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平昌オリンピック

平昌オリンピックで見えてきた「5G」が作り出す未来?

2018.02.24

Updated by MobileLab on February 24, 2018, 12:08 pm JST

世界初の5Gの実証実験サービスが韓国・平昌オリンピックで始まった。今回の平昌オリンピックでは、テレビでユニークな映像がいくつか流れていることに気付いているだろうか? 映画マトリックスのような回転映像のタイムスライスやオムニビュー、シンクビュー、VR360といった新手法の映像が 日本でもテレビ放送の一部に取り入れられ、新しいスポーツ観戦の手法が始まろうとしているのだ。

今回のオリンピックは、韓国政府が世界初の5G実証実験サービスを開始することから、別名「5Gオリンピック」とも呼ばれるテック大会となるといわれていた。昨年2月のMWC(モバイル・ワールド・コングレス)でも、韓国の通信会社KT(旧コリアテレコム)がバルセロナ会場の巨大なブースで展示しており、参加していた私はKTの各スタッフに対して、どのようなサービスが開始されるのかをしつこく質問したことを覚えている。

2月8日、私は韓国に飛び、会場となる平昌、江陵(カンヌン)の各会場、そしてその会場周辺やソウル市街で設置されている5Gパビリオンの様子を見てくることにした。

そもそも5Gとは?

では、5Gとはなんだろうか? 多くの人は4Gに続く新しい通信規格で、より高速な通信性能を持っているという認識しかないだろう。おさらいをしておくと、5Gとは第5世代移動通信であり、現在中心の4Gに続く新しい規格で、日本でも2020年の東京オリンピックで実用サービスを提供しようとしている。最大通信速度は20Gbps(ギガビット/秒)で、4Gよりも40〜50倍も速い。また、レイテンシー(遅延)は1/1000秒以下となり、ほぼ遅れはゼロというスペックだ。また、多数の端末との「同時接続」も可能である。

5G接続は、現在のLAN接続よりも高速となる。主流のLAN接続は100M〜1Gbpsだが、5Gであれば一気に10Gbps以上となる。1GB容量の映画1本ならば、10秒以内にダウンロードできるスペックだ。またレイテンシーの面でも、有線での遅れはケーブルそのものが抵抗になり発生していたが、それもなくなる。つまり、本メディアのサイト名ではないが、ワイヤーの性能をワイヤレスが超えるのだ。

韓国は、平昌オリンピックで実証実験サービスを行い、2019年より一般試験サービスを計画している。また、日本、米国、欧州、中国でも、通信規格の統一後の2020年を試験サービスの目処としてきたが、ここに来て少し前倒しが進みそうだ。

平昌オリンピックで見えてきた「5G」が作り出す未来?

なぜ5Gが注目されるのだろうか。5Gの持つこれらの性能は、現在のITの要素である、AI,クラウド、VR、GPS、IoT、クルマの自動運転などの土台となる技術だ。ここがそれぞれ拡張するだけでなく、これらの要素が複合的に統合され、機能拡張していく。5Gはその後押しとなる高速通信手段だ。

5Gを土台とする新しいIT革命、シンギュラリティとも呼ぶべき、社会変革の動きの発端はドイツからだった。ドイツは、2011年にインダストリー4.0(第4次産業革命)として、製造業のデジタル化・コンピュータ化を目指すコンセプトを発表した。ITを新しいビジネスためのプラットフォームとするドイツの国家的戦略的プロジェクトである。その後、世界各国でこの考えにならい、アメリカは「インダストリアルインターネット」、中国は「中国製造2015」、そして2017年3月には、日本で「コネクティッドインダストリー」が発表されている。

昨年5月に韓国大統領となった文在寅(ムン・ジェイン)は、「第4次産業革命委員会」を政府が後押しすることにした。IoTや自動運転に必要なインフラを国の主導で整備し、韓国が再びITの分野で世界をリードする構想を発表した。こうした新産業プラットフォームのその土台になる技術が5Gであり、世界でのポジション確保に重要だと注目されている。

オリンピックで世界初を目指す理由

なぜ韓国は、世界初の5Gデビューにこだわったのだろうか? サムスン電子は、iPhoneを超えるが世界一の生産台数を誇るスマホメーカーだ。またLGモバイルも高いシェアをもっている。さらに同国は、電化製品や自動車においても、世界一になったという自負がある。しかし、この世界初の5Gは韓国のプライドや威信をかけてのチャレンジというだけではなさそうだ。

今回の5Gは、「平昌5G」と呼ばれる独自規格でデビューしている。5Gの規格については、世界統一規格の策定中であり、韓国がいち早くデビューさせる理由はどこにあるのだろうか?

