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データの量だけで真理に近づけるわけではない。囲碁と認知症予防の現場から

2023.09.12

Updated by WirelessWire News編集部 on September 12, 2023, 11:20 am JST

医療研究におけるDXの死角

医学研究においてもDXの波が押し寄せている。例えば創薬においては、スーパーコンピュータによってヒトがやれば気の遠くなるような時間のかかるシミュレーションを短時間で行うことで、創薬に必要な時間を大幅に短縮することができる。薬物治療においては、様々な薬剤に対する治験の莫大な情報をまとめ、ネットワークメタアナリシスの手法で、どの薬剤が本当に優れているのかを一望できる。疫学研究においても、大変な労力で多くの人々に定期的に会場健診に来てもらっていたのが、手首にウェアラブル・デバイスを着けることで生体情報をリアルタイムで把握することができる。

しかし、DXが未だ及ばない領域がある。今回は、医学研究におけるDXの死角を見ていこう。

高齢者の知的余暇活動は、認知機能を維持し、認知症を予防する効果があると言われている。私の所属する東京都健康長寿医療センター研究所には、囲碁を用いた老年医学研究をしている飯塚あい医師がいる。実は私の共同研究者なのであるが、彼女の研究の流れは、現代の社会医学研究の最先端でもあり、よく状況が分かるものでもあるので、独自に行ったインタビューを紹介したい。

対局パターンは10の360乗通り。高齢者の脳を活性化させる囲碁

岡村 先生と囲碁の関わりを教えてください。

飯塚 私が囲碁を始めたのは中学1年と遅かったのですが、すっかり魅了されてしまい、プロへの階段を駆け上がっていきました。そして無事に日本棋院院生となったのですが、やはり壁の厚さを感じていました。いろいろと悩んで、最終的には高校2年生の時に将来の夢を医師に変更したのです。

岡村 囲碁と学問の両方の世界でトップレベルにいるなんてすごいですね。先生は老年学の研究者ですが、それは何かきっかけがあったのですか?

飯塚 私はおばあちゃん子だったので、高齢の人が幸せに穏やかに暮らしてほしいと思っています。囲碁と医学の両方の世界を生きてきて、自分が今やるべきことは、囲碁を使ってよりよい高齢社会を作ることだと思いました。

岡村 世界でも先生にしかできないことですね。なぜ囲碁が良いのでしょう?

飯塚 囲碁はとてもシンプルなゲームです。将棋やチェスのような様々な駒はなく、白と黒の碁石しかありません。それを平面の上に交互に打っていくだけなのです。でも、その戦略性はとても深いものです。囲碁は、人間がAIに最も長く勝ち続けたボードゲームだったことからも、それがうかがえると思います。

その理由はなんといっても、囲碁は盤が広いので戦術の可能性が非常にたくさんあることです。対局パターンの可能性は、オセロは10の60乗、チェスは10の120乗、将棋は10の220乗通りあると言われていますが、囲碁は10の360乗通りと言われているんです。小手先の戦術ではなく、「大局観」がないと勝てません。

これほど奥の深い囲碁ですが、小さな盤を使うこともできるので、身体が弱ったり認知機能が弱った方でも、その人なりに楽しむことができるのです。この点が、高齢社会にぴったりだと思いました。

岡村 なるほど。囲碁が高齢者に好ましい影響をもたらすエビデンスはあるのでしょうか。

飯塚 はい、私たちはランダム化比較試験で囲碁が視覚性記憶の改善に寄与することを報告しています。またPETを使った研究では、脳の血流が向上することを報告しています。

岡村 素晴らしいエビデンスです。医学研究者としては、囲碁研究は確立したと言えます。

飯塚 いいえ、まだそうとは言えません。囲碁が脳に良いことが分かったことは、プロ棋士を目指していた医学研究者である私にとって嬉しいことです。なので、多くの人に囲碁を楽しんでもらい、健康になってもらいたい。でも、健康にいいからと言って無理に囲碁をしたり、苦しむようなことがあってはならないと思います。囲碁を愛するからこそ、年をとっても人々は囲碁を楽しむことができる、人生を豊かにすることができるというエビデンスを出したいのです。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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