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注目を集める「エイジテック」の本質とは? The AgeTech Revolution(ケレン・エトキン著)を読んで

2022.11.25

Updated by Hitoshi Arai on November 25, 2022, 19:52 pm JST

ここ数年「〇〇Tech(テック)」という新しい言葉が次々に現れている。

アドテック(AdTech)
アグリテック(AgriTech)
エドテック(EdTech)
フィンテック(FinTech)
フードテック(FoodTech)
フェムテック(FemTech)
ヘルステック(HealthTech)
メドテック(MedTech)

などは既に定着しているが、リーガルテック(LegalTech)、インシュアテック(InsureTech)、不動産テックなども既に新顔とはいえないだろう。

ここに、新たに(と私が思っているだけかもしれないが)「エイジテック」(AgeTech)が加わった。高齢化する人と社会の様々な課題をテクノロジーで解決しようとすること、であろうことは容易に想像がつく。しかし、このエイジテックについての本の著者であるケレン・エトキン(Keren Etkin)本人の話を聞く機会があり、話を聞いてからこの本を読んでみると、エイジテック(AgeTech)の概念は他の〇〇Techとは少し異なることが分かった。

ケレン・エトキンについて

彼女は、イスラエルのベングリオン大学で生命科学の学士号、老年学(gerontology)の修士号を取得し、卒業後はホロコースト生存者を支援する非営利団体で働いた。その後、Sensi.aiというスタートアップ企業を共同創業し、遠隔介護モニタリングのためのAIソリューションを開発した。また、高齢者のために設計されたソーシャルロボット「EliQ」を開発するIntuition Roboticsに最初の社員として参画するなど、起業家でもある。

私が彼女の講演を聞いたのは、グローバル企業向けに市場調査やコンサルティングを提供する企業が主催したエイジテックに関するイベントである。他の〇〇Tech(テック)的な文脈で考えれば、エイジテックとは高齢化によって不自由になった体の機能を技術で支援する、例えば補聴器や移動補助ツールのようなもの、あるいは介護施設で入居者の転倒を検知するセンサーシステムのようなソリューションを想像するが、彼女の講演から見えてきたことは、健康で活動的な高齢者のより良い生活を支援するテクノロジーというような意味で使っているようだ。つまり、何かができないというようなネガティブな要素を改善するためのテクノロジーではなく、高齢でも働き、新しいことを学ぶというようなポジティブな要素も含む様々な「チャレンジ」を支援するものなのだ。

早速、彼女の著書『The AgeTech Revolution(エイジテック革命)』を読んでみたので、その要点を紹介したい。

The AgeTech Revolutionのの構成と概要

はじめに本の全体像を示すために目次を列挙しておく。

Chapter 1:   What Is Aging? (高齢化とは何か?)
Chapter 2:   Why Does the World Need AgeTech? (なぜエイジテックが必要なのか?)
Chapter 3:   Why Now? (なぜ今?)
Chapter 4:   The Challenges of Aging (高齢化の課題)
Chapter 5:   A Closer Look at Mobility and Transportation (モビリティとトランスポーテーションに関する考察)
Chapter 6:   There’s No Place like Home (我が家が一番)
Chapter 7:   About Building Digital Products for Older Adults (高齢者向けディジタル製品を作ることについて)
Chapter 8:   About the Role of Governments and NGOs (政府とNGOの役割》
Chapter 9:   Future Opportunities (将来の展望)
Chapter 10:    A Possible Future (可能性のある未来)

2章ではAgeTechの市場規模が示されている。ある研究によれば、米国の60歳以上の消費者の消費力(spending power)は2020年に15兆ドル(2200兆円)になるという。つまり、高齢化対応を社会福祉のような視点で議論するのではなく、彼らのニーズ、ウオンツを正しく理解すれば、巨大なマーケットへのビジネスが成立するということを指摘している。

また、本書の至る所で言及されているが、特に3章で述べられているのは、コロナ禍の影響である。パンデミックにより人と直接会うことに制約が生じた結果、様々な規制が解除され、遠隔医療、オンライン授業など従来なかなか進まなかった手段が一気に現実になった。そこで認識された課題が、高齢者のディジタルスキルとブロードバンド環境整備の必要性である。

さらに4章では、年齢を重ねることとチャレンジ/課題について述べている。政府や研究機関が様々な課題を指摘しているが、著者が特に取り上げたのは次の5点である。

1)Health & Wellness(健康と福祉)
この課題はいうまでもなく高齢者、高齢化社会のトッププライオリティだ。関連テクノロジーとしては、転倒検知システムやオンラインフィットネスが事例として取り上げられている。

