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生成されたAIビジネス、OpenAIと「AGIというナラティブ」

2025.02.18

Updated by yomoyomo on February 18, 2025, 11:40 am JST

AI Now Instituteは、マイクロソフトリサーチの主席研究者だったケイト・クロフォードと、Googleに所属していたメレディス・ウィテカーによって2017年に設立された、人工知能の社会的な影響を研究し、政策戦略を策定する研究機関です。ここは、ティムニット・ゲブルが設立したDAIR Institute、ダナ・ボイドが設立したData & Societyといった他の研究機関とも提携していますが、これらの研究機関の創始者が軒並み女性というところに、「先鋭化する大富豪の白人男性たち、警告する女性たち」で書いた構図が見てとれるように思います。

さて、そのAI Nowには、「テクノ楽観主義者からラッダイトまで」で取り上げたテックジャーナリストのブライアン・マーチャントも在籍しており、彼は昨年の12月に「生成されたAIビジネス:AGIの台頭と機能する収益モデルの大急ぎの模索」という報告書を公開しています。今回は、まずこれを取り上げます。

2019年春のライブイベントで、当時非営利組織だったOpenAIが、どのようにビジネスを成立させるのかをテックジャーナリストに問われたサム・アルトマンCEOは、「正直言うとまったく分かりません」とキッパリ答えます。これまで収益をあげたことはないし、何らプランはないが、「一般的なインテリジェントシステムを我々が構築したら、そのシステムに投資利益をあげる方法を考えてもらう、と投資家にはやんわり約束しています」というアルトマンの言葉に会場は笑いに包まれますが、(当時放送されていたコメディドラマの)『シリコンバレー』みたいに聞こえるかもしれないが自分は本気だ、とアルトマンは付け加えています。

この逸話から、ビジネスモデルの欠如とAGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)への執着が、生成AIブームをけん引し、2020年代を代表するユニコーンとなったOpenAIを形作ったとブライアン・マーチャントは書きます。

ただ、この「ビジネスモデルの欠如」は、健全なビジネスモデルよりも企業規模の拡大や市場の獲得(独占)を優先する、Uberなどのユニコーン企業を前例とするポストWeb 2.0時代のトレンドを反映したものと言えます。そしてそのトレンドは、スタートアップに資金を提供するベンチャーキャピタリストの意向でもあり、シリコンバレーの投資家のインナーサークルからなる「中央委員会」による「中央計画」だとティム・オライリーが批判したスキームでもあります。

2010年代のゼロ金利時代における莫大な投資資金を前提として構築されたAIブームですが、2020年代に入ってからの利上げと企業の大規模なレイオフの波を受け、個人ユーザや法人顧客に販売する製品を創出する必要性にAI企業は迫られます。OpenAIの非営利組織から営利企業への転換も、その流れを受けたものです。

ただ、莫大な投資を必要とするAI分野にありながら、立ち上げ間もない2015年末のスティーブン・レヴィによるインタビューにおいて、「OpenAIは非営利組織なので、その成果は世界中の人々に自由に所有されることになります」と答えたサム・アルトマンは、シリコンバレーにおける起業神話とビジネスモデルの境界をこの時点で意図的に浸食(曖昧化)していたとも言えます。

サム・アルトマンにしろ、同じく共同創業者だったイーロン・マスクにしろ、OpenAIはメディア向けに演出するような利他的なスタートアップではなく、彼らの個人的、ビジネス的な野心を達成するための手段だったというブライアン・マーチャントの見立てについては、そりゃそうだろうよとしか思わないのですが、OpenAIはすべての人に利益をもたらす、安全な人間レベルのオープンソースAIを開発する非営利組織だとメディアを通じて刷り込むことで、彼らはOpenAIのミッションを投資家だけでなく一般レベルにも売り込むのに成功しました。「今にして思えば、マスクやアルトマンの動機が、当時ほとんど問われなかったのは驚くべきことだ」とマーチャントは皮肉っぽく付け加えます。

