AIはもはや十分進歩してきた。これからのホワイトカラーは、ハッカソン型の仕事へ切り替えることを早晩要求されるようになるだろう。
それは仕事のプロセスがより創造的になることを意味する。創造性を持てない人は、ホワイトカラーではいられなくなる。
なぜなら、これまでのホワイトカラーの仕事の大部分は、AIで十二分に置き換え可能なものだからだ。
オフィスにおける、非創造的な仕事を列挙してみよう。
メールの整理、議事録のまとめ、契約の締結、役所との対応、給与計算、家賃の支払い、あらゆるルーティンワークと呼ばれるものに、創造性はない。
逆に創造的な仕事を考えてみると、企画や制作という仕事がある。実は接客、接遇も創造的であるがそれはホワイトカラーの仕事ではない。それともう一つ、見積もりはかなり創造的な仕事だ。かつて筆者の上司は「見積もりこそ最もクリエイティブな仕事だ」と言った。確かに。顧客の求める金額と、それに見合う内容を擦り合わせるのはかなり創造的な作業だ。
創造性を最も効率的に高めるのが、ハッカソンである。
会社という「場」は、広い意味でハッカソンをする場所という定義に塗り変わるだろう。
ハッカソン(ハック+マラソン)について、本欄で度々取り上げてきた。
本欄を初めて読む読者のために、ハッカソンについて簡単に説明すると、ある日、ある場所に集まって、一つのテーマで制限時間以内に何かを作るというイベントだ。
「ハック」とは、もともとは「手早く済ませる」という意味だったが、その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)の鉄道模型クラブにおいて、「結果ではなくプロセスそのものを楽しむ行為」という意味が付け加えられた。MITの最初期のハッカーたちは、大学に設置された高価なコンピュータをこっそり使って、自分たちの鉄道模型の制御をした。これがハックの起源といわれる。
「ハック」という言葉にどことなくやんちゃな、後ろめたいイメージがあるのはまさにこのためで、要は勝手に大学の高価な機材を使って遊んでいたのである。
しかし、この「遊び」から進歩が生まれるということを、実は我々の文明は絶えず繰り返してきている。とりわけ、ソフトウェアという世界においては、「遊び」が世界を作り出していると言っても過言ではない。
AT&Tベル研究所の所員が会社の片隅に捨てられていたコンピュータで「ゲームを作ってみよう」と思ったのは全く仕事とは関係なかった。彼はゲームを遊ぶために、OSとプログラミング言語を作り出した。
それがUNIXとC言語だ。
この二つの重要なソフトウェアは、全く会社とは無関係に作られたが、会社の機材を勝手に使って作られた。まさにハックだったわけだ。このOSは今、あなたがスマートフォンやタブレットで見ている画面の裏で動いている。iOSとAndroidが異母兄弟のようなものなのは、全ての源流がこの「遊び」から発されたからだ。
ハッカーにとって、自分と仲間の役にたつものを作ることは最も重要な「遊び」である。
役立つものを作ればハッカーは尊敬される。リスペクトこそがハッカーの行動原理だ。
「いいハックだ。だがお前よりもっとすごいハックをみせてやるよ」
リスペクトを得るために、ハッカーは命を削る。それ以外のことは、じつは結構どうでもいい。
ハッカーが作った会社はいくつもある。有名なのはOpenAIで一躍有名になったサム・アルトマンが一時期CEOをしていたYコンビネータというベンチャーキャピタルで、ポール・グレアムという有名なハッカーが作った。Yコンビネーターはハッカーにしか投資しない。そこでうまれたのが、DropboxやAirBnBといった新世代のサービスだ。
Yコンビネータのスタートアップ育成方法は、事実上、ハッカソンに限りなく近い。
これまでハッカーになるためには、高度なプログラミング技術が必要だった。
しかし、AIの登場によってそれはもはや前提条件とは言えなくなっている。
最近筆者が開発した新しいプログラミング環境には、プログラムを入力する場所がない。
必要がないのだ。
