January 15, 2026
yomoyomo yomoyomo
雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。
恥ずかしい話ですが、折に触れて自分の感覚の鈍さを思い知らされることがあります。
昔の話になりますが、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』に初めて触れたとき、作品の評価は別として、キリスト教原理主義グループによるクーデターでの政権奪取により全体主義国家となった米国というのが正直ピンとこないというか、さすがにありえないだろうと根本のところでリアリティを感じることができませんでした。
それから長い月日が経ち、コリイ・ドクトロウの「「プロジェクト2025」の真の戦術的意義」にある「離婚できない夫、予防も中絶もできない妊娠、投票で落とせない政治家」というフレーズを目にして、あ、これか……と勝手に合点がいったものです。「プロジェクト2025」は、米国の保守系シンクタンクのヘリテージ財団が2023年に公開した報告書ですが、「この1年、トランプ政権は「プロジェクト2025」に書かれた計画を、ほとんど一言一句たがわずに実行してきた」と最近もトマ・ピケティが書いています。
近年でも、アレックス・ガーランドの映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を観て、やはり作品設定にリアリティが足らないと思ったものですが、先週、米国土安全保障省(DHS)に属するアメリカ合衆国移民・関税執行局(ICE)の職員により女性が射殺されたミネソタ州の事件の報に触れ、真っ先に連想したのは、ジェシー・プレモンス演じる赤サングラスの兵士の「お前はどの種類のアメリカ人だ?」という異様に怖い台詞でした。
この事件の場合、映画と異なり、射殺されたのは白人女性でした。それにショックを受けたアメリカ人が多いと聞くと、「そういうところだよね」とどうしても思ってしまいますが、外国人の犯罪やテロ行為の捜査を行う組織の職員が、赤サングラスも「アメリカ人」と認めるであろう属性の米国民に銃口を向け、発砲した衝撃は確かにあります。
一昨年に「ジャーナリスト自身が運営する404 Mediaにみる「オルタナメディア」の可能性」で取り上げた404 Mediaも、この一年ばかりICEの監視技術について執拗に伝えていましたが、その記事を読んでいたはずのワタシ自身、彼らの危機感を理解してなかったんだな、と自らの感覚の鈍さをまたしても思い知らされたように思います。
一部で「ゲシュタポ」になぞらえるICEに関しては、職員の横暴さを伝える報道を目にすることが多く、粗暴さが前景化された印象がありましたが、一田和樹氏が「顔も位置もDNAも把握される――米国で現実化する「SF級監視国家」」で書くように、気がつけば顔認識、位置情報、DNA、虹彩スキャン、電話盗聴、ソーシャルメディア分析が巨大なデータ基盤のもとで統合され、全米規模で運用されていました。
ここまで読めばわかるように、これらの監視が移民に限定されていないことは大きな問題だ。アメリカにいる者をすべて調べ、不法移民をあぶり出すという理屈のため、アメリカにいる人間は誰でも監視対象だ。つまり、もはやICEはアメリカにいるすべての人間を監視する組織になっているのだ。
ICEは既に「移民排除を名目にした全国民監視」を行っており、米国自体「自由と法の国」から「アルゴリズムとデータに統治される監視国家」へと変貌しつつある現実があるわけです。もはやすべての市民が監視対象というのは、自分が政府からスパイウェアのターゲットになっていると分かった時の対処方法を紹介した記事をTechCrunchで見て実感したことですが、そりゃ、20年間余り独裁国家を追った研究者は今、米国を監視するでしょう。
ビッグテックがユーザーの個人情報を握る状況を変え、個人データを自分たちで管理するプラットフォームであるDECODE(DEcentralised Citizens Owned Data Ecosystem)プロジェクトの仕事でも知られるデジタル政策の専門家のフランチェスカ・ブリアを中心としたAuthoritarian Stackは、そうした権威主義体制の米国を支えるテック企業並びにキーパーソンのネットワークを追跡するプロジェクトです。
