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彼らはなぜ海外に職を求めるのか

Go the west

2015.05.25

Updated by Ryo Shimizu on May 25, 2015, 09:02 am JST

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韓国政府の外郭団体でKOTRA(コトラ)という組織があります。
正式名称は「大韓貿易投資振興公社」で、日本で言えば経産省所轄のJETRO(日本貿易振興機構)に相当します。

このKOTRAが韓国の新卒生向けに世界中から企業を集めて行う大規模な求人イベントが開催され、当社も是非にと依頼されて参加することになりました。

韓国政府は民間事業の支援や先端技術の教育に力を入れることで知られています。

10年ほど前、私は韓国政府の別の機関の依頼でモバイルゲームの開発手法について当地の大学や企業で講演したことがあります。

そのとき、当地の大学や専門学校ではゲーム企画にUMLを使って設計していることを知り、大変驚きました。日本ではゲーム開発の現場に於いて、そのような設計手法はまず採用されないからです。

しかしゲームの全体像をUMLで記述するというのは理にかなっているとも思い、大変感心しました。

 

それから10年経ち、何かの縁で再び韓国にやってくることになりました。
すると状況が様変わりしていることにまず驚きました。

 

たとえば10年前は、どれだけ心を開いたかのように会話した人でも、酔っ払ってくると「でもなんで日本は戦争の謝罪と賠償をしないの?」と真顔で絡まれることはしょっちゅうでした。そんなことを私に言われても政治家ではないわけですからどうにもなりません。

また、私の知人は大学に進学する際、もともとはフランス文学を専攻しようとしたのですが、高校の先生から「フランス文学なんか食えないから日本語学科に行きなさい」と言われ、「(日本が嫌いだから)日本語学科なんか嫌だな」と思いながら進学したそうです。さらに、両親からは「なぜお前は日本語なんか勉強するんだ!」と怒りを買い、隠れて日本語の教科書やドラマ、音楽といったものを聞いて日本を好きになっていったのだそうです。

 

竹島問題が盛り上がっていた頃のソウルにも一度行ったことがあります。

あの頃は最悪でした。

日本人とバレれば、即座に暴行されてもおかしくないような異様な空気だった記憶があります。

ドキドキしながら「独島キャンペーン」ののれんの出たネットカフェに入ったのを今でも思い出します。

具体的に何かされたわけではないのですが、ネットゲームの中に竹島(彼らは独島と呼びます)を出現させて奪い合うなど、悪ふざけなのか本気なのかわからないキャンペーンをやっていたのも、それほど昔ではなかったはずです。

 

ところが今回は、一転して日本に対して友好的というか、むしろ韓国の若者はどうれすれば日本で働くことができるか、という質問が大半でした。

 

一つの政策として、韓国の人材開発院では日本語とJavaプログラミングを6ヶ月で教えるということをやっているようです。

 

これは当然、日本での職を求めてのことです。
今、韓国は深刻な就職難に陥っていて、昨年の大卒就職率は56%と極めて低い水準になっています。このことから、景気がいい他国、とりわけ日本への就職を希望する若者が少なくないそうです。

しかし当然ですが、六ヶ月で習得できる程度のスキルであれば、日本国内にも同様の学校はたくさん有りますし、敢えてそこでビザの手続きなどの煩雑さを乗り越えてまで(韓国人にかぎらず)外国人を雇う積極的な理由が日本のIT企業にはありません。

 

あるとすれば、国籍・言語に限らず、すごい天才が居るとか、日本のIT企業が今すぐ欲しい即戦力・・・たとえばモバイルゲーム分野ならUnityに習熟しているとか、Webサービス業ならLAMPPに精通しているとか、Ruby on Railsに精通しているとかScalaができるとか、「欲しいけど人材がまだまだ少ない領域」のスキルを身につけていないと、「ちょっと言葉が通じにくいだけの人材」ということになってしまい、活用が難しい人になってしまいます。

 

特にいま韓国で教えられている、JavaとStruts、Tomcat、Springフレームワークといったトピックは日本国内にも仕事がないわけではないのですが、凄く限定的です。一方ねKOTRAから見ると、「IT企業」というのが全てひとつの業界、ひとつの業種のように見えているようです。

