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日本政府は、建設や介護の分野を中心とした労働力不足への対応として外国人労働者の受け入れ拡大を検討しています。また、2020年のオリンピックに向け、観光などで一時的に日本を訪れる人も増えることが予想されています。地域的に昔から国境を超えた人の移動が多く、また外国人労働者や移民を多く受け入れてきたヨーロッパは、日本が現在直面している変化を先取りしてきたとも言えるでしょう。ロンドン在住でWirelessWire Newsにもコラムを執筆している谷本真由美氏に、MVNOや最近のイギリスの通信サービスについてお話を聞きました。

移民と外国人労働者に特化したMVNOが急成長

菅野:本日はよろしくお願いします。早速ですが、私、ヨーロッパに出張に来るたびに、MVNOが日本に比べると数も多いしサービスの多様化も進んでいると感じているのですが、最近の新しいサービスで特徴的なものはありますか。

谷本:今、ヨーロッパでは移民や外国人労働者がものすごい勢いで増えていますが、それに対応したMVNOというのが出てきています。イギリスでLebara Mobileという低価格のプリペイドSIMを提供しているMVNOは移民と外国人労働者に特化したサービスを提供していて、データ通信は割高な代わりに音声通話がものすごく安いんです。こういうMVNOはEthnic MVNOと呼ばれています。2011年にはアクティブユーザーが300万人に達し、イギリスの最大手スーパーであるTESCOがやっているMVNOであるTESCO Mobileのアクティブユーザー数を抜きました。

同社の創業者であるYoganathan Ratheesan氏は、15歳の時に、スリランカの紛争のために家族で難民としてイギリスにやってきました。父親は衣服製造工場で働いていたそうです。インドのボーディングスクール(寄宿舎がある私立学校)に通った経験がありましたが、渡英当初はイギリスに馴染むのにかなり苦労したそうです。それでも勉学に励み、大学では航空宇宙工学を選考し修士まで進みます。学費を稼ぐためにバーとコーリングカード(カードナンバーを入力して使用するテレフォンカード)の販売のアルバイトをやっていましたが、ヨーロッパでは故国との間で音声通話をしたいという移民のニーズが高いということに気がつき、25歳の時にLebara Mobileを創業します。最初はオランダでコーリングカードの販売を手がけ、2004年にはKPNの子会社であるTelefortから回線をレンタルしてプリペイドSIMの提供を始めます。

菅野:たしかに、イギリスは移民や外国人労働者を広く受け入れている国という印象がありますが、「外国人労働者と移民に特化した通信サービス」というのは、音声が安いこと以外に何か特徴があるんですか?

谷本:ガーナ、インド、パキスタン、ナイジェリア、スリランカなど、イギリスに多数住んでいる移民の故国向けの料金が1分01ペンスとか、とにかく激安なんです。EUやイギリスの旧植民地向けにはパッケージサービスもあり、例えば、バングラデシュの場合、5ポンド払うと100分通話可能、ポーランドの場合、5ポンド払うと200分通話可能で、クレジットが一週間有効です。で、SIMカードも、その地域から来ている外国人が多い街の駅や路上などで、人が手配りします。移民の人で、同じ言葉を話す人を営業に配置して、アグレッシブにサービスを提供しているんです。配り方は日本のティッシュ配布に似ていて、とにかく大量に、手当たり次第に配っています。

SIMカードのほとんどはプリペイドで、他のイギリスのMVNO同様、購入に身分証明書は必要ありませんし、アクティベーションも無用です。携帯にさすだけで使えます。Lebaraの場合は、最初に配布される無料のSIMカードに、無料通話時間とデータ通信サービスがおまけでついています。また、これはイギリスの他のMVNOと同じですが、トップアップ(SIMカードへの課金)が大変容易です。ネット、携帯のTextメッセージ、携帯からコールセンターに電話する、銀行のATM、スーパーのレジ、コンビニ、個人経営の小さなタバコ屋など、ありとあらゆるところで課金が可能です。日本だと個人経営の小さなタバコ屋(というのが最近は減っていますが)や、駅では課金できませんけども、こちらではごく当たり前です。あちこちの建物の窓が割れていて、警官がパトカーで巡回していて、路上に麻薬中毒者が倒れているような街角の、今にも潰れそうなかなり怪しいタバコ屋や、SIMロック解除をこっそりとやっているような怪しい携帯屋の店頭ですら現金やデビッドカード、クレジットカードで課金が可能です。

