2023年、筆者が設立に関わった会社がまた一つ誕生した。
ちなみに筆者はこの会社の代表でも社長でもない。
筆者が2003年に独立してから20年間で合計10社の会社を作ってきたことになる。その全てで社長をしたわけではない。
それぞれの会社は関わり方や形は変われど、事業はいまもすべて継続されている。
会社というのは一種の生き物である。一般的には半数の会社は3年以内に倒産し、10年以上継続してビジネスが行われる会社は5%以下という。
一人の人間が設立に関わった会社が10社とも5%の確率で生き残るのは単純な確率計算で10の-14乗分の1だ。
もちろん、関わった会社の全てが社歴10年以上経過しているわけではないが、今のところそこまで心配するようなことにはなっていない。
会社を大成功させることはできなかったが、潰れにくい会社を作ることは出来てきたということだろう。
先日、そのように関わった会社のうちのひとつ、ゲンロンカフェが10周年を迎えた。
と言っても、筆者は創業時に社長の背中を押し、金銭面と企画面で支援しただけで10年という長い歳月を乗り越えたのはひとえに社長の情熱とそれを実現する力量である。
20年間ものあいだ紆余曲折を経ていろいろな会社の経営トップを続けてきたが、いい加減疲れた。
また、この連載でもしばしば指摘しているように、そもそも会社を含めた組織の意思決定というのは、人間がやるよりはAIがやったほうがいい。
その意味で、自分自身がやりたいこと、やるべきことを振り返ると、ここいらで経営から解放されていち開発者として、いちクリエイター、いち企画者、いちプロデューサーとして出直したいという思いがあり、10社目の設立に関わることにした。
10社目の会社は、社長を別の人にお願いした。
筆者と何人かの友人がその会社に「所属」するが、雇用関係は結ばない。いわばUberEats配達員と同じギグワーカーだ。
新会社は、筆者や、筆者と同等以上の能力が認められた特殊技能を持つギグワーカー、いや、いわばギグスペシャリストたちを管理するマネジメント業務を行う。
要はエンジニア・クリエイターのための"タレント(才能)"事務所である。
それぞれのギグスペシャリストたちは普段は自分のライスワーク(食うための仕事を行う。
筆者ならUberEats配達員や技研バーのバーテンダー、そしてライターといった仕事で、他のギグスペシャリストにもそれぞれ本業がある。
我々ギグスペシャリストは、プロジェクト単位で招集され、働き、プロジェクト終了時に解散する。
本社に社員は最小限しか雇わず、事務機能、支援機能に特化する。
所属するギグスペシャリストはフリーランスと同じ立場だが、面倒な会計処理から解放され、自分の特殊技能(スペシャリティ)を解放することだけに100%専念できる。
従来のソフトウェア会社には、数々のサンクコストがあった。
どのベンチャーキャピタルも、ソフトウェア会社に出資するときはエンジニアの比率や頭数を気にする。
エンジニアが多ければ多いほど、その会社には「ソフトウェア開発余力」があるという錯覚があるためである。
ベンチャーキャピタルにしろ銀行にしろ、ソフトウェア開発の実際がわからないので、そういう数値的指標を基準に判断するしかないのだ。
しかし、実際にはソフトウェア会社の質の差は明らかで、S級プログラマーが一人いるか、いないか、S級プランナーが一人いるか、いないか、それだけである。それ未満のエンジニアが10万人いようと全く無意味なのだ。
ソフトウェアの世界では特に顕著なのだが、S級プログラマーはA級プログラマーに比べて生産性が1000倍以上高い。
しかも、よく知られているように、たとえA級プログラマーを1000人擁していても、S級エンジニアと同等の結果は出せない。
筆者が若手エンジニアだったときには、業界内には10+1=5とか、10+10=3とかいう言葉があり、つまりこれは、「10人のチームに1人追加すると、全体の生産性は半分に落ちる」「10人のチームに10人追加すると、生産性は3割まで悪化する」という意味である。
実際、大人数の開発プロジェクトに居たこともあるが、大人数のプロジェクトだと、「10人のプログラマーに仕事をどこまで割り振るか」という問題が全体の生産性を下げる。
プログラムの重要な部分はせいぜい、一人か二人でやればいいのであり、それ以外の8人の仕事を作るためにわざわざ一人で書けるものを二人に分割するなどということが起きる。
すると、なんと一人で作るプログラムよりもずっと効率の悪いプログラムができるのである。
コンピュータの性質を考えれば当たり前で、一人の人間が把握できないほど複雑なものを動かすには、それだけ複雑な計算になってしまうのである。
そして、一人の人間が把握できないほど複雑なシステムを、適切に分割せずに二人で作ろうとすれば二人とも理解できないまま破綻する。
プログラムを書かない人にもわかりやすく言えば、「1+2+3+4+5+6+7+8+9+10」は、「1+2+3+4+5」という前半と、「6+7+8+9+10」という後半を計算する役に作業分担できる。仕事を無理に分割したいのならば、「1+2」「3+4」「5+6」「6+8」「9+10」という部分に分けて分担することができる。
しかし、1からnまでの数を足した結果をもとめるには、(n*(n+1))/2であるという公式があるので、分担せずに一人の人間が計算すれば答えは55であるとすぐにわかる。
この式はどの部分だけ切り取っても並行して作業できないので分担そのものが無駄ということになる。
だから昔はプログラミングの難易度が高いと言われていたゲーム開発などは基本的に一人のリードプログラマーと、「それ以外」のアシスタント的なプログラマーに別れて作業分担していた。
この両方ができる人を「S級プログラマー」とここでは呼んでいる。
昔は「フルスタックエンジニア」なんて呼び方もあったが、フルスタックであることは必要条件であって十分条件ではない。
重要なのは行間を読んでプログラムを書き上げる能力である。
かなり難しいプロジェクトでも、S級プログラマーが二人いたら十分で、それ以上に人数が必要なのは、主にお金の払い方と貰い方の問題である。非常にざっくり言えば、「人月単価」で人材をやりとりしていることに原因がある。
S級プログラマーは生産性が高すぎる反面、ほとんど世の中に存在しない。上場企業の数ほどもいないだろう。
だからA級プログラマーをたくさん集めて「この開発には○人月かかります」と言った方がお金を払う方ももらう方もハッピーである。
たとえば、筆者は個人プロジェクトでMemeplexというWebサービスをやっている。簡単なプロンプトを入力するだけで画像が生成されるというサービスだ。
このサービスの「開発」は全て一人で行っている。
一人でやらなければ、このスピードでの開発は無理だ。ほぼ毎週新機能を追加し、半年前には静止画を一枚出すのがやっとだったのに、今は動画生成にも対応し、著作権や肖像権をクリアしたAIポーズ集も統合している。
S級プログラマーの友人にどこか作業を投げようか考えたこともあるが、結局開発スピードが遅くなってしまう。
画像生成AIの分野は生馬の目を抜くようなスピードで進行しているので、どれだけ優秀な人でもここを他人に任せることは難しい。
ただし、補助的な機能を作ったり、ユーザーサポート的な対応をするサブのエンジニアは居たらいいなと思うことはある。
でもそれもせいぜい二人までだ。それ以上はサービスの効率性を下げてしまう。
新会社は、そうした時に「開発」以外の全てのサポートを行なってくれる。
規模の大を追うのではなく、いかにサンクコストを減らし、身軽さを保つかに集中する。
AIにやれることは全てAIにやってもらい、それでもなお人間でしかできない業務を担う。
新会社の名前はゼルペムという。
Memeplexを逆から読んだ言葉にアルファベットを割り当てた。
社員は今のところ社長一人だけ。所属スペシャリストは筆者自身とnpakaの二名からスタートする。
すでにいくつかプロジェクトが動いているが、お仕事は絶賛募集中。
開発案件、講演案件、その他よろずAI相談案件などは全てZelpmを通じて行う予定だ。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。