『超歌舞伎』 ーー「これを見ずに、未来の舞台は語れないだろう。来年あれば、必ず行かなくては」
2016年、ニコニコ動画のタイムシフト放送で観覧者たちの熱狂ぶりを見てそう思い、今年の4月30日は、3年ぶりにニコニコ超会議の敷居を跨ぎました。去年が荒事メインの演目だったので、今年は吉原が舞台で和事寄りの演目になるのかなー、程度のことを考えつつ、足を運んだのです。13時の回を見終わった時、鑑賞途中(しかも終盤の立ち合い場面)で一部意識が飛んでしまった(つまり寝た)ことに自分で驚きました。
いや、観劇中に寝たことが無いなんてことは、クチが裂けても言えません。年間数十回舞台を見にいけば、そういうことだって、あります、もちろん。でも今日の相手は超歌舞伎です。疲れてはいても、会場の雰囲気は、眠れるようなものではありませんでした。いろいろ驚くところはあったし、面白かったのは間違いありません。不可解というか不可思議です。しょうがない、この消化不良感が消化不良だーー体制を整えて再戦すべきと判断し、ブース巡りを最小限に諦め、腹拵えをして、一度目に感じた消化不良感を駆逐すべく、刮目して千秋楽に臨みました。
今や国内最大級の来場者数を誇るイベントとなった「ニコニコ超会議」。今年は2日間で会場来場者15万4,601人、ネット総来場者数505万9,967人を数えたとのこと。ニコニコ動画を運営する株式会社ドワンゴが主催する大規模オフ会で、コンセプトは「ニコニコ動画のすべて(だいたい)を地上に再現する」という、(だいたい)なんでもあり、な、大人の文化祭的様相を呈しています。その中で、去年の目玉として初めて開催されたのが中村獅童×初音ミクのタッグによる『超歌舞伎』です。
『超歌舞伎』最大のトピックは、リアルの歌舞伎役者にまじって、バーチャルアイドル・初音ミクが俳優として出演することです。透過スクリーンが舞台上に設置され、そこに映し出された3D映像は、驚くほどの立体感をもって場に出現します。またNTTの技術協力により、スピーカーが配置できない被写体映像に音像を定位させ、まるで映像そのものが声を発しているように聞こえる「バーチャルスピーカ技術」が、更なる臨場感を実現しました。さらに、舞台上の歌舞伎役者のリアルタイムでトレースし、3D映像で映し出す「被写体抽出技術」を導入。2016年の舞台では、まるで俳優がその場で分身したかのように見えるこの新技術を駆使して、トリを飾るに相応しい華やかさを演出。2016年のデジタル・コンテンツ・オブ・ジ・イヤーの大賞/総務大臣賞にも輝きました。
最新のVR/ARの技術と伝統的な歌舞伎の粋を結集して作り上げられたその舞台に、多くの歌舞伎を見たことが無いニコニコユーザー達が、リアル会場でもオンラインでも熱狂しました。歌舞伎ファンも熱狂したかもしれませんが、圧倒的多数は「初めて歌舞伎を見る人たち」だったのではないでしょうか。リアル会場では満員の観客がサイリウムを振り、中村獅童とのコールアンドレスポンス、オンライン視聴のコメントは初日から徐々に「仕上がって」いき、最終日には映像が見えないほどの美しい弾幕が流れる盛り上がりをみせました。歌舞伎に欠かせない「大向う」も大量に飛び交い(上達し)、技術協力/スポンサーのNTTにも『電話屋!』と掛け声がかかる、大変熱い空間となっていました。
去年の演目『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』は、超有名なボカロ曲「千本桜」と、歌舞伎を代表する作品のひとつ「義経千本桜」を掛け合わせた作品で、時空間を超えて「千本桜」を守護する二人(初音未來と靑音海斗)と邪悪な青龍という対立構図で、戦闘アクションが映える舞台だったのが特徴です。一方、今年の超歌舞伎は『花街詞合鏡(くるわことばあわせかがみ)』。これまた有名なボカロ曲「吉原ラメント」が主題歌に選ばれ、歌舞伎ではおなじみの花街・吉原が舞台。キャッチコピーは「愛したのは、向こう側のひとでした」。花魁姿のミクさんと獅童さんの恋愛物語を期待するのもやむ無しのプロモーションが展開されていました。
会場に入ると、舞台両脇に設置されたディスプレイが目をひきます。ここにはニコニコ動画に流れている生放送映像が流れており、役者のアップなど、客席からも遠目で見づらい部分や見たい部分がフォーカスされており、ニコニコ動画の特徴であるコメントも常時流れています。また舞台上のスクリーンには、俳優が発している台詞が字幕で表示されています。ニコ動コメントの会場との同期は、オンラインも含めた観客全体の一体感に寄与しているようにおもいましたし、字幕もとてもわかりやすくて良いなと思う一方で、文字がずっと二箇所で流れ続けることによって、舞台への集中度が少なからず削がれてしまうのは避けられません。「舞台を見る」という一点ではどうなのかなと思ったりしました・・・が、そういえば、歌舞伎座に行けば音声解説を聞きながら見るのは普通のことですし、そんなに過集中で見なくても気軽に楽しめるのが歌舞伎ってことで、逆にこれは歌舞伎らしいのではないかなと思い至りました。
