私は先に「新しく出るiPhone 4Sには、2つの大きな市場がある」と記したが、この2つの市場 -- 既存のiPhoneユーザーと、スマートフォン未経験者の2つのうち、今日は前者について少し詳しく見ていきたいと思う。
下のグラフは、初代iPhoneから前モデルのiPhone 4までの出荷(=販売)台数を四半期ごとにならべてみたもの。複数の機種が平行販売されていた過去2年間については、それぞれの機種の推定台数をつかっている。
[現在までの機種ごとの推定出荷台数/縦軸単位は1000台]
このグラフ作成にあたっては、アップルのティム・クック(Time Cook)CEOが口にしていた「iPhone出荷台数の半分をiPhone 4が占めている」という発言を考慮に入れている。私はまず(まだ発表になっていない)今年7-9月期の出荷台数を2230万台と推定してみた。この推測値を含めた場合の累計台数は、9月末までで1億5130万台となる。次にこの1億5130万台の半分がiPhone 4と仮定すると、iPhone 4の累計台数はだいたい7500万台になる。グラフ中でiPhone 4の台数を示す赤い部分は、合算するとこの7500万台という数になる。そして残りの黄色の部分がiPhone 3GSの台数となっている。
このグラフからは、今年9月末までの機種ごとの累計出荷台数が次のようになることがわかる。
グラフの灰色の部分は、「この時期にiPhoneを購入したユーザーが、この先12ヶ月の間にiPhone 4Sへのアップグレードをいちばんしそう」ということを示したもの。ここでは、iPhoneを買ってからだいたい2年くらい経つユーザーがアップグレードを検討している可能性がもっとも高く、最近になってiPhone 4を手に入れたユーザーはしばらく先までアップグレードしない、と仮定している。この試算のアプローチだと、買ってから一定の時間が経ったiPhoneはすべてアップグレードされると仮定することになる。その場合の答えは約7000万台となってしまう。ただし、現実にはすでに使われなくなっているものもあり、それらの多くはiPhone 4への買い換えで使われなくなったものかもしれない。なので、7000万台という数字は試算する上での最大値としておく。その上で、もう少し具体的に検討してみる必要がある。
もうすこし正確な予測をするために「確度の分布」("probability distribution":以下、PD)という要素を加えてみたのが下のグラフ(青線)。ここでは2つのケースを想定する。(1)は2009年10-12月期から2010年7-9月期にiPhoneを購入したユーザーが想定の対象となり、購入時期の違いによる買い換え可能性の変動はないという仮定、そして(2)は2009年4-6月期から2010年10-12月期の購入者が対象で、購入時期の違いによって買い換えの可能性が変わると仮定している。
(1)の場合は簡単で、iPhoneを2年前に買ったユーザーの9割がiPhone 4Sに買い換えると仮定すればいい。それに対し(2)の場合はもうすこし範囲も広く、購入時期の違いも加味するため、その分緻密な試算となるが、ただし買ってから2年前後のユーザーがもっとも可能性が高いという点は(1)と同じ。このPDはどちらも推測に過ぎないが、これをとっかかりに検討をはじめることにする。
対象期間の販売台数にPDを掛けてみる。(1)の場合、確度はいずれも90%で、それを示したのが棒グラフの半透明のグレーで覆われた部分。(1)では、今後12ヶ月間のアップグレード予想台数は約3600万台となる。
これと同じ操作を(2)でしてみた結果が下のグラフ。半透明のグレーの部分の形が(1)とはだいぶ違う。
しかし、アップグレード予想台数については約3620万台と(1)とほぼ同じ答えになる。違う角度からのアプローチだが、両方ともほぼ同じ数字がでてきた。これらの数字が信じられるものかどうかは、私にもわからない。実際のPDはこれらとはまったく異なるものかもしれない。ただし、この3600万台前後という台数はとても控えめなものだと私は思う。試算上の最大値(約7000万台)の半分程度に過ぎないのだから。
この試算が興味深い理由
その理由は2つある。
