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イギリスが半導体製造に投資をする理由

Why UK invest to AI chips

2023.09.04

Updated by Mayumi Tanimoto on September 4, 2023, 07:00 am JST

イギリスがAIの発展のためにAIチップの製造に大規模な投資を行う、というニュースが話題になっています。イギリスがAIチップへの重点的な投資を行うのは、世界的なAIの舞台で重要なプレイヤーとしての地位を得る試みの反映ですが、他国に比べて投資額があまりにも少ないのが懸念点になっています。

日本では、この件に関して注目度が全体的に若干低いような気がしますが、AIの今後や世界経済の動きを見ておく上で 非常に注目すべきニュースの一つです。

イギリスの半導体市場でのシェアは世界の売上の0.5%あまりで、アメリカや他の国に比べてあまりにも規模が小さいと指摘されてきました。イギリスは、規制が緩和されていて大規模な投資を行うアメリカと、規制が厳しく経済規模が小さいEU諸国のちょうど中間くらいの地位にあります。

ヘンリー・ジャクソン協会の共同創設者であり、エグゼクティブディレクターであるアラン・メンドーザ氏は、「他の国はイギリスの倍以上投資している」と指摘しています。

さて、このようにイギリスにおけるAIチップへの投資が話題になっている背景には、 経済的な競争だけではなくAIが安全保障の点で非常に重要な役割を果たす状況になってきているためでもあります。つまり、AIをどの程度発展させるのかで 防衛力が左右されてしまうということです。

この視点は、日本における安全保障の議論において 全く欠けている議論であり、近隣からの脅威が増しているのにも関わらず、自衛隊の予算不足や憲法論議ばかりが中心になってしまう日本が、他の国の実情と比べてかなりずれているということがお分かりになるのではないでしょうか。

イギリスは、アメリカと共同でAI チップを開発していく方向ですが、これはスナク首相のアメリカ公式訪問中に、イギリスとアメリカの戦略的同盟を強化することを目的とした「大西洋宣言」の署名と同時に発表されています。この合意では、将来の産業と国家安全保障を形成する上でAIの重要性を強調しました。

安全保障に限らず経済の発展においても、AIだけではなくITとデジタル戦略に対する政府の大胆な投資が大きな議論になっています。

イギリス政府は、「アイデア」「人材」「投資」に焦点を当てたデジタル戦略を発表していますが、特に成長著しい人工知能(AI)、半導体、量子コンピュータなどの技術に対するイノベーションの支援を目指しています。この計画には明確な数値目標も提示されており、2025年までに英国のハイテク部門の年間総付加価値(GVA)を415億ポンドつまり、7兆円近く産み出し67万人以上の雇用を作ると明言しています。

日本ではなかなか伝わっていませんが、イギリス政府はこのようにデジタル産業に大変な投資を行っており、国全体の政策としてこの業界の活性化と投資に命運をかけているという状態です。

実際にイギリスでは、デジタル業界の活動は盛んで起業も活発です。例えば2022年には、124億ポンドの企業資金が調達され、イギリスのスタートアップへの投資は、実はアメリカに次いで世界2位で、中国やインド、他の欧州諸国を大幅に上回っています。

起業の仕組みも日本よりはるかに開放的で、欧州の近隣国やアメリカから起業家が集まってきます。ですから、起業家が集まるイベントに行くと実に多国籍で、日本人だらけの東京とはかなり雰囲気が異なりますし、何よりスピード感が全く違います。

日本でメディアに登場するイメージだと非常に 保守的で 古臭い感じもあるイギリスですが、実は時代に合わせて経済政策をどんどん変化させており、AIに関しても欧州で最も動きの速い国であります。

そのようなイギリスから見ると、日本のAI政策は全く議論が行われていないような状態でもあり、特に安全保障の視点が全くないので15年くらい遅れているような印象を受けます。

今年の夏は日本にいたのですが、テレビや雑誌ではいまどきDXに関する広告や記事が目立ちまくり、タクシーの中のモニターにさえも表示されるような状況です。また、サラリーマンが見る時間帯の番組で会計ソフトの宣伝が流れるような状況に唖然です。

DXの議論など、北米や欧州では20年前に終わっている話題です。

ビジネス誌の内容も、欧州北部や アメリカに比べると20年前の感覚で日本は取り残されてしまっているという印象を受けました。

時代に取り残されないためには、他の国でAIを中心としてIT産業をどのようにとらえているか、また、どのような分野に投資を行っているかということを注視しておく必要があります。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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