その映像を見るうち「あれっ」と思ったのは、ヴァーチャルアイドル達の姿です。去年はニコ動で超歌舞伎を見たので、映像と肉眼で見ているものとの違いについては、あまり認識がありませんでした。おそらく超会議2の「超ニコニコ未来開発」で出ていたデモのAR技術が使われていると思うのですが、ニコ生上には舞台上の3D映像が映らないように偏光フィルターがかけられ、リアルタイムにレンダリングされた3D映像が合成されていたのだと思います(参考記事)。
映像上のヴァーチャルアイドルたちは、非常に立体感があり、リアル俳優たちと比べても自然な存在感を演出しているのは驚くほどです。一方で、舞台上の3D映像は透過度が高く、リアル俳優と比べてしまうと存在感においては薄れてしまうのは否めません。また3D映像の投影先である透過パネルには、実際の役者が写り込んでいるのが見えてしまい、パネルの存在感は増しています。しかしこれらのことは、ミクさん達の現世等身大のリアル演技という感動があれば、脳内処理でスルー出来る程度のことでしょう。最も問題なのは、ヴァーチャルアイドル達の「立ち位置」だと、思ったのです。
リアル舞台において「位置」は非常に重要な要素です。舞台を見ていれば、位置を示す「バミリテープ」がそこかしこに貼られているのが見えるでしょう。位置を確認してテープで印を付けることを「バミる」と言ったりします。暗転時の目標地の場合は蓄光テープでバミってあります。究極的に時間が無い時は立ち位置と出捌けの確認だけでリハーサルを終わることもあるほど、位置というのは重要です。しかしヴァーチャルアイドル達の立ち位置はバミる必要はありません。舞台後方に設置された透過パネル及びスクリーンに映し出されますから。
そうなんです、スクリーンの位置は、必ず「ヒト」よりも後ろにあります。リアル俳優よりヴァーチャルアイドルが前に出てくる演出が、現状では出来ないんですね。それどころか、隣に立つことが出来ません。ニコ生でのレンダリング映像は、位置も調整しているので、俳優の真隣にいるように見えています。しかしリアルでは歌舞伎俳優さんの演技力によって支えられている「位置」です。
今回、吉原が舞台であることは皆わかっていました。更にヒントとして『吉原ラメント』の歌詞、更なるヒントとしてオフィシャルMVには物語がついていました。しかし結論から言うと今回はこれらのストーリーと舞台設定は別物で、オリジナルな関係性で物語は進んでいきました。中村獅童演じる色男、八重垣紋三役に、初音大夫(初音ミク)がすれ違いざまに一目惚れするという設定。その後も男女の関係や花街での葛藤、恋愛という要素はかなり控えめに進み、恋するミクさんの心情は踊りで語られます(さすがの舞でございました)。
両者が抱き合うシーンが一箇所だけありますが、後半のメインは中村獅童と澤村國矢との華々しい立ち合いからの、初音太夫が悪漢たちと一人で対峙するシーンへと移っていきます。最後まで、紋三が初音大夫のことを好きになったのかはよくわからない。分からなくてもいいんですが、関係性が消化不良なまま戦闘シーンへ突入してしまいます。しかもそこからが、視覚的には面白いところなので、場はどんどん盛り上がってしまう(盛り上がるにもかかわらず初見時はここで意識が途切れたよう・・・)。
つまりキャッチコピーの「愛したのは、向こう側のひとでした」っていうのはミクの台詞になるんですね。ヴァーチャルアイドルであるミクが『こちら側』だというのは、ちょっと意外な感じがします。非現実な存在であり、吉原という籠の中、郭にとらわれている花魁=ミクを『向こう側』と考える解釈の方が自然な気がしますがどうでしょうか。
今回、恋愛や男女の関係が見どころとなりそうなシナリオだったのに、ここが消化不良になったのは、改めてこの位置問題をクリアするのが難しかった為ではないのかなぁと思いました。前回の超歌舞伎では、ミクと獅童さんの役の関係性は戦闘部隊の中の隊長と隊員、多少の距離感がなければおかしい役回りです。恋愛ものですとどうしても身体的距離感が近くなる場合が多くなるでしょうし、台詞やタイミングだけでは凌ぎきれなかったのかな、と、抱き合うシーンを(2度)見ながら、これが限度だったのかなと思いました。
今回はミクさんだけでなく、重音テトさんがひまわり柄のお着物(!)をお召しになって登場するというシーンがありました。ここでの位置関係は、リアル俳優おふたりがどどんと前方におり、あわや喧嘩騒動かと緊迫したところを、舞台後方中央にスッと現れたテトさんがいさめ、二人が矛先を納めるといった場面。演出上、テトさんが後方にいるのが自然だった為、違和感なくシーンを見ることが出来ました。
