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貧富格差を拡大する方向に進んできた日本の税制
人と技術と情報の境界面を探る #011
2017.07.10
Updated by Shinya Matsuura on July 10, 2017, 07:00 am JST
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人と技術と情報の境界面を探る #011
2017.07.10
Updated by Shinya Matsuura on July 10, 2017, 07:00 am JST
資本主義社会では必然的に貧富格差は拡大する――トマ・ピケティは「21世紀の資本」でそのように主張し、是正策として全世界的な資本に対する累進課税を主張した。多数の国家が強調して資本に対して課税する――非常に困難であることは明白だが、ピケティは「それ以外の方法はない」とする。
しかしながら、既存の税制の中で貧富格差の拡大を防ぐことはできないのだろうか。本連載の第9回で、2014年における日本の税引き前所得のジニ係数は0.5704だったが、税引き後の実質所得のジニ係数は0.3759だったと書いた。明らかに既存の税制は貧富格差拡大への歯止めとなっている。ならば、その機能を強化することで、貧富格差拡大を防ぐことはできないのだろうか。ピケティの主張する全世界的な資本税は、根本的解決になり得るが、実現は非常に難しい。が、一国の税制ならば、政策的に実現することができる。
そこで、現在の日本の税制を調べてみよう。まず所得税だ。日本の所得税は所得額が大きくなるほど税率が上がる累進課税を採用している。この制度が貧富格差拡大に対する一定の歯止めとなっていることは、上に述べた通りだ。
するとここで妙なことに気が付く。昭和49年(1974年)以降、所得税の累進性は一貫して緩和され続けているのだ。
財務省の所得税の税率構造の推移というページを見てみよう(元ページは年号で書いているが、ここでは一貫した議論をしやすくするために西暦を使うことにする)。1974年の段階で、所得税は19段階の累進制で最高税率は75%、住民税最高税率は18%で、合計の最高税率は93%だった。最高レベルの所得を申告すると、所得の93%が税として徴収されたわけである。
これが10年後の1984年には15段階・最高税率75%に簡素化される。地方税と合わせた最高税率は88%だ。そこから一気に所得税低減・累進性緩和が進行する。1987年には12段階・最高税率60%に、翌1988年には最高税率はそのままで段階が一気に6段階に半減。さらに翌年の1989円には5段階・最高税率50%に、1999年には4段階・最高税率37%になる。その後若干の変化があて、2015年に7段階・最高税率45%となった。地方税最高税率もその間に下がり続けて10%となった。現行制度では、最高レベルの所得を申告すると、そのうち55%が税として徴収される。
つまり1970年代以降、日本の所得税は一貫して累進制を緩和し、貧富格差を拡大する方向で制度改正を行っている。中でも1987年から1989年にかけて行われた税率引き下げと税率の刻みの簡素化が決定的な意味を持っていたことが分かる。
それでは相続税はどうだろうか。所得税には、同時代における貧富格差を是正する機能があるのに対して、相続税には世代間の貧富格差を是正する役割がある。
所得税率の変化は財務省の相続税の税率構造に関する資料というページで知ることができる。グラフで表示されているが、グラフが高いほど累進制が高く、低く累進制が低下するとみていいだろう。1988年には相続額5億円から最高税率70%が適用されたものが、その後1992年には最高税率はそのままで全体にグラフが下に下がり、1994年にはグラフの刻みが簡素化されている。さらに2003年には比較的小さな相続にかかる税率はそのままで、高額の相続にかかる税率の刻みが簡素化され、なおかつ最高税率が一気に50%まで下がった。2013年には最高税率が55%に引き上げられるが、相続額6億円以上で新たな刻みを作る形で上がっているので、全体として相続税の累進制が緩和された状態は変わっていない。
法人税はどうなっているのだろうか。法人税の推移に関する資料も法人課税に関する基本的な資料という財務省のページにある。法人税は基本的に累進課税ではない。ただし年商800万円以下とそれ以上で税率が異なる。年商800万円以上で税率を観ていくと、1981年以前は40%だったものが、1984年に43.3%まで微増する。その後1987年からは段階的に引き下げられて1990年には37.5%となる。1998年から1999年にかけて再度税率が引き下げられて、一気に30%まで下がり、さらに2012年から再度の引き下げがあって現在は23.4%となっている。
その一方で、日本は1989年から消費税を導入した。消費税はすべての消費に対して等しい税率が課せられるので逆進性が強い。消費税率は3%から始まって、1997年に5%、2014年に8%と引き上げられた。現在は10%への引き上げが予定されているが、景気浮揚の関係で実施時期はまだ確定していない。
ロボットやAIといった技術革新は貧富格差を拡大する。ピケティは資本主義社会が本質的に貧富格差を拡大する性質を持つことを明らかにした。そして、貧富格差があまりに拡大すると、消費が低迷して経済が回らなくなる。にもかかわらず、1980年代以降の日本は、税制の累進制を抑制し、むしろ貧富格差を拡大する方向に制度を変えてきたのである。
ピケティの「21世紀の資本」には、第二次世界大戦後に世界各国で所得税や相続税の累進制が緩和されたことが記述されている。また、消費税の創設は世界的に見ても一般的な傾向であって、日本の8%という消費税率は世界的には低い。たとえばハンガリーは27%だし、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーは25%だ。世界的には10%台後半から20%程度の国が多い。
どうやら日本だけではなく世界の資本主義国家は、第二次世界大戦後、本質として貧富格差が拡大する資本主義体制を謳歌しつつ、貧富格差を抑制するどころか拡大する方向に舵を切ってきたようなのだ。その方向性が是正されないまま、現在まさにロボットやAIなどの貧富格差を一層拡大する新技術の普及に直面しているわけだ。
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登録はこちら「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。