今回のオリンピックでスポンサーとなったKTは、2016年にサムスン電子、ノキア、エリクソン、インテル、クアルコムの6社パートナーを形成している。KTもサムスン電子も、グローバルに通用する基地局インフラ設備は持っていない。欧米プレイヤーにオリンピックを実証実験の場として提供し、強いパートナーシップの下に自分たちの強みの端末や設備機器の世界でキープレイヤーのポジションを確保しようという戦略、と考えるべきだろう。

新しい映像が体験ができる

冒頭にも書いたように、今回の試合中継では5Gを使った新しい映像手法が登場してきている。テレビ以外でも、一部ニュースサイトで見ることができる。

「タイムスライス」は、江陵のアイスアリーナで使われている。フィギュアとショートトラック競技が行われるリンクの壁面には、カメラ100台が一定の間隔で設置されている。決定的シーンを100台のカメラで撮影した後、複数の方向から分割して多角的に見ることができる。映画のマトリックスで見たような立体映像だ。

「オムニビュー」は、いろいろなポイントから、ストリーミングで競技中に視聴者が望む視点のリアルタイム映像と各種情報を見ることができるものだ。バイアスロンなどでは、GPSと組み合わせて、位置情報を得ながら見たい選手のライブのシーンを見ることができる。

▼サムスン電子の5Gタブレット。まだデモ機であり厚みがある
サムスン電子の5Gタブレット。まだデモ機であり厚みがある

「シンクビュー」では、POV(ポイント・オブ・ビュー)として、選手視点での映像を見せる。今回は、ボブスレーの正面にカメラを設置して、高速の迫力ある映像をライブで見せるという。

「360VR」は、スケートやカーリングなどで、360度のVR(仮想現実)映像を見れるようにするものだ。

5Gの実際の競技での利用は、平昌オリンピック15の競技種目のうち、ショートトラック、フィギアスケート、ハープパイプ、クロスカントリー、ボブスレーの5種目で利用されている。

▼会場内にあったロボットヘルパー。80台が用意されたという
会場内にあったロボットヘルパー。80台が用意されたという

▼4Gと5Gの違い

会場内外で展開される5G体験コーナー

こうした新しい技術体験は、オリンピック会場内のパビリオンや外部のICTプラザなどで、楽しめるようになっていた。そのため、スポーツイベントにも関わらず、テックイベントとしての側面が濃厚に感じられた。江陵のパピリオンでは、VRやARを使ったゲーム感覚の体験イベントが行われていた。また同会場には、KTをはじめ、サムスン電子、アリババなどIT企業や自動運転技術のPRとする現代(ヒュンダイ)や起亜(キア)などの自動車メーカーも名を連ねていた。

江陵駅前では、物産展の横にKTが中心になって用意したICTプラザがある。実際にAR、VRなどの5Gと関連する疑似体験コーナーが用意され、韓国ITベンチャー企業のIoTおよびサービスのデモが行われていた。

同じように、ソウルの光化門(クァンファムン)広場では、KTのパビリオン、近くのシティセンターには、KTの競合であるSKテレコムが、よりエンターテイメント色の強い5G・VR体験パビリオンを設置していた。また農業地帯の江原道(カンウォンド)のウィヤジ村には5Gビジレッジ、ソウル駅、仁川(インチョン)空港にもICT体験コーナー用意され、どこに行っても5Gというキーワードが自己主張をしていた。

▼韓国政府に評判がいいというARを使った産地直販。道の駅でガイドが取れたての野菜を動画で案内し、そのまま購入ができるというイメージだ。
韓国政府に評判がいいというARを使った産地直販。道の駅でガイドが取れたての野菜を動画で案内し、そのまま購入ができるというイメージだ。

