May 26, 2026
清水 亮 ryo_shimizu
新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。
CNNの報道によると、Microsoftが自社のエンジニアにAIコーディングエージェントであるClaude Codeの使用を禁止したとのこと。Claude Codeへの支払いが過剰に増えすぎたため、安価な社内AIツールへの移行を強制しはじめたそうだ。
この話は非常に示唆に満ちている。
まず第一に、無限の開発予算をもっているとも思えそうなMicrosoftが最初にこの決定を下したことだ。
第二に、Claude Codeを提供するAnthlopic社はMicrosoftの出資先であり主要なパートナーの一社でもある。このMicrosoftからの資金供給の停止は、両者にとっての利益に長期的にダメージを与えるだろう。それでもMicrosoftが受けるダメージは微々たるものだが。
もしも自分がこの瞬間、Microsoftでエンジニアとして働いていたとしたらどう考えるだろうか。
たぶん会社をやめるか、それとも社内またはオープンウェイトのAIで、なんとかマシな解決策を見つけるようとするか。
しかしこれは実は非常に重要かつ不可逆な流れ、つまりAIバブル崩壊の蟻の一穴となり得る出来事だ。
第一に、Microsoftの上層部が、「AIコーディングエージェントは必ずしも業務に必要ではない」と自ら認めたことだ。確かに、AIコーディングエージェントなしでこれまで業務をしてきたんだから、「今この瞬間に不可欠ではない」というのは真だろう。それは、インターネット導入以前の企業にも言えたし、電話回線導入以前の企業にも言えた。彼らはどうなったか。ただ滅んだだけだ。
次に、「仮にClaude Codeという今世界で最も評価の高いAIコーディングエージェントが使えなかったとしても、代替手段はある」と暗に認めてしまっていることだ。
これはAIバブルを構成してきた重要な神話(Myth)を失うことに近い。AI、特にコーディングに使えるほど強力な大規模言語モデルは、一部の特別な人たちだけが作り出すことができ、クラウドを通じてしかサービスできないものではなかったのか。そのためには膨大な人や電力やGPUといった超大規模なリソースを長期間ロックインする必要があるのではなかったか。それが何十兆円という巨額の資金を集めた根拠だった。
実はそうではない、ということは、実はAnthlopic自身が証明している。AnthlopicはOpenAI出身の技術者たちが作った会社で、わずか1年でClaudeの最初のバージョンを開発してクローズドベータを始め、その1年後に正式サービスをリリースしている。
トップモデルの開発費が無限に高騰していくように見える一方、DeepSeek V3はわずか8.9億円程度の予算で訓練されている。
さらにいえば、Qwen3.6はPCでも動作する270億パラメータ版(27B)や、350億パラメータ30億アクティブ版の性能向上が著しく、コーディングをさせるのに十分な知識量を持っていると言われてきている。
これらは適切な計算機(たとえばApple SiliconやNVIDIAのGPU)があればPCや小規模なサーバーでも動作させることができるため、Claude Codeの代替としてはちょうどいい。使い勝手をClaude Codeと同一にしたければ、Claude CodeのバックエンドをClaudeからローカルにあるモデルに切り替えるOllamaというツールを使ってローカルで動作させることもできる。
こうなると、実はもはやクラウドの向こう側に「とても賢いAI」を置いてその利用料金を徴取するというビジネスモデルの前提が崩れることになる。
実際、すでにClaude Codeは北米時間の9時ごろに毎日のように止まるようになり、Anthlopic側も対応に追われている。
なぜここまで急激に使われるようになったかというと、OpenClawのようなハーネスの登場と、Claude Codeの禁断の呪文「–dangerously-skip-permissions」の多用によるものと思われる。
Claude Codeは通常の使用では、なにかするたびにいちいち「これをしていいですか? y/n」みたいなことを聞いてくるのだが、「そんなわかりきったことを確認するな」とイライラすることも少なくない。もしくは、最近急激に流行したせいで意味もわからず「とりあえずyesにしよう」とする人が増えている。
「–dangerously-skip-permissions」はそういう煩わしい質問に対して全て全自動でyesと答える禁断のオプションだ。わざわざ「dangerously(危険性)」と断られている通り、AIがおかしな判断をすればマシンが破壊されたり、個人情報をネットに公開されたりするリスクもなくはない。
だが適切に使えばこれほど頼りになるものもない。そこで、AIが暴走しないような「安全な檻」にClaude Codeを閉じ込めて、「安心して–dangerously-skip-permissionsを使う」ということが広まった。これは強力な機能で、なにしろ目的を達成するまで基本的には何もしなくていい。ちょっと気の利いた部下に「あとよろしく」と頼んで1日放っておいたら翌日には仕事が完璧に終わっている。そんなイメージだ。
これはエンジニアの頭を悩ませていたほとんど全てのブルシットジョブを肩代わりしてくれる。設定ファイル地獄やミドルウェアのバージョン違い地獄、そういうものを全部かわりにやってくれる。場合によっては、githubに公開されているのにバグって動かないコードを勝手に修正して動かしてくれる。一度これに慣れてしまったらこれなしで仕事をしろというのは拷問に近い。スマホ以前の世界に戻れないのと同じだ。だからMicrosoftのエンジニアの選択肢は二つしかない。会社をやめるか、代替手段を作るかだ。そしてそれが可能であるということを皮肉にも自らが発信してしまった。
では、AIで人件費は下がったのだろうか?