ならば、彼らの「動機」とは何か? アルトマンとマスクの両名にとってOpenAIの設立の動機は、当時機械学習の分野で大きな成果を挙げ、DeepMindを買収するなどしてAI開発をリードしていたGoogleに対するヘッジだったと思われます。「非営利」や「オープンソース」といった当初の謳い文句には、Googleをはじめとするビッグテックに対するアンチの姿勢の打ち出しもあったでしょう。

スンダー・ピチャイがCEOに就任して間もなく「AIファースト」の企業になると宣言までした当のGoogleが、AI倫理研究者のティムニット・ゲブルの論文撤回と解雇、そして社内のAIチャットシステムLaMDAが意識や感情を持っていると主張したエンジニアの解雇といったトラブルの影響で、世間の不安や悪評を招くのを恐れてAI製品の公開に足踏みしたのもOpenAIに利しました。

マーチャントの報告書の面白いところは、OpenAIのマーケティング資料における「AGI」という言葉の使われ方を丹念に辿っているところです。AGIという用語は、OpenAIの資金調達の重要な節目や、そのミッションの重要性をメディアに再認識させるために使用されることが多いとマーチャントは指摘します。

例えば、(前年に起こった主導権争いを経て)2018年にイーロン・マスクが退任を発表した直後、OpenAIは設立趣意書を発表して初めてAGIという言葉をその中心に据えました。そして、マイクロソフトからの出資を得て営利企業へのシフトを準備しているときにもAGIを公式事業の中心に据えています。またChatGPTの最初のローンチから数か月経ち、おそらくはユーザーが頭打ちになり始め、資金源であるマイクロソフトも自社のChatGPT搭載製品に興味を持ち始めた頃、OpenAIの研究者は、GPT-4がAGIの「火花」を示したと主張する論文を発表しています

そうしながらOpenAIは、オープンソースにして非営利で、万能のテクノロジーに対して一個人が大きな力を持ち過ぎない組織構造とするという、当初約束したのと真逆の存在に変化します。2023年のアルトマン解任騒動を経て、それが一層顕著になりますが、不思議とそれがメディアで取り沙汰されることが少なかったとマーチャントは指摘します(営利目的の非オープンソース企業に移行することで、OpenAIは自身による最初の資金提供の条件に違反したとして訴訟を起こしたイーロン・マスクは例外として)。

ChatGPTが生成AIという新たなブームの製品カテゴリーの代名詞となると、そこにゴールドラッシュがあると競合他社を引きつけ、追い上げが始まります。OpenAIの幹部たちは、同社の新サービスやAIの力全般の誇大宣伝に傾倒するようになり、その誇大宣伝は終末論的なレベルに達したとマーチャントは辛辣に書きます。人類にとっての脅威になるかもしれないAGIへの畏怖をバックに、アルトマンは世界中を巡って我々こそがAGIを作ると売り込み、AI規制を求める世論をリードして、企業のAI政策の指南役となりました。

もっとも、スカーレット・ヨハンソンから同意なくAIアシスタントで彼女の声を真似たと批判された直後に、OpenAIは安全評議会とAGIの創造を支援する新しい「フロンティアモデル」を発表することで、AGIという用語はスキャンダルを鈍らせるのにも利用されたというマーチャントの主張は少し言い過ぎにも思えますが、この言葉がある種の神秘性をまとった優秀なマーケティング装置として機能したことは間違いありません。

OpenAIのビジネスは、個人ユーザー向けのChatGPTの有料利用や開発者向けのAPIキーの販売に始まり、その後、企業向けサービスに主眼が置かれるようになります。それは仕事の自動化を可能にする強力なテクノロジーの売り込みですが、2023年春にはOpenAIの研究者が、労働市場に与える影響の各職種のリスク評価についての論文を発表します。これは一種の「警告」としてマスコミに取り上げられましたが、自動化技術が雇用を代替することの正当性を補強する効果があったとマーチャントは指摘します。

ここでもOpenAIは「AGIというナラティブ」を武器に競合との差別化を図りました。つまり、逼迫した労働市場においてコスト削減を目指す経営者にとって、最も安全で最も強力なテクノロジーを購入していると確信できるかが大事なわけです。OpenAIは、すべての労働を代替してくれるAGIという、経営者にとっての夢を実現する自動化技術の企業になったわけです。

