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熊本地震から100日、現場から見た支援の課題(2)災害救援に「支援の質」向上の考え方を

2016.08.03

Updated by Asako Itagaki on August 3, 2016, 11:50 am JST

シンポジウム「民間・行政・医療 それぞれの立場で語る熊本地震100日史 ~あのとき現場で本当は何が起きていたのか~」から。「(1)民間のボランティア組織とドローンの活用」に続き、第2回は医療の立場から見た課題を熊本赤十字病院国際医療救援部の曽篠(そしの)恭裕氏が語る。

▼熊本赤十字病院国際医療救援部 曽篠恭裕氏

震源地から一番近い病院

熊本赤十字病院は日本赤十字社初の「国際医療救援拠点病院」に指定されており、日本赤十字社の国際医療救援資材(ERU)の研究、開発、保管および救援要員の教育を担っている。曽篠氏自身、国内・海外合わせて災害時の救援ミッションに10回参加しており、現在は業務のかたわら熊本大学大学院で緊急避難や防災をテーマにした研究に携わる。日本で最も災害支援の経験を積んだ病院は、今回の熊本地震で「震源地から一番近い病院」となった。

熊本赤十字病院は「いざというとき役立つ病院である」ことを掲げ、基準を大きく上回る25-50%増の耐震構造や一部重要施設の免振構造、350トンの貯水槽など、平時から地震に対する備えを行っている。

▼熊本赤十字病院は平時から地震に備えていた。
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4月14日の震度7の前震の時には、診療継続と共に帰宅困難な被災者の受け入れも行っている。また、14日深夜には最も被害が大きかった益城町へ救援チームを派遣した。

ところが16日未明に再び震度7の本震に襲われる。建物は壁にひびが入り、天井の一部崩落、正面玄関のガラスが破砕されるなど大きな被害を受けた。

▼本震後の熊本赤十字病院の建物被災の様子。相当ひどい被害だが、「マシンルームは免振構造をとっていたことにより、カルテデータ紛失という最悪の事態は避けられた」(曽篠氏)とのこと。
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近隣の病院も被災して診療継続ができず、患者はどんどん運ばれてくる。診察室も被災のため一部使えなくなっていたので、広い廊下を診療スペースとして来院者の診察を行った。「ここで助かったのが、隣の熊本県立大学で帰宅困難者の受け入れをしていただけたこと。避難してきた方を学生さんに誘導をしていただいたことで、より多くの患者さんを受け入れることができました」(曽篠氏)

救援に携わる病院スタッフ自身もまた被災者でもある。病院の業務だけでなく、自宅の片づけや家族のケアもしなくてはいけない。避難所や車中泊から通勤しているようなスタッフもいた。スタッフが自宅に戻れるように、日本赤十字から284名の人員支援があった。

▼4月28日に病院スタッフを対象に実施したアンケート。皆疲れ切っている。
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赤十字のERU機材で診療を立て直す

先に述べた通り、熊本赤十字病院には国際医療救援資材(ERU)が保管されている。ERUにはいくつかの種類があるが、日本赤十字は熊本とドバイに基礎保険ERU(診療所レベルの保険医療に対応)を、いつでも即座に輸送できるよう梱包された状態で保管している。海外での災害発生時には、そのまま飛行機に積み込んでスタッフと共に世界中に飛んでいく。

▼ERUの種別。
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▼標準的なERUの内容。発電機、テント、照明装置、水、食料、衛星用品、薬、手術用品などが含まれる。
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今回の熊本地震では発災直後からこれらの機材を使用して院内の機能維持が行われた。

▼赤十字病院の課題に対してERU機材を活用して対応した。
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「病院は小さな社会なので、社会インフラ網がぎゅっと凝縮されている。社会インフラにおこることが病院ではすべておこると考えている」(曽篠氏)16日の本震では4時間の停電が発生し、停電した救急部門の照明にERUの照明装置が利用された。また、水は1週間断水し、本震から3日目の18日には透析や手術が困難なレベルにまで貯水槽の水位が低下。自衛隊や国土交通省による給水に、ERU資機材のポンプと車両を活用した。

「診療継続支援」という初めての試み

ERUは赤十字病院だけでなく、近隣の医療機関や避難所支援にも活用された。

赤十字病院の近隣には、建物損壊や停電などで診療できない病院があった。これらの病院には、大型テントによる外来スペース確保や発電機の提供により、診療の継続を支援した。