クレジットカードや銀行口座がなくても、現金で課金できるので渡英したばかりの移民や、銀行口座を作れない人、ネットの使い方がわからない人にはありがたいサービスです。こちらの銀行口座の普通預金には、口座残高が足りない場合に、不足分を銀行から借りる形で引き落とすサービスが付いているので、イギリス国内で十分なクレジットヒストリー(お金を借りて、どのように返したかの記録)や、賃貸契約書、光熱費支払いの領収書などがない人は、口座を作ることができないことがあります。渡英したばかりの移民や、誰かの家を間借りしている短期滞在の外国人、家族に呼び寄せられた高齢者、不法就労者にはそういう書類はありませんので、プリペイドSIMに現金で課金できるサービスは大変便利なんです。

▼Lebera Mobileの料金の一例(http://www.lebara.co.uk/prepay/rates より)
Lebera Mobileの料金の一例
lebera-tariff

イギリスに来ている外国人労働者ですが、まず、他国人であってもEU市民であれば、住むのには居住許可が必要ありませんし、労働許可無しで働けますから、EU加盟国の人がどんどん来ています。イギリスはEU加盟国ですから、EUからやってくる移民の数を一切制限することができません。イギリスには一年間の間にやってくる移民が30万人ぐらいですが、その約半分がEU出身者です。失業率が高いスペイン、ギリシャ、イタリアからも人がたくさんやってきますし、イギリスは報酬が高いので、フランスやドイツからやエンジニアやIT関係の人などの専門職も移民してきます。医師や看護師もEU出身者が多いです。最近はルーマニアやブルガリアなど旧東欧地域の人が多いです。イギリスにやってくる理由は、賃金格差、福祉、教育、医療のレベルの高さです。イギリスにやってくれば、最低賃金は6.7ポンド(時給1200円程度)ですし、単純労働であっても月に20万円、30万円稼げます。ブルガリアやルーマニアの田舎だと、現金収入がほとんどない様な地域もあります。次に多いのがパキスタン、ジャマイカ、インドなど旧植民地出身の人が、親戚を呼び寄せたりします。旧植民地は非EU出身者に比べると、比較的簡単にビザが取れます。

最近増えているのは、シリア、アフガニスタン、あとは日本であまり報道されていませんがアルバニア、ナイジェリアのイスラム教徒、ガボン、シエラレオネなどの紛争地からくる難民の方です。この人達はビザが無いので密航するしかなくて、トラックの荷台に侵入したり、ドーバー海峡のトンネルを歩いて渡ってきたり…そのくらい必死なんです。

今、ドイツに難民が押し寄せていますけれど、ドイツで難民認定を受けて永住権が取れたら、イギリスに来る人も多いと思うんです。イギリスは英語が通じるのでヨーロッパの他の国より仕事がしやすいし、社会的にも仕事さえできれば出身国とか人種とか関係なく雇用するという文化があって、働きやすいので。イギリスは規制もあって警察も厳しいけど、不法就労できるブラックマーケットもたくさんあって、それを皆知っているので来るんですよね。また特にロンドンだと外国人が多いため、住んでいても目立たない上に、自国のコミュニティがあるので、多様性がイギリスに比べたらうんと少ない欧州大陸に比べ、住みやすいです。個人主義なので他人には構わない人が多いのも住みやすい理由です。

