original image: © Pecold - Fotolia.com
ケンブリッジが欧州のシリコンバレーである理由
Why Cambridge is Silicon Valley of Europe
2016.10.25
Updated by Mayumi Tanimoto on October 25, 2016, 08:00 am JST
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Why Cambridge is Silicon Valley of Europe
2016.10.25
Updated by Mayumi Tanimoto on October 25, 2016, 08:00 am JST
テクノロジー企業の集積地というと、日本だとシリコンバレーが注目されがちですが、欧州の場合はケンブリッジです。
ケンブリッジには現在1500以上のテクノロジー企業があります。先日ソフトバンクが買収を発表したARMもその一つです。MITの調査によれば、ケンブリッジは、MIT、スタンフォードについで世界で3番目に革新を起こすエコシステムを持った街です。
先日私はケンブリッジ近郊の村の農家に滞在していました。かつて豚小屋として使われていた建物に寝泊まりしていたのですが、屋根からは豚を吊し上げていた金具がぶら下がり、敷地内にでは牧羊と養鶏をやっているので、その辺が糞だらけです。
牧羊や豚小屋は、半導体やゲノムと全く結びつかない光景でありますが、しかしケンブリッジ大学周辺も、大学自体も、キタキツネが出てきそうな田舎なのです。
大学の敷地内には自然な小川が流れ、芝生には牛が放牧されています。近所の農家が放牧する権利があるからです。芝生は巨大な牛糞とハエだらけで、牛糞の横で、ボロボロの運動靴を履いた女学生が寝そべっています。
道行く人々はマウンテンパーカーに登山靴や運動靴、自電車は使い古しのボロボロです。学生会館でお昼を食べていますと、ドロドロの長靴を履いた仙人のような老人と、虹色のショートパンツにカーリーヘアの熟年男性が、ゲノムについて語っています。
学生会館の人気メニューは、鳥の丸焼きで、お皿にボンと盛り付けて、横にはヘニャヘニャの野菜を付け合わせてくれます。歯ごたえが一切なくなるまでよく煮込まれたズッキーニを食べると、ブラックホールに関する考察が深まるのかもしれません。
キャンパスは、大学というよりも中世の小さな街で、言われないとどこがなんのカレッジなのか、どこに何の博物館があるのかもさっぱりわかりません。ニュートンのリンゴの木も、どっから見ても単なる古い木で、大きな案内も何もなく、間違えて切られてしまいそうな感じでした。
あまりにも普通で、朴訥とした田舎です。渋谷のキラキラした喧騒、ニューヨークの華やかさ、ワシントンDCの巨大な建物、そんなものとは無縁です。カレッジの建物からは権威を感じますが、しかし、アメリカの大学の用に巨大なわけでもなく、威圧感もありません。創設者や有名な研究者の巨大な銅像や、寄付した人の名前を刻んだプレートが見当たらないからでしょう。
大学の中心には青空市が立っていて、キャベツや鮮魚やわけの分からない部品を売っていて、近所から来た人が生鮭を買っていて、その横では中国人の餃子屋台が大繁盛しています。
ぱっとみたら、どっかの農業大学にしか見えないところから、ゲノム研究や新素材の発想が産まれるというのは、なんだか不思議な感じでありますが、しばらく滞在してみて、なぜここに優秀な人々が来たがるのかがよくわかりました。
ケンブリッジ大学がある、60年代に産業を誘致する仕組みを整えた、エンジェル投資家のネットワークがある、というのはもちろんなのですが、ここの環境というのも重要なのではないかと感じました。
ロンドンやニューヨークに比べたら地味ではありますが、街の中心では通好みのマニアックな演劇や詩の朗読会、ウォーゲームの大会、腕の立つ音楽家による演奏会が開催され、そういうイベントに世界中から来た人が集まってきます。
路線バスで郊外に行くと、目に入ってくるのは、牛、農家、羊、です。そして小さな村が広がっています。村の間には青空喫茶店があり、果物の樹の下で椅子に座って何時間も議論するのです。果物の林の中に椅子とテーブルが置いてあるだけなので、農協の休息所にしか見えません。
その近くの暖炉があるパブでは、お客さんたちが温いビールを飲みながら、熱々の芋のフライをうまそうに食べています。足元は長靴で、車は泥だらけのディーゼル小型車。使い古したダウンジャケットを着ています。
横には小川が流れていて、学生や村の人が、ボートを漕ぎながらワインを飲んでいます。ボートとはいっても古びれた渡し船なので、印旛沼にいるような雰囲気です。小川の横には牛がいて、牛糞を垂れ流しています。牛糞にまみれながら矢切の渡しです。
こういう小川やパブで出会う人が、画期的な発想をする研究者だったり、数社を上場させた起業家だったりします。
そんな人達が集まっているのに、家の値段はそれほど高くはありません。マンションはほとんどなく、一軒家や農家の納屋を改造した家に住みます。起業して大金持ちになった人の中には、農家や貴族の館に住んでいる人もいます。
しかし、高級時計を付けて、高級車に乗るような文化はありません。長靴でボロボロの自転車に乗っていても何も言われません。派手なパーティーとも無縁です。5時前にはちょっとしたラッシュが始まり、みんな定時で家に帰ります。子供のお迎えに行く人も珍しくありません。
田舎ですから犯罪は驚くほど少なく、ナイフ犯罪や危険ドラッグの問題もありません。ジョギングしていても殴られることもなく、自転車に乗った人に怒鳴られることがないというのは本当に幸せなことです。銃撃されることもありません。マシェティというジャングルで使う草刈り鎌で襲撃されないのも嬉しいです。ロンドンの郊外ではマシェティが大人気です。この辺の公立の学校には金属探知機は必要ありません。校長先生も殴り殺されないでしょう。
大学の卒業生達は、周辺の企業に就職したり、自分で会社を起こします。気晴らしにジョギングしたり、小川でボートに乗ったりする環境が好きなので、卒業後も残るのです。地味ではありますが、人間的なスケールで、のんびりした生活ができるので、大都市に住むよりも考える時間があり、ストレスもありません。優秀な人が起業したり研究者として残ると、その人達を慕う人達が集まってくるので、人材を探しに行く必要がありません。
高い創造性を発揮するには、人間的な生活が重要だということなのでしょう。長時間労働が当たり前の東京は、創造的な人々にとって魅力的でしょうか?
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登録はこちらNTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。