 

しかしそれは「アパレル業」を京都の老舗の着物屋さんからジーンズメイトのバイト店員まで同列に見做すくらい、間違ったことです。

求められるスキルが言語レベルで違います。

 

よく「日本語がもっと上手くならないとダメでしょうか?」と(日本語で)聞かれるのですが、日本語能力が問題になる人はむしろほとんど居ませんでした。日本人だって日本語が下手で意思疎通が困難、ということはよくあります。

むしろプログラミングスキル、ITスキルが低いことの方が問題で、そこをなんとかしなきゃならないのですが、今のところ打つ手がないようでした。

 

当然、求職フェアに第一線の求職者が来るわけではなく、本当に優秀な人は大学からそのままSAMSUNGとかLGあたりの大企業やGoogle、Facebookあたりに青田買いされているのだと思いますが、それにしても、この悲劇的なミスマッチには目眩のする思いでした。

特に驚いたのは、3月から学校(日本語とJavaを同時に勉強する人材開発院)に通い始めて、10月頃に卒業するんだけど、内定を貰えないか、という求職者が多かったことです。

それでは何も判断できません。

だってまだ2ヶ月と少ししか教育を受けていないわけです。プログラミングがどの程度できるかもわからない。その状態で内定を出せる会社はまともとは言えないでしょう。

 

しかし驚いたのは、日本語が皆、とても上手なことです。
しかも、日本語の専門教育を受けた、と称する人たちよりも、まるでそういう教育を受けていない、インテリアデザインや服飾といった別分野の経験を持つ20歳前後の女性の方が日本語が圧倒的に上手なのです。

 

どうやって日本語を覚えたのか聞くと、「子供の頃からジャニーズの歌や日本のアニメを見て、自然に覚えた」のだと言います。

 

考えてみると、今の20歳が6歳 の時、つまり2001年に、韓国政府は日本を含む海外のコンテンツを国内で開放しました。抗日教育と呼ばれる、日本を絶対悪の仮想的とした教育方針を改め、一部を除き全体的に公平な歴史観の教育へと切り替えたのです。

 

たいていの人も、自分が物心ついた、と認識できる年齢は5、6歳のはずでしょう。その頃から日本のコンテンツに自由に触れることができると、日本への認識は一切変わってしまったのかもしれません。今回、誰からも竹島(彼らの言う独島)の話も、戦後賠償の話もされませんでした。もちろん、日本で働こうという人がそんなことを言うはずもないのですが、10年前に訪れた時には想像もできないことでした。

 

会場に訪れた様々な学生の相談を聞いていると、会場のスタッフから「僕の相談にも乗って欲しい」と声を掛けられました。

彼は日本の有名大学に留学中で、帰省中のアルバイトとしてこの会場で働いているそうです。

 

「将来は日本の商社で働きたいと思っていますが、日本では軍務経験についてどういう印象があるでしょうか」

 

韓国の男性は皆、兵役義務があります。
この兵役義務は、かつてアメリカ合衆国にあったものよりもずっと厳しく、たとえ大学に入っていようと免除されることはありません。また、免除される場合はよほど健康状態や精神に問題がある場合のみであり、徴兵を免除されることはその人物にとって韓国国内では大変なダメージになるそうです。

有名な韓流スターが徴兵を逃れるため、アメリカ国籍を取得した時は国家的な大ブーイングとなり、彼は韓国への入国を禁止される、事実上の追放措置を取られました。

 

我々、純粋な日本人は韓国に兵役義務があることすら普段は意識していません。
履歴書には皆、「韓国陸軍○○大隊」などと軍務経験が書かれています。

 

みんながみんな戦闘員をやるわけではなく、多くは輜重業務に就きます。
それについてどう思うか、という質問でした。

難しい質問です。
私は精一杯おもうところを言葉にしてみることにしました。

 