この報告書でマーチャントは、現在のAIビジネスに対する脅威、具体的には著作権に関する現在進行中かつ未解決の問題、AI産業が行き当りばったりで収益性が投資に見合わず、テクノロジーバブルが急速に膨らんでいること、ハルシネーションに代表される信頼性の問題を抱えており、真に長期的な企業ユーザのコスト削減と生産性向上を実現するか疑わしいことを指摘した上で、OpenAIが今一度「AGIというナラティブ」を中心に据えたのは不思議ではないと指摘します。

これは2024年7月に、OpenAIが「大規模言語モデルが人間の知能にどれだけ近づいたか」を5段階で評価するシステムを発表したことを指しています。この技術評価システムにおいて、OpenAIは「人間レベルの高度な問題解決が可能」なレベル2に達しようとしているという評価ですが、最終的なレベル5は「組織全体の業務を独立して行えるAI」、つまり上記の企業経営者にとっての夢である完全自動組織の提供をOpenAIが見据えているわけです。

この技術評価の指針を示すことで、企業向けGPTを数カ月使ってみたものの目覚ましい成果が得られず、うずうずしている企業顧客の期待と関心と投資をつないでいる、という見方は意地悪に思えるかもしれませんが、マーチャントの報告書の締めくくりは辛辣です。

結局のところ、サム・アルトマンは「どうやって収益をあげるのか尋ねるべくAGIを作る必要さえなかった」それははじめから明白だったのだ。

これは報告書の最初のほうに引用される、「一般的なインテリジェントシステムを我々が構築したら、そのシステムに投資利益をあげる方法を考えてもらう」という2019年のアルトマンの発言を受けたものです。つまり、「AGIというナラティブ」、そしてそれが生み出す夢自体が、OpenAIの資金源だとマーチャントは言っているのです。

皮肉なことに、この報告書の公開後、2025年に入って起こった「DeepSeekショック」は、低コストで高機能を実現した「蒸留」技術にしろ、利用制限が緩いMITライセンスを採用したオープンソース・モデルにしろ、アルトマンが強調してきた莫大な投資の必要性や、当初の約束を反故にしたクローズド戦略の正当性を揺るがしたように見えます。

当初OpenAIは、著作権侵害を理由にDeepSeekを批判しましたが、気骨ある独立系メディアから「これの意味はあとで説明するけど、まずひとこと言わせて→ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! マジで笑えるんだけど、OpenAIってやつさー。今まで『許可ナシ』で全世界からデータをガッツリ抜きまくって、しかも利用規約ぶっ壊しながら会社作ってきたクセに、今度は自分たちがやってきたのと全く同じ方法でデータ盗まれたって逆ギレしてるんだから。ほんと自分たちのケツの穴の大きさも知らねーってレベルだわ。」と嘲笑される始末(訳文は、いしたにまさきさんによる煽り翻訳が素晴らしかったので、そのまま採用させていただきました)。

DeepSeekを引き合いにした一風変わった意見として、OpenAIは当初非営利組織として始まりながら営利企業に姿を変え、その成果を名前に反してクローズドに変えたが、DeepSeekは皮肉にも、OpenAIの当初のミッションを市場のどのモデルよりも優れた性能を持つオープンソース・モデルを提供することで果たしたと評価する、「DeepSeekはリナ・カーンが正しいことを証明した」を挙げておきます。

リナ・カーンは、バイデン政権で連邦取引委員会の委員長として、オープンで公正な競争市場を維持を目指してビッグテックの前に立ちはだかり、トランプ政権誕生とともに案の定お役御免となった法学者ですが、彼女自身、DeepSeekに触発されて、「アメリカのビッグテックを崇拝するのは止めよ」という小論をニューヨークタイムズに寄稿しています。