5G=VRではないはず、伝わってこない5G映像のメリット

しかし、どのパビリオンに行っても、5Gのワクワクするようなメリットがいまひとつ伝わっていないように感じた。原因の一つは、今回のデモが実証実験サービスの段階であるということ。5Gといいながら、どのVRデモもほぼ録画映像で、ライブの映像体験は極めて少ない。

さらに、5Gライブ画像を楽しむ端末が圧倒的に少ない。今回、KTはサムスン電子と共同開発した5G専用タブレット1100台を用意し、パビリオンを中心にデモの公開をしていた。つまり、この5G端末の貸し出しサービスを利用しないと恩恵は受けられないのだ。このことは、現地の一般観客にはほとんど伝わっていないだろう。

▼私も大ジャンプ。興奮した、レジェンドだ。しかし、リアルタイム映像ではない。
私も大ジャンプ。興奮した、レジェンドだ。しかし、リアルタイム映像ではない。

5Gの技術はどこに必要なのだろうか

また、5Gを理解する上で、我々は映像制作側の撮影手法と、ユーザーとして利用する受信手法の二つの面での利用があることを分けて考えるなければいけない。プロフェショナルな映像制作では、いろいろな5Gの使い方があるし、工夫もされている。しかし、受信側としては、5Gの専用端末が手元になければ、そのメリットは感じられない。

将来、5G端末の大量の貸し出しや、VR付きのバブリックビューイングが設定されば、もっと新しい感動が得られるのかもしれない。とはいえこれは、私が期待しすぎていたから、ともいえる。

5Gのメリットは何か? キラーコンテンツは何か?

5Gというキーワードは各パビリオンに表れ、ゲーム感覚のVR体験は、子供たちを含めた認知においては、一部いいブランディングにはなっていただろう。ただし、多くの人はVRが5Gと勘違いしたかもしれない。

4Gの時は、たまたまスマートフォンがあった。5Gがいまひとつ盛り上がらないといわれるのは、「明確な未来を見せるキラーコンテンツがないからだ」ということが原因かもしれない。では、そのキラーコンテンツとは、5Gでは何だろうか?

日本に戻ってから数日間、このことを考え続けてきた。2年後の東京オリンピックでは、どうなっているのだろうか? まだ始まる前の5Gに苦言を呈するのはやめよう。ただし、次の四つの観点に分けて、5G利用を見せていく必要があると思う。

1.スポーツ観戦の手段としての新しい映像体験は何か?
 5G端末によるライブ映像および操作方法

2.スポーツ疑似体験としてのエンターテイメントの場の提供
 UHD品質での(ライブな)VR体験

3.イベントの進行、観客誘導などの利便性を高めるITとして活用
 翻訳アプリ、会場案内アプリ、案内ロボット、駐車場管理など

4.見せるショーとしてのエンターテイメント
 ドローン、プロジェクションマッピング、ホログラム

5Gを土台にしたITの戦いが今後、世界中で繰り広げられるようになる。まだ2年先、しかしわずか2年しかないという東京オリンピックでは、5Gを取り巻く環境はどう変わり、どんなスポーツ観戦のしかたが登場するのだろうか? 多くのアイデアと、ケーススタディの中から新しい手法やサービスが生まれてくるはずだ。一つ言えるのは、5Gをただの速い回線とだけ捉えててはいけない、ということだろう。

平昌オリンピックで見えてきた「5G」が作り出す未来?

感心した韓国のICT利用を写真で紹介

▼ソウル・シティセンターでのSKテレコムのパビリオン。豪快な5G体験を楽しめる。
ソウル・シティセンターでのSKテレコムのパビリオン。豪快な5G体験を楽しめる。

▼江陵駅のトイレの利用状況案内。一目で空きがわかる。
江陵駅のトイレの利用状況案内。一目で空きがわかる。

▼高速道路のEVステーション。現代はIONIQ(エコカー)を大PRしていた。駐車場の屋根はソーラーパネル。日本も見習いたいところだ。
高速道路のEVステーション。現代はIONIC(エコカー)を大PRしていた。駐車場の屋根はソーラーパネル。日本も見習いたいところだ。

▼インテルがソウルの光化門広場で走らせている5Gカー。
インテルがソウルの光化門広場で走らせている5Gカー。

(株式会社ドーモ 代表取締役 占部雅一)

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