まず、この試算をすることで、この先数四半期にわたるiPhoneの販売台数をある程度正確に予測できるようになる。これをしてみるまで、私自身の(年間販売台数の)推定は1億4000万台だった。この数は妥当なものだろうか。重要な市場(潜在顧客層)には「これまでiPhoneを持っていなかった未経験者」も含まれると前に書いた。ほぼ「確定」といえる買い換え顧客の数を約3600万とすると、1億4000万からそれを引いた残りの1億400万台は「未経験者」が買う、ということになる。これは妥当な数と思えるだろうか。[1]
過去12ヶ月間のiPhone販売実績が約7600万台、しかもその大半は「iPhone未経験者」が買ったものだった。さらに、アップルの流通チャネル(=iPhoneを取り扱う携帯通信キャリア)は増え続けており、これからも増加は続くだろう[2]。つまり、アップルはこれまでとそう変わらない頑張り方をしていれば「未経験者」の市場から新たなユーザーを獲得できる可能性がある。そして、この手つかずの市場に10億人単位の潜在顧客がいることもわかっている。はっきりとした需要がそこにある。
また、こうした試算は競合各社との比較という点でも面白い。マイクロソフトなどの競合他社では、10月4日のイベントで「iPhone 5」が発表されなかった点に触れ、「大きなチャンスが手つかずのまま残された」と主張しているが、上の試算で示したようなレンズを通して世界をみていれば、そうした考えは起こらないだろう。彼らの目には「新たに販売されたスマートフォンの買い手は、前機種からの買い換えか、新規購入者に違いない」と映っているのだろう。
だが、アップルの競合他社には、購入から2年も経った製品を使い続け、買い換えを視野に入れているようなユーザーはいない。初期のモデルを試しに買ってみたようなGalaxyユーザーがアップグレードを望んでいるといった例は確かにあるだろうが、その数はごく少ない。新しい「Mango OS」搭載端末へのアップグレードをいまにもしそうなWindows Phoneユーザー(とWindows Mobileユーザー)はいない。「「大きなチャンス」云々という競合他社は「アップグレード」というレンズを通して世界を見ていないから、自社製品を購入する顧客を、製品スペックや目新しさに惹かれてiPhone 5を買っていたはずの人たちと見なすことになる。
しかし現実には、iPhoneユーザーが他社製品に買い換えることを期待するのは難しい。iPhoneユーザーの満足度は90%を超えている。またアップル製品ユーザーのブランド・ロイヤリティの高さもよく知られている。アップルのユーザーはMacやiPad、iPodをずっと選び続ける。さらに、iTunes、iCloud、すでにインストールされているアプリや、iOS 5で新たに追加されたiMessageなど、iPhoneという城塞のまわりに張り巡らされた「堀割」があり、これがアップルの顧客ベースを他社から守る役割を果たしていることもよく知られている。
こうした強みをひとつでも持っている競合他社はない。買い換えを検討するほど購入から時間が経った既存ユーザーもまだいなければ、ターゲットとする他社製品のユーザー層もない。彼らに残されているのは、スマートフォン未経験者の市場だけ。スマートフォン・ユーザーの市場に比べれば、こちらのほうが少しは分が良いといえるが、アップルにも少なくとも他社の同じ程度の勝算があることは間違いない。
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注
[1] 「12ヶ月間の販売台数 1億4000万台」という予想は、おそらくコンセンサスを大きく上回るものだろう。1億4000万台といえば、前年対比で84%増にもなる。私が目にした予想の中には、成長率30%以下とするものもいくつかあった。上記の分析を信じるとすると、コンセンサスの数値は壊滅的にひどいものに見え始める。
[2] アップルの流通チャネル数については、iPhoneがすでに販売されている国の数や取り扱いキャリアの数を基準にしている。以前にくらべればずいぶん増えたが、ノキアやサムスンに比べれば約3分の1、またRIMと比べてもまだ半分程度に過ぎない。
(執筆:Horace Dediu / 抄訳:三国大洋)
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