フジテレビの凋落と八百万(やおよろず)のAI
AI, you are (not) alone.
2016.05.24
Updated by Ryo Shimizu on May 24, 2016, 08:44 am JST
AI, you are (not) alone.
2016.05.24
Updated by Ryo Shimizu on May 24, 2016, 08:44 am JST
■無人化するフジテレビ
先日、フジテレビのモーニングセミナーというのに呼んでいただいて、朝っぱらから目がさめるような背筋が凍りつくような話をして欲しい、とのことだったので「では"フジテレビはこうして滅びる"というタイトルはいかがでしょう?」と言うと、「それはいい!」とオオウケだったので、半信半疑でスライドを作りました。
まあ実際は滅ばないんですけど、フジテレビさんは今大変な苦境に陥っていて、カンフル剤となるような刺激的な話が聞きたいとのことで、頑張ってAIにフジテレビを無人化させました。が、無人になるだけで儲かってしまうので結局滅びませんでした。チャンチャン、というオチに。
あと、テレビ局の社長って、叩き上げで、ドラマのプロデーサーとかアナウンサーとかがなるケースが少なくないのですが、そもそも経営者をそのように選ぶこと自体が間違っています。
名選手必ずしも名監督ならず、ではないですが、経営スキルとクリエイターとしてのスキルが両立することは滅多にありませんし、経営スキルよりも社内での政治力や知名度で「会社の顔」としての役割を期待されているのかもしれませんが、それならタレントでも社長にすればいいわけです。
そうして今現在、フジテレビは未曾有の危機的状況にあり、危機感だけが蔓延しつつも、どこかみんなのんびりと「とはいえ既得権者だから会社が潰れることはあるまい」と思っているのかもしれません。
IT企業や欧米では創業者が経営者を兼ねているところは非常に少なくなっています。
事業を作り出す(創業)能力と、組織を経営する能力が切り離されて考えられているからです。
たとえばセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジによって創業されたGoogleはかなり早い段階でエリック・シュミットという経営者を招聘しています。
数少ない例外がマーク・ザッカーバーグのFacebookですが、ベンチャーキャピタルから送り込まれた経営のプロたちが脇を固めているのは言うまでもありません。
また、巨大になりすぎた企業、たとえばMicrosoftも、ビル・ゲイツが退いた直後は叩き上げのスティーブ・バルマーを起用しましたが、ほどなくしてMicrosoftが買収したベンチャー企業の経営者、サティア・ナデラに引き継いでいます。ナデラの手腕はたいしたもので、ナデラに変わってから二流の会社に落ち込んでいたMicrosoftは若さと元気を取り戻した感があります。
任天堂の故・岩田聡社長も、叩き上げではなく、山内会長が「これは」と見初めて、彼を社長にするという条件でHAL研究所を援助し、その後に任天堂の社長を始めて引き継ぎました。
角川書店もベンチャー企業(というには大きいですが)のドワンゴと合併し、合併後の(株)カドカワの社長をベンチャーの創業者である川上量生社長に引き継ぎました。
このように、変化の激しい世界では、経営スキルのある人間を招聘して経営していくのは珍しくないのです。
会社は、どんなに大きな会社であっても、何年かに一度はビジネスモデルの大きな転換を迫られます。
立ち上がったばかりの小さな会社なら、数ヶ月単位で仕事を変えることもあります。軌道に乗ってきた中規模の会社の場合でも、3年に一度は全く別のビジネスを始める必要があります。ITの世界では、同じ業態は3年は続かないからです。これが会社が大きくなったり、長く続いたりするとスパンが間延びしていきます。
ところが大きな会社、儲かっている会社ほど、この「創業」の間隔は長く間延びしていきます。
我々の会社で最も長く続いた業態が5年だとして、社歴の1/3です。
どんな仕事でも、立ち上げを経験している人間は強いので、創立当初の人間の大半は未だに会社に残っています。ゲームを作るようになったときには人の入れ替わりが激しくなったのですが、ゲームで一度おお負けをして、組織を再編してからはかなり落ち着いています。
そう考えると、テレビ局というのは、業態転換をほぼしないわけですから、半世紀も同じ仕事をしていることになります。放送免許があるのであぐらをかいているうちは良かったのですが、これから新しいことをしようとすると、そもそも社内に放送に変わるような新規事業を立ち上げるノウハウも人員もいません。結果的に、眠っていても儲かってしまう会社は、社長は叩き上げにしておいて社員も「いつかは俺も社長に」という夢を見せるのが一番いい、ということになっていたのでしょう。