ラストシーン、炎に包まれる花街でミクさんが刀を振りかざしての立ち合いをする場面も(本記事冒頭の公演写真がそのシーンです)、ミクさんが正面を向き、客席に背を向けた悪漢たちが切りつけていくという演出になっており、これまた自然なシーンに仕上がっています。リアル俳優さんさん達の演技力によって、ヴァーチャルアイドルとの台詞の間合いなどの違和感は全く無いので、このような自然な配置ですとヴァーチャルであるかどうかは問題に感じません。
また同じ映像投影ではありますが、離れた距離で立つリアル歌舞伎役者2人のアクションをリアルタイムで抽出、まるで向き合っているように投影し、至近距離でアクション(殺陣)をしているように見せている立ち合いシーンは、まったく違和感なく、臨場感たっぷりに演出が成り立っていたと思います。繰り出される必殺技はまるで格闘ゲームのようなエフェクトがかかり、自然に超戦闘シーンが繰り広げられていました(「自然」という言葉のゲシュタルト崩壊・・・)。こちらはこちらで自然に見えるのが不思議なくらい遠距離で、くるくると速く立ち合う演技でして、至近距離で3D映像と演技するより難しいように見えるのですが(俳優さんたち、さすがでございました)・・・となればこのシナリオに於ける消化不良感は、俳優さん達の演技力の問題ではなく、やはり技術的な「立ち位置」の問題が大きいのでは無いかと思った次第です。
ヴァーチャルとリアル、あちら側とこちら側という設定は、初音ミクの登場する舞台上では、演出上ハッキリとした形でよく使われます。元々の設定がそうだからというのもあると思うのですが、そのように区切ることで、ミクの次元の往き来を自然に見せる効果もあるのでしょう。ニコニコ超パーティボカロライブ2015で、パソコンのディスプレイを叩き割って内側から現実世界に飛び出したミクの登場シーンに鳥肌が立ったのは忘れられません。(【ニコニコ動画】【公式】ニコニコ超パーティー2015 VOCALOIDライブ 3:20くらいからが登場シーンですが是非冒頭から見て欲しいです)
また「舞台」で思い出すのは渋谷慶一郎、YKBXらのアーティストによるコラボレーション作品、オペラ「THE END」。電脳空間のミクと現実をつないでいるのは「電話」というツール。これを見た時はまるでプーランクの『人間の声』だなと思いましたが(そしておそらくそれは意識されていると思うのですが)そもそもこのモノオペラそのものが電話というツールを利用して「異界との交流」を描いたものだったんではないかなと、今更思い至ります。(電話の先の相手が生きているのか、死んでいるのか、存在しているのかどうかすら、観客には厳密にはわからないわけですから)
リアル現実世界の「私」とヴァーチャルキャラクターの境界をうまく利用したシナリオといえば、カプコンのスマホゲーム「囚われのパルマ」が思い出されます。これも、私と主人公(ヴァーチャル)を隔てるもの(身体的距離、ガラス)や、つなぐモノ(スマホ、メッセージアプリ、監視カメラ)がうまく配置されていることで、物理的距離が離されていることに理由付けがあり、距離感が納得できるシナリオに仕上がっています。
コクトーやプーランクが生きていた当時(『人間の声』初演は1930年)「電話」は一般の人々にとって「最近一般化した、先進的なツール」だったでしょう。そういえばもうひとつの「電話」にまつわるオペラ、メノッティの『電話』もごく近い1946年に作曲され翌年初演されています。「囚われのパルマ」でもリアルタイム監視カメラやスマホのコミュニケーションアプリなど「最近やってきた普通」の技術が取り入れられています。ストーリーに技術的な推しを組み入れるというよりは、技術的なツールに自然に沿わせたシナリオをどれだけ構築できるかが全体としての充実度には関係するのかもしれません。
何故「吉原ラメント」のMVストーリーを何故そのまま使わなかったのかなーとか(男女が元々幼なじみという設定で、男性側は最終的に花魁の主人公を身請に来る)、吉原ならではの「壁」をもっと感じさせる設定にしてもよかったんじゃないかなーとか、芝居面について外野からはいろいろ考えてしまったりしたわけですが、ともあれ新しい技術が舞台に取り入れられることは、いつもどんな舞台でも楽しみなことです。
リアルとバーチャル、現実と非現実をつなぎ続けてきた電話屋さんが、この舞台のスポンサー&技術協力をしているのも、世の理であるのかもしれません。今後も新技術と舞台の幸せな融合を楽しみに、来年も超歌舞伎の舞台に足を運びたいと思っています。
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青山学院大学史学科、東京藝術大学声楽科、京都造形芸術大学ランドスケープデザインコースを卒業。京都造形芸術大学大学院芸術環境専攻(日本庭園分野)修士課程修了。通信キャリアにてカスタマサービス対応並びにコンテンツ企画等の業務に従事、音楽業界にてウェブメディア立ち上げやバックヤードシステム開発、コンサート制作会社での勤務を経て、現在はフリーのヴォーカリスト、ヴォイストレーナー、エディター、ライター。
http://kanoppi.jp