反東京としての地方建築を歩く13 「群馬県の新しいアート・スペース」
2021.01.07
Updated by Tarou Igarashi on January 7, 2021, 12:43 pm JST
2021.01.07
Updated by Tarou Igarashi on January 7, 2021, 12:43 pm JST
群馬県では、磯崎新が設計した高崎市の群馬県立近代美術館(1974年)が大きなホワイトキューブを備えたアートの器として、いち早く登場した。これは立方体のフレームを反復しており、1970年代に彼が展開したフォルマリズム的なデザインの代表作である。
▼群馬県立近代美術館
また、第一工房による群馬県立館林美術館(2000年)は、オンサイト計画設計事務所が手がけたランドスケープと融合するタイプの美術館だ。大きな弧を描くアプローチから美術館に近づくと、かなり幅が広く大きな建築のように見えるが、実際は細長いプランを横から見ているためで、奥行き方向には伸びていない。
▼群馬県立館林美術館
内部のプランは、1階レベルにおいて搬出入・収蔵・展示をすべてコンパクトにまとめ、2階が学芸員のエリアをとする機能的な計画である。月が欠けたような平面の展示室1は、全面的に光が入る個性的な空間にフランソワ・ポンポンの動物彫刻群を置く。また別棟は、コレクションの目玉であるポンポンのフランスのアトリエを外観・内観ともに再現し(ワークショップ室も入る)、現代建築の真横に異世界が混入したかのようだ。
これらは都心部ではなく、郊外の緑豊かな環境に囲まれた美術館だが、2010年代に入ってから金沢21世紀美術館の大成功を受けて、空洞化する都心部に再び人の流れを作ることを狙った新しいタイプの美術館が、群馬県にもオープンした。太田市美術館・図書館(2017年)とアーツ前橋(2013年)である。
太田市美術館・図書館は太田駅の目の前の複合施設で、コンペで選ばれた平田晃久が住民参加のワークショップを経て設計した。これは美術館のほか、絵本、美術、建築などの視覚的に楽しめる本が充実した図書館と、おしゃれなカフェというプログラムが空間的に融合する。建築の形式としても、五つの大小の箱のまわりに斜路が巻き付き、複雑に空間が絡まり合う立体構成を持つ。また、椅子、照明、本棚などの什器から、駐車場などの外構まで、幾何学的なデザインを一貫させた力作だ。
▼平田晃久による太田市美術館・図書館
▼太田市美術館・図書館の1階
1階中央のインフォメーションから「創造の道」を進むと美術エリア、反対の「学びの道」を辿ると図書エリアに達するが、上階では両者が出会い、さらに外周では人工的な丘のような屋外のテラスを散策できる。普通の平面図では理解しにくいが、それほど大きな施設ではないので、実際にぐるぐる歩いて体感することで、やがて空間の構成が身体化される。また「未来への狼火」展や「ことばをながめる、ことばとあるく−−詩と歌のある風景」展(2018年)など、美術館と図書館が絡まり合う空間の特徴を生かした企画展も開催された。
アーツ前橋も、コンペで選ばれた水谷俊博+玲子の設計により、2006年に閉館した百貨店をコンバージョンした街中美術館である。9階建ての建物のうち、3階より上は駐車場のままとし、地下1階から2階を美術館に転用している。地下1階が展示室、1階は開かれた交流スペース、2階は事務室と収蔵庫である。
▼アーツ前橋
▼アーツ前橋のエスカレーターを外した吹き抜け
現在、地方都市では百貨店の撤退が問題になっており、石巻市では市役所が入るといった事例もあるが、ここではアートの場として再生させた。改築は元の建物の性格を生かし、足元の丸みを帯びた外観は白いアルミパンチングで包み、内側の天井にも巻き込んでいる。かくして、形のイメージを残しながら、開放的な雰囲気を与えた。