シンプルでわかりやすい料金プランじゃないと売れない

イギリス

菅野:そうした移民向けのサービスで今後出てきそうなものを予想してみてください。

谷本:インターフェイスを彼らの母国語で提供するビデオチャットのサービスとかあれば流行りそうですね。先ほどのLebaraのようなボイスに特化したSIMが流行るほど、とにかく彼らはしゃべるのが好きなので、データを使っておしゃべりができるサービスがあれば使うのではないかと思います。なぜ喋るのが好きなのかはわかりません。ちなみにイタリアやスペインも音声通話が大好きな人が多いです。文字文化と話し言葉の文化の違いでしょうか。電車やバスの中で一時間ぐらい話している人も珍しくありません。

菅野:広告モデル的なものはどうなんでしょう。以前、イギリスでも完全広告モデルで、広告を見たら何メガバイトかデータ通信容量を増やすとか、無料通話を30秒とか、そういうMVNOがあったような記憶があるのですが。

谷本:私が知っている限りでは今はないように思います。イギリスにはローミングに特化したMVNO、 M2M通信に特化したMVNO、Age UKのようなチャリティ団体が老人向けにやっているMVNOなど様々なMVNO があり全部で115社ほどありますが、知っている限りは完全広告モデルというのはないです。

菅野:スーパーマーケットがMVNOというと、日本でもイオングループなどが提供していますが、あんな感じですか?

谷本:もっとアグレッシブですね。TESCO(イギリス1位のスーパーマーケット)はかなり前からやっていますし、Sainsbury's(イギリス2位のスーパーマーケット)も、百貨店なども提供しています。スーパーはレジのところでプリペイドSIMカードを並べて売っています。

▼ Sainsbury'sの店頭。写真中央のレジ手前にあるオレンジ色のラックにSIMや保険のパンフレットなどが入っている。
20151001-sainsbury

お菓子や雑誌も置いてありますが、自社がやっている保険サービスやSIMの売り込みの方が目立ちます。それで、スーパーのポイントサービスを使って、プリペイドSIMをチャージできたりする。サービスのエコシステムがデザインされています。ちなみにこういうスーパーのプリペイドSIMカードも、ネット、ATM、個人経営のタバコ屋など、様々なとことで現金で課金が可能です。

イギリスだとスーパー以外にも郵便局やチャリティ団体がやっているものもあります。ここの金融サービスと同じで、MVNOも他業種からの参入が多く、競争が激しいです。

菅野:やはり顧客接点を持つ業態は強いということですか。

谷本:顧客接点があるのは強いです。対面でSIMを販売できますので、ネットやスマホを使わない老人や移民などの層にもサービスを売り込むことが可能です。自社の既存サービスとの抱き合わせ販売も可能になります。

菅野:日本だと、一部MVNOが自社の提供するアプリについてはデータ通信量にカウントしないといったサービスを始めていますが、ヨーロッパではまだそういうものは出ていないですか?

谷本:自社の提供するアプリについてはデータ通信料をカウントしない、いうのは、知っている限りはありません。もっとシンプルに、「何ポンドのプリペイドでデータ量これだけ、通話これだけ提供します、有効期間は1ヶ月」といった単純な値付けです。というのは、きめ細かい条件をつけて料金を設定しても、ユーザーはそこまで細かく情報を見ませんから。とにかくいろいろな国の人がいるので、英語が読めなくても分かるような、自動販売機でも売れるような、単純なものにしなくてはいけないし、そのほうが売れるんです。

もっとも、フランス、イタリア、スペインなど大陸欧州の方はイギリスに比べるとちょっとわかりにくいし買いにくいかもしれません。自販機もないし、プリペイドSIMを買おうと思ってもオペレーターの支店までいって、何のために必要なのかをしつこく説明しないと買えないです。