彼女は、マーク・アンドリーセンの「DeepSeek R1はAIにおけるスプートニク的瞬間だ」という投稿を引き合いにし、独占禁止法の執行者としては、DeepSeekは「炭鉱のカナリア」と異なる比喩を使います。その心は? 十分な競争がないと、米国のハイテク産業は中国のライバルに対して脆弱になり、21世紀の米国の地政学的勢力を脅かすことになるという警告と言いたいわけです。

カーンは、DeepSeekの技術革新は本物であり、「自分たちこそ世界最高のAI技術を開発しており、コンピューティング能力や最先端チップなどへの莫大な投資によってのみ、進歩は達成可能だ」という米国のビッグテックが推し進めてきた核心的な主張を覆したと主張します。

そして、そうしたビッグテックは、米国が優位に立ち続けるのは、政府が競争から彼らを保護しなければならないと主張してきましたが、カーンは「ビッグテックは2000年代にイノベーションを達成した後は、ライバルを買収して事業の周囲に反競争的な堀を築くことで支配力を維持してきたが、それではAI分野のイノベーションで海外の競合他社に追い抜かれそうになるのも当然だ」とビッグテックを批判します。

そしてカーンは、AI分野で中小企業や新興企業が支配的な企業の価格設定やアクセス制限に縛られることなくアイデアを市場に投入できるよう、開発者は自社のモデルについて十分な情報を公開すべきだと自身が連邦取引委員会で主張したこと、そして中央集権ではなく競争と開放性がイノベーションを促進すると訴えます。

個人的にはDeepSeekの評価に少し勇み足を感じますし、ワタシ自身は「LLMテクノロジーの普及を阻止しようとしても無駄だが、輸出規制はまだ機能しうる」というノア・スミスの意見に与する者ですが、ともかく彼女の文章の締めには、志半ばで連邦取引委員会の委員長の座を追われた彼女の一種の職業的遺言と言いうべき気迫を感じます。

行政の施行者や政策立案者は、慎重であるべきだ。第一期トランプ政権とそれに続くバイデン政権の期間、独占禁止の施行者は、それら同じ企業に対して広範な独占禁止訴訟を起こした。彼らは、ライバルを違法に買収したり排除することで、イノベーションを蝕み、自由で公正な競争がもたらす恩恵をアメリカから奪ってきたのだ。方針を転換するのは間違いである。米国が世界で優位に立つための最善の方法は、国内での競争を促進することなのだ。

この文章でカーンが名指しするビッグテックは、Google、Apple、そしてAmazonですが、AI分野においてはOpenAIも、もはやそちら側の存在でしょう。

DeepSeekの衝撃後、OpenAI社員が奮起しているという報道がありましたが、それも十分な競争が必要というカーンの信念の正しさを示しているのかもしれません。

またアルトマンも、オープンソースに関して自分たちは「歴史の間違った側」にいたという認識を示すなど、微妙に軌道修正を図っているように見えます。

そして先週、アルトマンは彼個人のブログにおいて、AIの知能は投資リソースに比例するとして投資継続の必要性を堅持しながらも、AIのコストは劇的に低下し、そしてAIの社会経済的価値は超指数関数的に増加するという「三つの見解」を公開しました。

やはりここでも「AGIというナラティブ」は健在です。具体的には、AGIが視野に入ってきており、間もなく実現することを示唆しながら、AGIは人類の進歩というかつてないほど高くなった足場におけるひとつのツールに過ぎないが、「今回は違うぞ」と言わずにはおれない何かの始まりでもある、と微妙な言い回しでAGIへの期待を煽っています。

個人的に面白いと思ったのは、「AGIは人間の意志をこれまで以上に左右する最大の手段となり、個人がこれまでよりも大きな影響力を持つことを可能にする」、「AGIの実現に近付くにつれて、個人のエンパワーメントに向かう傾向が重要だと考えている」というように、アルトマンが何より個人に力を与えるものとしてのAGIを強調している点で、マーチャントが報告書で書いた「経営者にとっての夢を実現する自動化技術」のビジョンが後退しているように見えるところです。

アルトマン、そしてOpenAIによる「AGIというナラティブ」がこれからどのように変化していくか注目すべきでしょう。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

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