屋内は、エスカレータを除去することで、展示室に吹抜けを設け、地下への階段では、頭上を見上げると、コンクリートの梁がむき出しで横断している。また、地下のスロープや各展示室は、視線が行き交い、空間を互いに浸透させる小窓を設け、歩く楽しみと開放感を演出した。全体として多孔質な空間である。また1階のカフェ、ショップ、アーカイブなどのインテリアと家具のデザインは、建築ユニットのミリメーターが担当し、楽しい空間に仕上げた。
太田市美術館・図書館と同様、アーツ前橋は地域の文化資源を掘り起こす展覧会を開催するほか、近くの前橋文学館との共同企画も行う。そして、街外れの丘にあるような美の神殿ではなく、周りに多くの飲食店があり、買い物のついでにふらっと立ち寄ることができる場だ。アーツ前橋は、単独の館として活動せず、近隣の空き店舗をアート・スペースとして活用したり、新しい祭りを作るプログラムを同時に展開しており、街の再生の核となる施設を目指している。
実際、近くのアーケードにマエバシ・ワークスというアートスペースが生まれ、中村竜治、長坂常、高濱史子による小さな店舗群がオープンしたほか、石田敏明が学生向け居住施設を手がけるなど、周囲に波及効果をもたらした。また2018年、岡本太郎の太陽の鐘を前橋の広瀬川河畔に移設するプロジェクトも遂行され、藤本壮介がデザインを担当している。
▼中村竜治らの店舗群
▼移設された太陽の鐘
▼石田敏明によるシェアフラット馬場川
2020年12月、美術館の近くに驚くべきアート・ホテルが誕生した。この白井屋ホテルは、白井屋という老舗旅館のリノベーション・プロジェクトである。同旅館が1970年代にホテル業に切り替えたものの2008年に廃業となり、放置されていたビルをリノベーションしたのだ。前橋を活性化させる田中仁財団による運動の一環として実施され、設計は藤本壮介が手がけた。
▼白井屋ホテル
ヘリテージタワーには、既存のビルから床や壁を取り除いた4層の巨大な吹き抜けがある。見上げると、梁、階段、空中通路が交差している。さらに、アーティストのレアンドロ・エルリッヒによる水道管を模したライティング・パイプが絡み合う。かつて、古代ローマの廃墟に着想を得て、複雑に錯綜する空間の絵を描いたピラネージのコンクリート・バージョンのようだ。このエリアの客室はわずか17室。これだけ贅沢な吹抜けは、東京では不可能だろう。資金を回収すべく、もっと客室を増やし、吹抜けを小さくするからだ。
▼壁と床を抜いた白井屋ホテルの吹き抜け
なお客室には、ライアン・ガンダーや地元の写真家である木暮伸也の旧白井屋の記憶をテーマにした作品など、すべて異なるアートが入る。また、藤本、エルリッヒ、ミケーレ・デ・ルッキらの内装を施した特別仕様の部屋も用意されている。正面のファサードには、ローレンス・ウィナーの作品を掲げ、ポップな廃墟感を醸し出している。
▼土手をイメージした外観
ともすれば、日本のリノベーションはキレイに仕上げ過ぎる傾向があるが、白井屋ホテルは新築そっくりにはせず、古いビルの雰囲気を残している。一方、正面と反対側の馬場川通り沿いには、土手をイメージしたグリーンタワーを新設した。これは、緑に覆われた丘状のびっくりするような建築であり、斜面を登るとサウナや宮島達男の作品が入る部屋に辿り着く。リノベーションやアートをテーマにしたホテルは、既に日本に存在するが、ここまで思い切り、大胆に空間を創造した事例はないだろう。
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登録はこちら建築批評家。東北大大学院教授。著作に『現代日本建築家列伝』、『モダニズム崩壊後の建築』、『日本建築入門』、『現代建築に関する16章』、『被災地を歩きながら考えたこと』など。ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008日本館のコミッショナー、あいちトリエンナーレ2013芸術時監督のほか、「インポッシブル・アーキテクチャー」展、「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」、「戦後日本住宅伝説」展、「3.11以後の建築」展などの監修をつとめる。