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止まらない衰退。地域公共交通を守り育てるには「移動することの楽しさ」を提案すべき

2019.02.26

Updated by 特集:モビリティと人の未来 on February 26, 2019, 11:00 am JST

地方部の地域公共交通がこの半世紀近く衰退の一途をたどってきたのは、モータリゼーション進展によって「売り手市場」の維持が不可能になっていったにもかかわらず、サービスの見直しが進まなかったことが大きい。90年代までは運賃値上げを繰り返し、利用者減少とさらなる値上げとの負のスパイラルが止まらなくなった。そのため値上げを凍結する代わりに経費節減に走り、サービス切り下げを進めた。この結果、自家用車を自由に使える人が大半となったにもかかわらずその人たちに選んでもらえるサービスを提供できず、生徒・児童 や高齢者などを主なターゲットとした低サービスの公共交通網になってしまった。そして経費節減にあたり、運行に不可欠な運転者については労働条件切り下げで対応したが、サービスの企画・宣伝を行う内勤職員は人員削減になり、利用者増加の手段を検討・実施・広報する機能が失われてしまっている。そして、今や肝心の運転者確保にもこと欠くようになってしまった。このような事業形態では拡大再生産は望めず、中・長期の展望は描けない。

自動運転社会を迎えるまでにはまだ時間がかかり、一方で地域公共交通政策は日増しに重要視されてきている。日本では、21世紀に入ってから地域公共交通に関する制度の見直しが大きく進んできた。その流れは大きく以下の3つに整理される。

1 国・公共交通事業者から自治体へのガバナンス移行
2 住民・利用者、公共交通事業者、自治体の三位一体による運営スキームの一般化
3 適材適所を実現するためのモード多様化

1は2002年の乗合バス・タクシー事業の需給調整規制廃止や、2006年の地域公共交通会議・運営協議会制度新設、そして2007年施行の「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(活性化再生法)で自治体が地域公共交通網形成に主体的に取り組むことを努力義務とした(第四条)点などがあたる。2は地域公共交通会議等の取り組みに加え、法定計画(地域公共交通網形成計画、活性化再生法第五条)の策定・実施に関する協議を行うことが定められた協議会に地域公共交通に関わる利害関係者の参画を求めている点があたる。3には、地域公共交通会議等での協議によって乗合バスの運賃設定が自由になったり、タクシー車両(定員10名以下)による乗合運送やオンデマンド乗合交通の運行が可能となった点、および活性化再生法でDMV(Dual Mode Vehicle、鉄道と道路の両方を走れる車)や水陸両用車といった新モードの導入にあたっての優遇措置が設けられた点が挙げられる。

このような制度見直しによって、自治体の地域公共交通政策のツールや選択肢は大きく広がり、それを活かして様々な改善を進める自治体が現れている。一方で、何ら対応していない自治体も少なくない。地方分権推進の過程ではやむを得ないことであるが、自治体間格差が広がりつつある。また、自治体が手をつけやすい自治体運営バス(いわゆるコミュニティバス)や第3セクター鉄道を対象とした施策は多く行われているが、従来からある民間事業者運営の鉄軌道・乗合バス・タクシーの改善はかなり遅れている。

また、2014年に活性化再生法が改正された際、重要なキーワードとして「網」がクローズアップされ、法定計画の名称も「地域公共交通総合連携計画」から「地域公共交通網形成計画」に変更された。これは、各モード間の連携や、乗継を円滑化する取り組みが不十分であることを踏まえたものであるが、まだこの部分の推進は緩慢な状況である。このことと、近年の運転者不足や運行経費上昇とが相まって、タクシー・バス事業者でないライドシェアを導入したいという意見が出やすい素地をつくっている。

今後の自動運転・シェアリングエコノミー時代への変化を考えると、「売り手市場」時代を引きずった旧態依然の事業スキームは致命的である。マーケティングの発想が希薄で、その手法を適用するために必要となる利用・運行状況や顧客の意識も把握できず、せっかく協議会等で路線改善の検討をしようとしてもその基礎データが得られないというお寒い状況にある。これでは、中・長期を展望どころか、直近の地域ニーズにも応えることができず、公共交通事業者の存在はますます危うくなってしまうであろう。

地域の大切な財産である地域公共交通を地域自らで守り育てていくという自覚と行動が求められる。戦後長年続いた国と公共交通事業者による公共交通ガバナンスが地域のモラルハザードを生み、公共交通衰退の一因となった。現在は地域・自治体の主体性が重要とされているが、これがICT活用によって再び軽視されることがあってはならない。

地域公共交通は、地域でいつまでも暮らしていけるためのインフラであり、また他地域から お越しいただくための〝おもてなし〟でもある。様々なデータを活用しつつ、地域が主体的に 創意工夫し利用促進活動を行うことで、地域の活性化にもつながっていく。こういった形で、地域公共交通が次世代に向けて展開していくためにどのようなアプローチが必要なのだろうか。

まず、運送事業からMaaS(Mobility-as-a-Service)を担う事業への脱皮である。これは、単に 運ぶだけでなく、一連となる移動を提案し提供することを意味する。つまり、ユーザーにとっ て目的地までに利用する手段が分かり易く、乗継が円滑であることが必要である。そのためには物理的な改善はもとより、事業者間連携や、一括で一貫した情報提供があってこそ実現できる。現在は各手段についての情報提供さえ心もとないが、今後は主要検索エンジン等で活用されるための標準データでの提供が必須となる。また路線図・時刻表といった訴求ツールの洗練も欠かせない。公共交通機関だけでなく、カーシェアリングやレンタサイクルなども一括して扱われるべきである。

また、大半の移動はそれ自体を目的とするのでなく、移動先で用事を済ませるために行われるので、それとセットで提案・提供されることも必要となる。今後はICTの浸透で移動の必然性が低下することから、「移動すること自体の楽しさ」と「移動先の楽しさ」のかけ算としてのライフスタイル提案が求められている。

加藤博和(かとう・ひろかず)
名古屋大学大学院環境学研究科附属 持続的共発展教育研究センター教授
(『モビリティと人の未来』第11章「自動運転・シェアリングエコノミーと地域公共交通」P162−165より抜粋)


モビリティと人の未来

モビリティと人の未来──自動運転は人を幸せにするか

自動運転が私たちの生活に与える影響は、自動車そのものの登場をはるかに超える規模になる。いったい何が起こるのか、各界の専門家が領域を超えて予測する。

著者:「モビリティと人の未来」編集部(編集)
出版社:平凡社
刊行日:2019年2月12日
頁数:237頁
定価:本体価格2800円+税
ISBN-10:4582532268
ISBN-13:978-4582532265

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特集:モビリティと人の未来

自動運転によって変わるのは自動車業界だけではない。物流や公共交通、タクシーなどの運輸業はもちろん、観光業やライフスタイルが変わり、地方創生や都市計画にも影響する。高齢者が自由に移動できるようになり、福祉や医療も変わるだろう。ウェブサイト『自動運転の論点』は、変化する業界で新しいビジネスモデルを模索する、エグゼクティブや行政官のための専門誌として機能してきた。同編集部は2019年2月に『モビリティと人の未来──自動運転は人を幸せにするか』を刊行。そのうちの一部を本特集で紹介する。