2)Activities of Daily Living(日常生活の活動)
これは、日々の生活を他者の助けがなくても暮らせるようにすることである。現実に、介護人材不足は大きな課題となっている。既に普及しているロボット掃除機を始めとして、様々なロボットが日常生活の助けになることが示されている。

3)Financial Wellness and Employment(経済的な豊かさと雇用)
リタイアするまでに老後に必要となる十分な蓄えを築けるか、という課題である。お金が足りなければ働き続ける必要があるが、高齢者の雇用機会は少ない。カナダの82歳の女性がフルタイムで働く事例が紹介されている。テクノロジーとしては、アート、ビジネス、教育、ウエルネスの4分野でリタイアした人が蓄積した経験やスキルを提供するプラットフォーム「sAge」が紹介されている。

4)Cognitive Health(認知機能の健康)
60歳以上の人口の42%がMCI(mild cognitive impairment:軽度の認知障害)であるという。テクノロジーソリューションとしては、トレーニングプログラムやスマートスピーカーによるリマインダーなどが紹介されている。

5)Social Isolation and Loneliness(社会的孤立と孤独)
このテーマについても多くの研究があり、人とのつながりがあることは高齢者にとって大変重要ということは広く認識されている。しかし、パンデミックはそのつながる可能性を大きく阻害した。そのソリューションとして、ソーシャルロボットと呼ばれるElliQが紹介されている。孤独な高齢者にElliQは「薬は飲んだ?」「音楽をかけようか?」などと普段の会話のように声をかけてくれる。

既に高齢者である私自身にとっても、上述の課題はどれも切実だが、最も注目したのは最後の社会性についての課題である。現在のテクノロジーは、視力や脚力の衰えといった身体の健康にかかわる課題だけではなく、社会とのつながりや孤独というような心の課題にも対応できることに改めて気付かされた。

また5章では、Activities of Daily Livingの中で特に「移動の自由」についての課題が述べられている。思い通りに動けることは、人々のQoL(Quality of Life)を担保する自立の基本であり、まさに自動運転のような技術がそのソリューションとなるだろう。

ここでも面白い事例が紹介されている。例えば、UberやLiftのサービスを使えばある程度の移動の自由は確保される。しかし、これらのサービスは全てスマホベースで若者向けに作られている。米国には「GoGo(https://gogograndparent.com/)」というサービスがあり、電話でUberと同じサービスを利用することができるという。決して新しい技術ではないが、既存ソリューションのUI/UXを考えるだけで新たなユーザー層にリーチできるAgeTechの事例といえるだろう。

そして元技術者としては、7章が大変興味深かった。著者のエトキン自身がIntuition Roboticsに参加して行ったことは18カ月間のユーザー調査であり、その中で気付いた重要なポイントを解説している。

例えば、高齢者向けの製品には複数のステークホルダーが存在する、という点だ。製品を利用するのが高齢者自身とすれば、高齢者にとっての使いやすさは無論のこと、そこから得られる情報やシグナルは家族や医師、介護者が活用するかもしれない。とすれば、これらの人々のニーズも満足させる必要がある。そして、コストを負担するのが誰か、という視点も必要だ。

今、考えるべきこと

エトキンがこの本を書くきっかけとなった一つの要因はパンデミックである。イスラエルでは、家族・親戚が近いエリアに住むことが多い。そして安息日である金曜日の夜は、集まって食事を共にすることが習慣である。それだけに、人に会うことができないパンデミックのインパクトは日本人である我々の想像以上に大きかったようだ。

インターネットでつながる意義は我々以上に大きく、ゲームやビジネスの文脈で語られることの多いメタバースも、200キロ離れて暮らす母と食事を共にできるツールとなるだろう、とエトキンは述べている。

9章では、75歳の女性教育者の例が紹介されている。最初は世界各国でディアスポラの歴史を教えていたが、それをオンライン化することで同時に様々な国の生徒を持つことが可能になり、62歳からはイスラエルの詩を米国のユダヤ人コミュニティに講義することにした、というのである。

「この女性、Rachel Korazim、は3回Reinvent(再発明・再編成)した」とエトキンは指摘している。若い時に転職して新しい仕事を始める、リタイア後にボランティアを始める、そして年を重ねること自体が自分の人生・生活をReinventすること、と考えるとそのReinventを支えるのがAgeTechであることが理解できるだろう。

とてもポジティブな視点ではないだろうか。人生のReinventにテクノロジーが応用できる範囲は多様で幅広い。既に人口の30%が65歳以上の高齢者になっている日本は、AgeTechの有望なマーケットなのである。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu

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