「テックビリオネアがポスト民主主義のアメリカを構築しつつある手法――そして、次に欧州が標的となる理由」と題されたこのプロジェクトは、かつて「自由と民主主義はもはや両立しない」と宣言したピーター・ティールが共同創業者であるパランティア・テクノロジーズが米国防総省と結んだ100億ドル規模の契約が軍事中核機能の民間企業への戦略的移管である話に始まり、「愛国的なテクノロジー」を旗印にしたクラウド、AI、金融、ドローン、衛星など権威主義的統制に必要なインフラ統合システムの構築、それを支える人材や資金のパイプライン、そして、恐怖と暴力に支えられた旧来の権威主義とは異なり、コードと資本とインフラを通じて支配することで抵抗を構造的に不可能に思わせる、民間企業による「国家乗っ取り」のモデルが欧州に輸出されつつある現状を分析しています。
事実、今年に入って英国防省がパランティアと2億4000万ポンドという過去最大級の契約を結んだという報道がありましたが、この動きは、民主主義を軽んじる政治イデオロギーを持つテックオリガルヒへの欧州の主権の体系的な外部委託であり、デジタル主権を譲り渡すことになるというブリアらの危機感が伝わります。このサイトにある「シリコンバレーはもはやアプリを構築しているのではない。帝国を構築しているのだ」という文句は強烈です。
そして、デジタル主権は日本でも重要な(しかし、ほとんど取り上げられることのない)政策課題だったりします。
しかし、監視国家化、テクノ権威主義化する米国に何の希望もないというわけではありません。
モリー・ホワイトは、先週「テクノオリガルヒ(technoligarchy)の年」という文章を書いていますが、テクノオリガルヒが生み出す不安定さが、自らの破滅を招く可能性について論じています。
Web3の代表的な批判者らしく、ホワイトは暗号資産界隈が誇大宣伝の嵐に沸いた2021年、そしてそれが崩壊した2022年の話から始めますが、ご存じの通り、2024年の大統領選で多くのテックリーダーはドナルド・トランプに賭け、その政治投資はトランプの勝利により実を結んだのはご存じの通りです。
そして、2025年は「テクノオリガルヒの年」となり、イーロン・マスクはDOGEを通じて幅広い権限を与えられ、自身の企業を連邦政府との数十億ドルの契約や有利な規制待遇の恩恵を受ける立場に置きましたし、デヴィッド・サックスはAIおよび暗号資産の政策責任者に任命され、自身が利益を保持する業界の規制の枠組みを後退させました。既存の規制は事実上撤廃され、議会によるチェックも利かなくなり、何よりトランプ家自身が、ミームコインやステーブルコインに跨る暗号資産帝国を築き上げ、「この恥知らずな利権追求の新時代を体現した」とホワイトは断じます。
しかし、この権力集中が進む一方で、一般の米国民はその生活や社会的な契約の崩壊に直面しています。大多数のアメリカ人は平均価格の住宅すら購入できず、数千万のアメリカ人が医療費の高騰により必要な医療を制限または断念している現実があります。賃金は停滞し、雇用の安定性も低下しています。
「国民を搾取する基盤の上に築かれた経済は持続不可能だ」とホワイトは書きますが、彼女の認識はシビアです。
歴史はここで慰めをほとんど与えてはくれない。権威主義体制は、信じがたい経済的荒廃を通しても権力を維持してきた。経済的破綻だけでは、治安機構、情報の流れ、利益の分配を掌握する者たちを倒すことはできない。そして、テクノオリガルヒがまさにこうした仕組みを構築しているのだ。トランプは軍に対する一方的な支配を主張し、テクノオリガルヒは最大手のソーシャルメディアや報道機関を所有し、そして数十億ドルもの金が暗号資産ベンチャーと規制のない政治献金の両方を通してトランプに流れ込んでいる。従来の説明責任のメカニズムは、たとえそれが存在したとしても、反撃の兆しはほとんど見えない。
しかし、テクノオリガルヒは、自ら制御不能になる不安定要素を生み出しているとホワイトは見ます。個人的には、ここからテクノオリガルヒの権力集中もいずれは終わる(かもしれない)という結論にいたる部分に主張の弱さを感じます。確かに、テクノオリガルヒと政権の連合の中心にいるのが、明らかに衰えつつある健康状態の79歳の男だというのはその通りですが、ピーター・ティールは既に舎弟であるJ・D・ヴァンスを副大統領に送り込んでおり、トランプ後に事態が好転する保証はありません。