「少し助ければ診療が続けられるという状態からの支援は初めてだったが、現地の医療スタッフが役割を果たせることによる尊厳や仕事を続けることによる収入確保という点で意義があります。医療チームが入って救援するだけでなく、側面から医療施設を支援するやり方もこれから研究する必要があると感じました」(曽篠氏)

非常時に明らかになった指定管理者制度の課題

また、避難長期化に伴い衛生状態の悪化と感染症発生が懸念される避難所には、手洗い場所やシャワールーム設置による衛生環境改善、感染症発生時のための隔離スペース設置や専門の看護師・ノンメディカルスタッフの派遣を行った。

「小さいことだが大事なこと」と曽篠氏が指摘するのが、着替えができる隔離されたスペースを作ることだ。女性の更衣室や授乳スペースとして利用するだけでなく、通学する児童生徒の着替え、排せつ介助が必要な高齢者、人工肛門装着者など、隔離された場所を必要とする人は多い。

だが、避難所によっては、管理者の理解がなかなか得られず、こうしたスペースを設置するのが難しいところもあった。「我々スタッフは避難所の状況を見れば被災者のニーズが把握できるが、避難所を管理する人が専門のトレーニングを受けていない場合ギャップが生じている。それが課題だと認識しました」(曽篠氏)

熊本に限らず、指定管理者制度による公共施設の民間への運営委託が行われているが、運営を受託した団体に、災害時の避難所をどう運営してもらうについての研修教育はまだ追いついていないのが実情だ。

「支援の質」向上が課題

「避難所には屋根と食べ物があれば良いというわけではなく、そこで支援を受ける被災者が尊厳を保つことができるような『支援の質』を確保することが重要だ」-国際的にはそのような考え方が主流になっている。

被災者の「尊厳のある生活への権利」「人道援助を受ける権利」「保護と安全への権利」を実現するために、人道援助を行うNGOのグループと国際赤十字・赤新月運動によって1997年に「スフィアプロジェクト」が開始された。プロジェクトでは、人道憲章の枠組みに基づき、生命を守るための主要な分野における最低限満たされるべき基準を定めて「スフィア・ハンドブック」にまとめている。

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「ハンドブックには一人当たりのスペースの広さや水の量など細かい基準が定められているが、国内にはまだ普及できていない。我々国際活動しているスタッフの反省点です。最初の段階で満たすのは難しいけれど、支援の質を確保する意識は大事だし、普及していかなくてはいけないと考えています」(曽篠氏)

曽篠氏が提案しているのが「スマートデザインシェルター構想」だ。全国の公共施設に蓄電池、給水機材、衛星用品、循環式トイレなどを配備しておき、災害時には被災地外から避難所に移設して避難所を強化する。

▼できるだけ多くの施設に配備することが鍵となる。
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また、熊本赤十字病院と民間企業で、「災害に強い避難所機能の研究開発」として、リチウムイオンバッテリーや移動式水洗バイオトイレなどの共同開発にも取り組んでいる。

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「特にトイレは、汚れていたり数が足りなかったりといった理由で使用を控えてしまうと、エコノミークラス症候群や脱水などさまざまな危険がある。地震ごときでは止まらないトイレを作りたい」(曽篠氏)2016年9月には排泄物をバクテリアが分解することでいつも清潔な新型バイオトイレが完成する予定だ。

被災者を助けられる存在から助ける存在へ

災害救援のプロである曽篠氏が繰り返し強調したのは、「避難は最高の救援」であるということだ。「東日本大震災の発生時にはハイチに向けて飛行機の乗り継ぎ待ちをしていた。テレビで流されていく車を見た時、『救援にできることは限られている』と痛感した。避難に役立つ技術が常に身の回りにあり、被災者が自分でそれを使えるようにならなくては、助けられる人も助けられない」(曽篠氏)これが、災害避難技術の研究開発に取り組むようになったきっかけだ。

2004年の中越地震の時には、被災者と一緒にテントを設置した。被災者の方に参加していただくことで、助けられる存在から助ける存在になり、気持ちも変わっていく。「支援にあたっては、助けるだけではなく、一緒に作っていくということを考えていただきたい」と曽篠氏は述べた。

▼2004年中越地震の避難所で。被災者の方と協力してテントを建てる。

ドローンについては「まず小さな医薬品やバッテリーなど、物資の輸送に使えるのではないか」という考えを示した。ただし、当面は自然災害の対応に限定して、良い利用例を発信していくべきではないかとした

「(3)IoTやITは平時の活用と備えが肝心」に続く

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。