国によっても対応が違って、しかも例えばこれはフランスでの体験ですが、OrangeでプリペイドSIMを買うために店頭に行きましたが、そもそも店頭にプリペイドSIMがあるという宣伝が全然ありません。カウンターの人にもみやみやたらに会うことができません。まず店頭に立っているスーツを着た案内係のイケメンに「どうしてもプリペイドSIMを買いたい」と伝えます。英語が微妙な人も多いので、伝えるのが大変です。そして、やっとのことで、カウンターにいる人に「面会する」アポイントを取ることができます。40分ぐらい待たされてやっと順番が回ってきます。一人一人丁丁寧に接客するので、時間がかかります。これは大陸欧州の銀行や郵便局と同じスタイルです。カウンターの人にプリペイドSIMが欲しいというと、やっと奥から出してくれるのですが説明は全部フランス語で、トップアップの仕方も何も意味不明です。料金プランも限られている上に割高です。トップアップできる場所も限られているので、イギリスとは大違いです。イタリアやスペインのオペレーターの多くもフランスと似ています。一方で、ハンガリーはサービスの良いオペレーターが多く、すぐにカウンターに通してもらえますし、担当も英語が流暢な人が多く、説明も丁寧、売る気満々です。

菅野:ちなみにイギリスではMVNOの接続先はどこになるんでしょう。

谷本:それはいろいろですね。EE、British Telecom、Virginなど大手のMNOが接続先になっています。

CATVからNetflixへ利用者の大移動が起きている

菅野:MVNOも多いですが、一つの事業者の中でも料金プランの種類がいくつかありますよね。通話時間やデータ通信量だけではなくネットの使われ方に応じた料金体系、たとえばFacebookとメールだけ使えれば良いという人にはそのアプリについては使い放題で、その他の用途については+100MBまでしか使えないとか、そういう料金体系というのはもうありますか?

谷本:今はまだ無いですけど、将来的に出てくるんじゃないかという気が私はしています。特にヨーロッパではいまNetflixのようなビデオ系のサービスが急成長していて、中でもイギリスではNetflixがケーブルテレビ(以下CATV)や衛星放送を追い越しそうな勢いで加入者が増えています。というのは、価格が全然違って、Netflixの一番安いパッケージが6ポンド9ペンスに対して、衛星放送やケーブルテレビって30ポンド近くしますから、とても高いんです。ここを狙って、ISPから、「動画サービスを見るためのパッケージ」というのはこれから出てくるかもしれません。ちなみにイギリスではNetflixの会員は450万人を越えています。

菅野:アメリカの場合は地上波テレビの電波が届かなくてほぼ全戸がCATVに加入しているという事情がありますが、ヨーロッパの場合はどうなんですか?

谷本:ヨーロッパはアメリカほど広くないですから、テレビの電波が入らない、ということはないです。元々ヨーロッパはアメリカとはテレビ放送に対する規制のフレームが全然違って、とても保守的なんですね。例えばイギリスでは1980年頃まではテレビのチャンネルは3つしかなくて、80年代になってからようやくチャンネル4とITVができて5つ見られるようになりました。CATVや衛星放送が広がったのは2000年以降で、一気にチャンネルは50とか100とか見られるようなりました。でも消費者の側は元々「なんでテレビにお金を払うんだ」という気持ちが強く、ケーブルサブスクリプションに対する心理的なバリアが非常に高いんです。

菅野:その辺は日本と少し似ているところがあるかもしれませんね。

谷本:そうですね。ある意味日本よりも遅れているかもしれません。潜在的に不満を持っていた人たちが、わっとビデオ系サービスに流れているのでしょう。

菅野:今、イギリスのインターネットの全トラフィックのうち、Netflixは既に20〜30%ぐらいを占めています。しかし一方で、ヨーロッパの通信事業者ではクワッドプレイ(モバイル、固定電話、インターネット、CATVの一体提供)を推進していたりしませんか?Netflixの契約者がそれだけ増えると、CATVはいらないという人も増えるのではないかと思うのですが、戦略的には問題ないんでしょうか。

谷本:Virgin、Sky、British Telecomなどの通信事業者がNetflixの契約をインセンティブにしていたりしますし、テレビのバンドリングはやめてブロードバンドのみのプランに変えようという人が増えていると思います。うちもテレビのバンドリングはやめようかと思っています。

後編に続く

菅野真一

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