「まず、軍隊というものがどういうものなのか、大半の日本人には想像することがとても難しい。そして日本人は世界一戦争が嫌いだ。だから少しビックリする人は居るかもしれない。しかし商社のような仕事で求められるのは、スキルだけでなくタフネスも大きな要素だ。軍務経験からタフネスをアピールできれば、好印象にもできるのではないだろうか。日本語ができることはさほど重要ではない。あなたは充分、僕と意思疎通ができているから、むしろ英語ができるようになるべきだ。二ヶ国語まで喋れる人はたくさんいるが、三ヶ国語を喋れる人はそうはいない。韓国と日本の文化、両方を知っている人もそうたくさんはいないでしょう。そういう、あなただけの武器を身につければ、あなたは充分魅力的な人材になるのではないかと思います」

 

私自身、一度はアメリカでベンチャーの立ち上げに参加して、それから日本に戻って起業することを選択した経験があります。

私がどうして敢えて日本に戻ってきたのかというと、アメリカにいても日本にいても、仕事をする環境にほとんど変わりはなく、むしろアメリカに居るほうが仕事の進みが遅いと感じたからです。

そして何より自分は日本人であり、自分の強みは日本人であることだけだということに気づいたのも大きな理由です。

日本語で思考し、日本語で言葉を紡ぐ日本人だけにできることを成し遂げるには、日本で会社を作るのが一番の近道だと、私は思いました。私はどの言語よりも日本語を扱うのが得意だからです。

 

アメリカで会社を作って、上手くやれないことはないかもしれませんが、AppleやFacebookのような会社を日本人の自分が作るのはほとんど不可能でしょう。あれは、アメリカで生まれ育ったというバックグラウンドがあって初めて可能な起業形態です。もしくは年齢の問題もあります。学生時代の友人がたくさんいる場所と、そうでもない場所ではぜんぜん違います。

場所の問題じゃないんです。生まれた場所に大きな影響をうけるのはワインくらいです。

イメージ的には、日本語がペラペラなアメリカ人が日本にやってきても、ホンダやSONYを作ることはできないということです。

SONYを創業した井深大と盛田昭夫が出会ったのは戦時科学技術研究会でした。

当時の日本に住んでいる日本人でなければできないことだったのです。

 

僕にとって日本で育った日本人であることは逃れることのできない現実です。
そして同時にそれは、世界で10億人が使う、英語「しか」使えない人たちに対し、世界人口の1/70しか使用できる人がいない「日本語」でも思考することができるという「武器」があることも意味します。

同様のことがハングルにも言えるはずです。

私はプログラマーとして、思考言語に英語しか使えない状態が、とても弱い状態に見えてしまいます。それは「C言語しか知らない」「Rubyしか知らない」というのと同じだからです。

プログラマーは新しいプログラミング言語を覚えるために新たな思考形態を手に入れることができます。

英語や日本語、ハングルのような自然言語にも、私は同様のことが言えると思うのです。

 

英語で会話していると、時々、日本語で「○○」と呼ばれる概念を英語にしようとするとうまく言えない、ということがよくあります。

ハングルにも同じことがあるでしょう。

だから本来は、韓国政府が力を入れるべきことは求職者に日本語とプログラミングを教えて日本で仕事を探すことではなく、韓国人が韓国人として、自らの強みを活かして海外で活躍できる方法を考え、その方針に則って教育することではないかと思うのです。

 

しかし学生たちの真剣な眼差しを思うと、どうも的外れなことを教育しているのではないかと思えてなりません。僕なら就職先がないなら会社を作るのもいいかなと思います。会社を作らせるのは多少無茶な気もするので、国で何人か抱えてインキュベーションをしたらいいんじゃないかと思うのです。

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韓国のホテルでは当たり前のようにiPadでドリンクメニューが出てきます。

こういうさり気なさは日本にないところです。
これはiPadを使っていますが、もっと安価なAndroidとかで日本に売り込むのも手です。
事実、日本の大半のシミュレーションゴルフに導入されているシステムは韓国製です。
そういうさりげないIT化は、むしろ韓国のお家芸なのです。

 

韓国は世界有数のIT立国なのですから、他国の価値観にあわせて働くよりも、韓国人らしい価値観で新しい価値を世の中に提案していくほうがずっと有意義なのではないかとも思うのです。

 

 

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。