人件費はAIと違って、アドホックに課金されるわけではない。自ら削減しようとしないと削減されない。これからさらに大量のレイオフが起きるだろう。結局のところ、AIさえあれば各プロジェクトに人間のエンジニアは数人のアーキテクトとテストエンジニアで賄えるはずだ。これはとても不都合な真実だから、IT業界の内部の人は決して口にしない。それどころか人によってはヒステリックに「AIの書いたコードなんか信用できるか」とがなり立てる。でも待ってくれ。君は見ず知らずの人間が書いたコードを信用してるじゃないか。
まさかLinuxのソースコードをデバイスドライバ含めて全部読んだとでも?Androidのソースコードは10GBもある。文字数に換算すれば100億文字以上だ。自分が使うオープンソースまたはクローズドソース(プロプライエタリともいう)のコードを全て読んだ上で使っているのか?そんな人間は8ビット時代の化石めいたロートルか、趣味でプログラムをしているホビイストだけだ。
AIがコードを書いて、何が問題なんだ?
筆者は技術系経営者として、部下たちが書き散らした我慢ならない非効率的なコードを片目をつぶって受け入れるようなことを繰り返してきた。もちろんパフォーマンスが十分ならばだが。ソースコードとは、個性がでるものだ。人間によって違うし、AIによっても違う。Claudeが書いたコードとChatGPTが書いたコードは同じコードでも全然違う。だからプログラミングを誰かにやらせるときは、できるだけ同じAIにやらせるようにしている。
OSの中身というのは、人類が生み出したうでもっとも複雑なプログラム体系の一つだが、人々が期待するほど効率的でもなければ美しくもない。それでも動いてるだろ? Windowsなんか、既知のバグが数千あった状態でもリリースされていた。
出来の悪い人間が書くコードと、出来の悪いAIが書くコードは大差ない。というかたいていAIのコードの方がマシだ。しかもAIは、自分のコードを自分で評価し、修正できる。大事なのは言語化だ。
「どういうコードはダメで、どういうコードはいいコードなのか」ということを言語化してskillにすれば、自動的にコードレビューをするチェッカーを作ることができる。修正も自動でできる。
それでも心配ならAIの書いたコードを全部印刷して確認すればいい。人間に書かせても同じことをするだろう。
なぜ人件費以上にAIの費用がかかってしまうのか。
AIが圧倒的に優秀だからだ。優秀であるが故に、本能的に仕事を頼み過ぎてしまうのだ。
人間相手なら諦める仮説検証を、AIなら全部こなすことができる。命令を出した側がデートして寝てる間にも、歯を磨いて髪を整えているような時間も、AIは出された命令を黙々とこなし続ける。こんなことができる知性体はもはやAIしかない。
真剣に考えなければならないのは、もうAIバブルは崩壊しつつあるということ、少なくともLLMバブルのターンは終わりに近づいている。動画も終わりが見えてきた。音楽生成はとっくに終わっている。次は何かというと、もっとちゃんとした何かだ。ここが実に興味深い。
「ちゃんとした何か」をAIが作り出すことが難しいことは、AIを使えば使うほどわかってくる。
プログラムは「ちゃんとした何か」でありそうでないのだ。数式の一種だから。再現性があり、正しいか正しくないかがハッキリしていて、ベンチマークがとれる。
ところが、スライドや文章やポスターやWebサイトは、定量的に性能を測ることができない。ベンチマークをとろうとしたらA/Bテストくらいしか方法がない。そのA/Bテストにしたって、正しい答えに向かっている保証はない。
結局、誰もが同じようなクオリティのスライドやアプリや音楽やらを作り出せるようになった時、レベルの底上げはされるが、トップエンドのクリエイターはさらにその遥か上を行くようになる。
ワードプロセッサーが発明されて、誰でも「他人が読める文字」が書けるようになった。
けれども、誰もが文章を書くことで食えてるわけではない。「書ける/作れる」ことと、「それに価値がある」かどうかは全くの別問題だ。
AIはプログラムを開発することはできる。
が、「ちゃんとした何か」に作り上げ、それを魅力的な商品に仕上げるのは、まだ人間の仕事だ。