後に、兵役で得た技術やアイデアを持って事業を興すケースは多く、また国もそれを経済的に支援するプログラムを持っている。それをベースにして起こされる事業も優れたものが多くなるのは必然と言える。

更に、誤解を怖れずに言えば、軍事目的の研究開発テーマには当然サイバー攻撃技術も含まれる。攻撃と防衛は表裏一体の関係であり、最先端の攻撃技術と最先端の防衛技術は切り離せない。

このように考えると、なぜイスラエルがサイバー先進国なのか、が納得頂けるのではないだろうか。

本連載では、「イスラエルならでは」の優れたサイバーセキュリティ技術をもったベンチャーを紹介していく。その具体例を通して、いかに優れたイノベーションが継続的に輩出されているのかを見てゆきたい。その中で、我々が学ぶべき点が示せれば幸いである。

【参照情報】
駐日イスラエル大使館ホームページ イスラエルについて
世界経済のネタ帳
How The Small State of Israel Is Becoming A High-Tech Superpower
イスラエルのテクノロジー最前線
※こちらのカンファレンスでのMs. Ziva Eger (イスラエル経済省 海外投資産業協力局長) 氏による基調講演の内容を参考にしています

冒頭の写真紹介:「杉原千畝通り」
杉原千畝は第二次世界大戦中のリトアニアに駐在していた日本の外交官。ナチスの迫害を逃れて逃げてきたユダヤ人難民を救うために外務省の指示に反してビザを大量に発行し、6000人のユダヤ人の命を救った。その功績を記念して、テルアビブの北30Kmにあるネタニア市には、杉原千畝の名前を冠した通りがある。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu