photo by 佐藤秀明
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賽の河原のエビデンス
皆さまは、EBMすなわち「根拠(エビデンス)に基づく医療」(英語ではEvidence-Based Medicine)という言葉を聞いたことがあるだろう。治療法A(例えば手術)と治療法B(例えば放射線療法)のどちらを選択するべきか、薬剤Cと薬剤Dのどちらを選択するべきか──こういった意思決定において、臨床研究をきちんと行って科学的に判断するべきだというものである。大御所がこういったとか、勘とか、そういったものに頼ってはダメだということだ。
こう書くと、そんなのあたりまえじゃないかと言われそうだが、治療法や薬剤の臨床研究をきちんとするのはとても大変で、投資と労力と知力が必要である。機械とは異なり人間というのは多様なのだから、比較しているものが本当に同じと言えるのか、そもそも診断は正しいのか、社会的文脈によっても影響を受けることも考慮しなければならないし、臨床研究はそう簡単ではない。
現代ではEBMはもはや常識となった。われわれ医師は、せっせと世界の主要な医学系雑誌に掲載された論文データベース(PUBMEDなど)を検索し続けなければならない。新しいエビデンスは永遠に出続けるからだ。私たち医師は、シシフォスの岩、あるいは賽の河原のようなところでもがいている。
医療者は物語りを引き出すことまでもが仕事になった
ところが、話は終わりではない。次にNBMすなわち「物語りと対話に基づく医療」(英語ではNarrative Based Medicine)がやってきた。患者が語る「物語」から、患者個人の背景を理解し、患者の抱える問題を全人的にアプローチしなければならない。EBMを強調するのは今ではちょっと古い。EBMも踏まえてNBMも必要なのだ。
単純化すると、以前は「現代医学で最適の治療法はXです」と伝えればよかったのが、いまでは「現代医学ではX、Y、Zの治療法があり、それぞれのメリットとデメリットはこうです」と伝え、「あなたのことを教えてください」といった感じで患者さんの価値観や考え方を知り、その上で対話をして、納得できる意思決定を共に作っていかねばならない。これをSDMすなわち共同意思決定(英語ではShared Decision Making)という。
最近はACPすなわちアドバンス・ケア・プランニング(英語ではAdvance Care Planning)が社会全体の課題になっている。これは死が迫る前に、将来の医療及びケアについて、本人を中心として関係者や医療者が繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援することである。人生会議などともいわれる。自分のことを周りに任せておちおち死んでいられない時代になったのだ。
※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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