式年遷宮ではないですが、定期的に「創業」をする習慣を身につけ、新しいメンバーに創業を体験させることは会社が生き残る方法として有効だと思います。
大きく勝った会社ほど、創業を繰り返す必要がなくなるため、しだいに想像力が衰えていくのと、ちょっとやそっとの売上や利益貢献では社内で出世していけないため、どうしてもそのとき儲かっている本業に人が群がるという性質をとめることは難しくなります。
フジテレビは、しかし「今がチャンス」と怪気炎を上げる幹部も居ます。
それまで大きく勝ちすぎたからこそ、社の上層部は危機感を共有していて、これから社内の制度を一気に作り変える、まさに「創業」するチャンスということです。
■AIには個性がある。
講演の後の食事会で、こんなことを聞かれました。
「AIをやってる人たちって、人間を超えた存在を作ろうとしているってわけですよね?それってつまりキリスト教的な意味での"神"を作ろうとしているんじゃないですか。それが僕は恐ろしくてね。唯一絶対全能の神みたいなものを人間が創りだしてしまったら、我々はどうなってしまうんでしょう。Googleは神になろうとしているんですか」
なるほど、確かにGoogleは或いはそれを目指しているのかもしれません。
Googleというビッグブラザーが全てを統治する世界。まるでハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」のようです。
しかし実際には、それは不可能です。
競争相手は無数にいますし、たとえGoogleが半導体から作っていたとしても、それで他の会社が対抗できないということを即座には意味しないのです。
その昔、「世界に必要なコンピュータは五台だけだ」という有名な妄言がありました。IBMの祖、トーマス・ワトソンが語ったとされていましたが、それはガセネタのようです。
重要なのは、「世界に必要なコンピュータは五台だけ」という言葉の裏側にある意味です。
これは五大陸それぞれに一台ずつあればいい、という考え方が元になっています。
まさに中央集権的な発想ですが、アメリカではロボットやAIが、まるでスタートレックに出てくるボーグのような、無数の身体を持ちながらも心と脳は繋がっていて、あるボーグを攻撃すると他の全ボーグが瞬時に免疫を獲得してしまうような、そんな恐ろしいものだと考えているようです。
しかし当然ながら、光の速度は有限ですし、いくらMicrosoftが強く望んでも、全てのWindowsがWindows10にアップグレードされるわけではありません。
現実には、AIはひとつではなく、複数生まれることになるでしょう。
たとえば下図を見てください。
これは2つの畳込みニューラルネットワークの第一層を可視化したものです。
左と右、どちらが高性能か、慣れてくると一目瞭然で右のニューラルネットワークのほうが高性能とわかります。
非常にクッキリしているからです。
この第一層は、画像を直接畳み込むフィルター群を形成しています。
ニューラルネットワークは、初期値がランダムに与えられます。そこから学習が進めば進むほど、性能が上がれば上がるほど、モノの特徴を掴んでどんどん右のようにクッキリしてくるのです。
フィルターだと考えると、クッキリしているほうがよいフィルターであることはわかると思います。
実はニューラルネットワークの場合、全く同じ構造であっても学習データセットや学習のさせ方、そして初期値によって個性が出ます。ひとつひとつが違うニューラルネットワークになり、コピーしたのでもなければ2つとして同じニューラルネットワークはありません。
これが面白いところであり、恐ろしいところでもあります。
ニューラルネットワークは、たとえ全く同じプログラムで書かれたものであっても、学習した過程によって全く異なる個性を獲得するので、リアルタイムに学習を続けるような装置が開発されれば、育てば育つほど別々の個性を獲得するようになるはずです。
IoTをInternet of Thingsではなく、Intelligence of Thingsと呼ぼうという運動を昨年からしているのですが、もし仮にIoT機器に深層ニューラルネットワークが搭載され、リアルタイムに学習していくようになった場合、それぞれのIoT機器が別々の個性を持ったニューラルネットワークに成長することになります。
全てのIoT機器、全てのコンピュータが全て別々の個性を持ったニューラルネットワークを持つとき、AIは唯一絶対の神ではなく、日本古来の八百万の神になるのです。それならそれで、楽しいのではないかと思います。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。