実際、最初のプロトタイプでは、プログラムコードを表示していたのだが、実際には「動かない。直せ」しか言わなくなってしまうので、プログラムのソースコードをわざわざみる必要がない。
これは、言葉さえ扱えれば、もはや誰でもハッカーになれる可能性を意味している。
むしろ、プログラムを書かない人の方がハッカーに向いているとさえ言える。
このプログラミング環境自体も、筆者がAIに造らせたものだ。
これくらい複雑になると、さすがに多少はプログラミングの知識がないと作るのは難しい部分もがあるが、それでもコードの大部分はAIが書いている。
まあこれも時間の問題だろう。
筆者はほぼ完全に自動的にプログラミングする環境を作ったときに、奇妙なことに気づいた。
作りたいものがなくなってしまうのである。
筆者が考える最高難度に近いプログラムは、たとえばリアルタイムで複素空間を使ったフラクタル図形を描画するといったようなものだが、そんなものですらものの三分で書いてしまう。参考にすべきプログラムなど世界のどこにもないはずなのに。単純な論理の積み重ねでできてしまうのだ。
もちろんAIハッカーも、コンピュータに詳しいに越したことはない。ただその詳しさは、本物のプログラマーが経験してきたような、「うまくいかない苦しみ」を乗り越えてきたものでなくていい。
耳年増というか、ほんの少しの教養だけがあれば、AIを自在に扱うことができるようになるだろう。
筆者は昨年末から初心者AIハッカソンというものをなんどか開催している。
完全な初心者を集めてプログラミングとして自分の考えを表現してもらうというイベントだ。
半日ほど勉強するだけで、自分の考えをプログラミングできるようになる。
もちろん、「もっと」と上を見ればキリがないが、最低限の入り口には立てる。
初心者AIハッカソンを繰り返しやってみて思ったのは、むしろ初心者のほうが先入観にとらわれず、自由で面白い作品を作る傾向にあることだ。
それは真逆に、プロに近い人たちをあつめてo3-miniハッカソンをやってみたが、そこまで意外性のあるものは出てこなかった。これは、プロのプログラマーが知らず知らずのうちに、テーマを自分の得意な「型」にはめてしまうからだろう。
いま、本職のプログラマーであっても、AIの支援なしにプログラムを書くことはほとんどなくなってきている。よほど特殊な環境でなければ、AIの支援を得られないコーディングは考えられない。ほんの一年前まで、そんなことは夢物語に近かった。
これは相対的にプログラミング経験の差を帳消しにしてしまう可能性がある。プログラミング能力をひとつの武器として磨いてきた筆者にとっては残念なことだが、大多数の「普通の人々」にとっては福音だろう。
これからの人類に最も求められるのは、創造性であり、創造性を高めるために教養が必要とされる。
創造的でないことから人類は手を引いていく。全ての行動は創造性を高めるために集中するのだ。
創造性を高める訓練に最適なのが、ハッカソンなのである。
筆者は子供の頃、人工的に知能指数を高める研究の実験台をさせられていた。実際に知能テストの成績は上がったが、それが筆者自身の努力の結果なのか、研究の成果なのかはわからない。そもそも知能テストの成績が本当に自分の思考能力を測る指標として正しいのかどうかさえわからない。その研究所も今は無くなってしまったが、実際のところ筆者がその後どのような人生を送ったのか考えると、何かしらの効果があったのだと思う。
この研究所でもっぱら行われていたのは、短時間にできるだけ多くの単語を連想する訓練や、積み木を見てその数を当てる訓練だ。実にハッカソン的な訓練である。要は知能テストで使われるような問題を先取りして訓練するのである。訓練をうければ知能テストの成績があがるのは自明だが、それが本当に正しく高い知能であるかどうか疑問を感じるのはこの点だ。AIだって、答えを先に学習すれば間違えることはまずない。
ただ、この訓練によって実際に自分の思考スピードが上がったという実感が、筆者にはある。
