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知ることは、領ることである

2023.02.27

Updated by WirelessWire News編集部 on February 27, 2023, 06:57 am JST

「パンドラの匣」を開けてしまった人間たち

パンドラの匣(はこ)は、開けてはいけないもの、の代表格だ。詩人ヘシオドスの伝える神話では、パンドラはプロメテウスの弟エピメテウスに贈り物として与えられた女性。その時の持参品がピトス pithos と呼ばれるもので、本来ならば甕(かめ)だけれど、匣になったのは、人文学者エラスムスがラテン語に訳した時にピュクシス pyxis(箱)とした為らしい。ここは太宰治も小説の表題に使っているし「パンドラの匣」としておこう。

さてエピメテウスは彼女をいたく気に入り、「ゼウスから贈り物を受け取ってはならない」という兄の忠告を忘れ、パンドラを受け入れ、あろうことか結婚してしまう。実はパンドラが持参したこの匣の中には、ゼウスの悪巧みによる仕掛があって、ありとあらゆる災厄が詰め込まれている。開けてはならない。中身を知ってはならないのに、パンドラは開けてしまう(エピメテウスが開けたという伝承もある)。さあ大変だ。地震、雷雨、竜巻、疫病が飛び出てくる。慌てて蓋をしたら、底の方にエルピス elpis が残っていた、と伝えられている。エルピスは希望と訳される。これが人類に残されたからこそ、災厄に打ちのめされず、立ち直ることができたと解釈されることもある。

そもそも、ゼウスは何故こんなややこしい仕打ちをしたのか。天界から火を盗んだり、言葉を教えたり、色々と人間に便宜を図ってやり、ゼウスを裏切ったからか。だとしても後でプロメテウスをコーカサスの岩壁に磔にできるのだから、最初から災厄をふりまけばいいじゃないか。何か隠された意味があるに相違ない。考えてみると、パンドラは「あらゆる贈り物」を意味する。ゼウスの命でヘパイストスが泥から拵えたもので、いわば人造人間。美貌と女性の能力を神々から賦与された際に「決して開けてはいけない」と言い含められたのが問題の甕なのだ。パンドラが好奇心さえもたなければ、開けてみることはなかった。なまじ知識欲をもつと、手ひどい目に遭うというメッセージとも考えられる。

さらにプロメテウスは「先見の明」を、エピメテウスは「後知恵」(この神話では後の祭りという印象はあるけれど)を意味する。プロメテウスの不在時を狙ったゼウスの奸計は、あと先を考えず行動するエピメテウスの弱みを知ってのことであった。

この寓話は、知ることの禁忌、知ることが思いもよらぬ結果を招く恐怖を伝えてもいる。

知ってはならない、見てはならない、という警告が登場する物語は他にもある。冥界から妻エウリュディケを連れ戻そうとするオルフェウスは、冥府の王ハデスから後ろを振り返って妻を見てはならないと言われ、イザナギも黄泉の国からイザナミを連れ戻そうとした際に、神と談判するイザナミを見てはならないと告げられる。どちらも見てしまうのだが、ソドムとゴモラの滅亡のときに、街から逃げるロトの妻は、「振り返ってはならない」という神の訓告を忘れて見てしまい、塩の柱に姿を変えてしまう。これが一番の悲劇か。そうそう。私が機を織っているところを見ないで下さい、という鶴の恩返しもあった。これは少々趣旨が違うけれど、知ることの禁忌はさまざまな形で伝えられている。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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