もう少し変わったアングルの希望的観測として、コリイ・ドクトロウが昨年末に開催された39C3(39th Chaos Communications Congress)で行った講演「ポストアメリカ的、メタクソ化耐性のあるインターネット」があります(講演動画、文字起こし)。
コリイ・ドクトロウは、長年にわたって「汎用コンピューティングに対する戦争」と呼ぶ闘いを続けてきました。これは、ユーザーが自分のデバイスやソフトウェアを自由に改変する権利を制限する規制に抗う運動ですが、これに対する障壁として立ちはだかってきたのが「技術的保護手段の回避禁止(anticircumvention)」でした。
しかし、トランプ政権の混乱、特にその強引な関税政策がインターネットの新しい可能性の扉を開いたとドクトロウは驚きをもって語ります。
これまで米国政府(米国通商代表部)が「技術的保護手段の回避禁止」を盾に、欧州をはじめとする各国に対し、その国に有利な技術規制を敷けば、米国は関税で潰すと痛烈に警告してきました。世界中の政府が、米国のビッグテック企業に自国民の個人データと現金への無制限アクセスを許した理由はこれだとドクトロウは説きます。
でも、トランプ政権下で、この関税の脅しは無効化されたとドクトロウは言います。誰かが命令に従うよう要求し、従わなければ家を焼き払うと言ったので、あなたは脅しに従った。だけど、やっぱりそいつはあなたの家を焼き払った。そんな状況でも、そいつの言うことを聞き続けるとしたら、あんた、ちょっと頭が足らないんじゃない? というわけです。
トランプ関税について、世界各国がとった対応は次の二つのいずれかだとドクトロウは言います。一つ目は「トランプが要求するものは(グリーンランドを除いて)何でも与えて、怒りを鎮めてもらおう」という降伏戦術ですが、トランプに譲歩しても彼は要求をエスカレートさせるだけで、これは失敗でした。
二つ目はカナダがとった報復関税戦術ですが、まるで全力で自分の顔を殴り、下の階(米国)の住人に「痛っ!」と言わせようとするようなもので、これも失敗でした。
しかし、関税への第三の対応策があるとドクトロウは訴えます。「技術的保護手段の回避禁止」の廃止です。リバースエンジニアリングでもジェイルブレイクでも「修理する権利」でもなんでも駆使して米国の「メタクソ化」したサービスの代替エコシステムを促進し、ビックテックのプラットフォーム支配を逃れればいいじゃないか、というわけです。
そうなれば、ソフトウェアやハードウェアがユーザーにとって透明かつ修正可能なものになり、欧州が「デジタル主権」を取り戻した「ポストアメリカ的、メタクソ化耐性のあるインターネット」に移行できるチャンスであり、欧州はアメリカ抜きでも回るインターネットを本気で作れる最初の地域になる可能性をドクトロウは訴えます。
これまで「汎用コンピューティングに対する戦争」を論じていたのは、(ドクトロウを含む)デジタル権利活動家やハッカー系の人たちで、これまでその主張は理想論と見なされ、広い支持を得られませんでした。しかし、米国のビッグテック支配が「反競争的」だと本気で理解し始めた経済産業サイド、デジタル主権を取り戻したい国家(安全保障)サイドの利害がたまたま重なったことで、連合が組めるとドクトロウは見ます。それぞれの価値観は一致していませんし、目的も完全には同じではありませんが、連合を妨げていた政治的タブーが消え、勝てる可能性が見えてきたというわけです。
ドクトロウは、「この連合は止められないというのが私の主張だ。これは朗報だ! 何十年ぶりかに、勝利が手の届くところにある」とまで言い切り、妙に前向きですが、性格の暗いワタシとしては、各国を縛ってきた政治的呪縛を解くのは簡単ではなかろう、とどうしても思ってしまいます。
これは日本にも言えることで、例えば、国家サイバーセキュリティ戦略について一田和樹氏が「今必要なのは「アメリカに期待できない」状況での戦略じゃないの?」と書くように、我々はいろいろな分野で、アメリカに期待しないでどこまでできるのか真剣に考えるべき時にきているのかもしれません。