そのかわり、試験勉強はまどろっこしくて出来なくなってしまった。他人が考えた答えのある問題にどうしても興味が持てないのだ。自分の頭脳を使うなら、答えのない問題を解くことに一秒でも長く使いたい。
それで筆者は受験勉強に失敗することになる。大学には入ったものの、授業に全く興味が持てなくて行くのをやめてしまった。その後、なんどか大学院に所属するが、結局、授業という形で他人の説明を聞くことはレジャーにはなっても自分の命を賭ける価値はないと内職に勤しむので、卒業どころか一度も進級すらしたことはない。
ハッカソンで求められるのは、思考の瞬発力だ。
ところが、ハッカソン以外の場面で、思考の瞬発力が求められる機会というのはあまりない。
女性限定の初心者AIハッカソンをやったときの記録ビデオを編集しているときに気づいたのは、たかだか30分程度の「授業」を受けた女性たちに「さあこれからテーマに沿ってプログラムのアイデアを考えて実現してください」と言ったときに、最初に自分の考えを発言したのは経験豊富な女子アナウンサーの瀧口友里奈だった。
確かに、彼女の瞬発力にはいつも助けられている。彼女とはラジオのレギュラー番組で月に一回仕事をするだけだが、筆者が脱線しそうになったり、失言しそうになると爆発的な瞬発力を発揮してフォローしてくれる。
生放送で常にハプニングと戦い続けるアナウンサーという仕事は、確かに思考の瞬発力が求められる。
でもたぶん、普通のひとの普通の生活のなかに、短時間で決断を迫られることなどまずない。
ところが、AIを使った仕事に移行していくと、AIは人間の数千倍のスピードで仕事を終えてしまう。したがって、人間はAIがすぐ仕事を終えてしまうのを見ながら「えっと、次は何を頼めばいいんだっけ」と考え込むことになる。この考え込む時間、AIは休み続けてしまう。ということは、その人の生産性は客観的に低く見られることになる。AIが仕事をかわりにやってくれるから楽ができる、という話ではないのだ。むしろ人間は、より深い思考を短時間に行い、決断するか、仮説を考え続けることを要求されるようになる。
これから先の時代、思考の瞬発力がその人の社会的評価を決定するようになるだろう。思考の瞬発力が高い人は、AIに対して次々に創造的な指示が出せる一方で、それが低い人はグズグスとAIの前で悩み続けることになる。
ただ、これは人間一人では到底無理な相談で、いくら思考の瞬発力が高い人であっても、AIの速度にあわせて創造的な指示を出し続けることは不可能に近い。人間は残念ながらそこまで創造的な生命ではないのだ。
だからこそ、数人で集ってアイデアを出しあい、仮説を並行して走らせて高め合うことのできるハッカソンが最適解になるのだ。
一人では考えつかないようなことも、三人よれば文殊の知恵、必ず突破できる。
筆者が開催する初心者AIハッカソンが必ず参加人数を3の倍数で揃えているのも、それが理由だ。3人一組でアイデアを出し合い、仮説を検証し合う。これが4人、5人と増えていくと、思考しない人が出てきてしまう。3人がベストなのだ。しかも、毎回違う3人がベストなのである。2人では、どちらかが主導権を握って終わってしまう。それでも仕方ないときもあるが、やはり3人。それぞれがアイデアを出し合い、牽制しながらゴールに向かう形が望ましいのだ。
筆者のハッカソン熱が伝わったのか、3月から順次、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡の全国五都市でAIハッカソンと初心者AIハッカソン、そして講演会を順次開催することになった。
参加は無料(会員登録が必要)で、各大会の優勝者には賞金も出る。さらに、各地方大会の優勝チームを集めて11月に東京で決勝大会を行い、AIハッカー日本一を決定する。筆者の感触では、初心者でも十分、優勝を狙えると思う。
この機会にぜひハッカソンを体験していただきたい。
東日本ブロックの東京大会は3月29日開催。申し込みは2月28日締め切り
新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。