オフィスの価値は窓から何が見えるかじゃない。外からどう見られるかだ(WeWork)
2022.03.20
Updated by Ryo Shimizu on March 20, 2022, 07:56 am JST
2022.03.20
Updated by Ryo Shimizu on March 20, 2022, 07:56 am JST
AppleTV+がファウンデーションに続きまた野心作を発表した。
あっという間に世界中に浸透し、あっという間にトラブルが起きたジェットコースターのような起業ストーリー、WeWorkを題材とした「WeCrashed」だ。よくこんなタイトルが通ったものだ。
アダム・ニューマンがどのようにしてWeWorkを作り出し、どのようにして崩壊していったかということが、シリーズで描かれる。
僕も、WeWorkには行ったことがある。WeWorkは会員になりさえすれば世界中どこでも使えるのが魅力の一つである。
パリのシャンゼリゼ通りにあるWeWorkは、なるほど確かに一等地にあるし、昼間からビールサーバーでビールが飲み放題で、快適そうだった。
シャンゼリゼ通りは、東京で言えば銀座の中央通りみたいなもので、ルーブル美術館からコンコルド広場を通って凱旋門に向かってまっすぐ伸びた、めちゃくちゃ広い道路である。
通りにはグッチ、ルイ・ヴィトン、カルティエ、プラダなどの世界中の高級ブランドショップが軒を並べる。
このように、高級ブランド街に少し不釣り合いかもしれないテナントを入れる手法はAppleStoreにも通じる。AppleStoreもニューヨークならマンハッタンの五番街、ロンドンならリージェント通り、東京なら銀座という、高級ブランドの並ぶ一等地から旗艦店を始める。間違ってもSOHOやブルックリンじゃない。
WeCrashedでは、アダムの妻レベッカとの結婚式で、「僕らのオフィスは眺望がいいんだ」と虚勢を張るアダムが、ニューヨーク不動産業界の大物から助言をされる。
「いいか。オフィスから何が見えるかなんて誰も気にしない。外からどう見られるかだ」
その後、アダムはこの助言を忠実に守っているように見える。
ある時期まで、WeWorkで働くことはちょっとしたブランドだった(今でもそう感じる人がいるかもしれない)。
WeWorkは安くない。シェアオフィスとしては割高でもある。
しかし、WeWorkのコミュニティに所属していることがフリーランスやスタートアップにとって価値のあることなのだと広く認識されていたことは間違いない。
僕も何度かWeWorkにオフィスを持てないか検討したことがある。
結論としては、とても高価で手が出ないし、割高であるということでやめた。
けれども、今在宅率90%を超えている状態では、もう一度WeWorkに限らずシェアオフィスへの移転を検討する価値があるかもしれない。
WeCrashedでは、WeWorkの崩壊はまるで最初からそれが運命づけられていたように起きる。
WeWorkの社員と利用者を招いたイベント「サマーキャンプ」の冒頭で、レベッカが挨拶した際、反フェミニスト的な失言をしてしまったことで、社員も利用者も離れ始めた。強権を持ったレベッカは広報・法務スタッフの助言に聞く耳を持たず、現地で討論会を試みるも逆効果。次々と上級スタッフが退職していく。
公開されているエピソード3まででそこまでが描かれる。続きは来週金曜日。
見ていてわかるのは、悪意がどこにもないことだ。
登場人物の誰にも悪意がない。この物語では、存命中の人物の、未だ存続している会社を題材としているため、ごく少数の例外を除いて明確な悪役は出てこない。
エピソード3で責められているのはレベッカの持つ価値観そのものだ。
いつの間にか会社がコントロールできなくなっている。
トップからボトムが見えなくなる。これは大きな組織はもちろんのこと、どんなに小さな組織でも起こりうる。たった5人の会社ですら、社長には現場の本当のところはわからないものだ。
だからできる限り、トップは現場の言葉に耳を傾ける必要がある。現場の心の動きに注意を払う必要がある。
誇りを持って働けているか、成長できているか、ちゃんと休めているか、無理な残業をしていないか。楽しく働けているか。
リモート時代になると、いよいよ持って現場のことは見えにくくなる。
毎日顔を合わせているわけではないから、雑談すら難しい。
ただ、経営トップがオフィスで突然、雑談を持ちかけても本当の心の動きはわからない。
それよりは、何かの拍子に少人数で食卓を囲むくらいがちょうどいい。
この場合、トップが個々人の評価や中間管理職と分断されている状況がプラスに働く。勤務態度がどうなのかとか、成績がどうなのかという先入観を持たずに現場の言い分や悩みを聞くことができるからだ。ある物事をきちんと見るためには、二つ以上の視点が必要である。その二つの視点の距離は、対象をちゃんと見ることができるのであれば離れていればいるほど良い。
上から見るとAという見方があるとしても、現場ではBと感じている、というようなことがそこで初めて解る。トップは個々人の人事に介入はできないが、会社全体の雰囲気を軌道修正するようなメッセージに落とし込むことはできる。自律した組織のトップに必要とされるのは、詩人のように感じ取り、共感する言葉を生み出す能力なのだ。
アダムはある時点までは、間違いなく従業員や利用者の共感を呼ぶことに成功していた。
ところが急激な成功が彼の言葉を空回りさせ始めた。
エピソード1では、まるで皇帝のように尊大になったアダムとレベッカが描かれる。
嫌な話は聞かない、というアダムの姿勢が嫌というほど表現されている。
トップに求められるもう一つの重要な能力は、危機認知能力だ。
危機は、認知するまで危機とは認められない。
しかし、危機は常に存在する。危機がない状況などない。
多くの人々、特に起業家と呼ばれる人々が、きちんとテイクオフできるか、それとも失敗するかはこの危機認知能力に依存する。
アダムはこのドラマの中では明らかに効き認知能力が欠如した人間として描かれる。
それでも滑り出しがうまくいったのは、精力的なプレゼンテーションで力技で創業時の危機を回避してきたからだ。
会社がまだ小さい時は、そういう起業への本能が危機を力技で解決してしまうことはままある。
しかし会社が大きくなればなるほど、長く営業すればするほど危機の発生確率は増大し、その時に危機認知能力が足りないと会社か個人が破滅する。
ここでいう危機認知能力とは、「耳痛い話に耳を傾ける能力」と言い換えてもいい。
傾聴は最も重要な経営能力であると思う。
社員はもちろん、取引先、顧客、株主といったステークホルダーはもちろん、世間一般の人々の心の動きといったものに常に注意を払うことで、これはかなりの重労働となる。
このドラマでは、アダムは最初から社員に興味がないように見える。
これが意図的な演出なのか、事実関係をなぞったら偶然そうなったのかはわからないが、フィクション的な味付けが控えめに設定されているんだろうなという背景を感じさせる。
その意味では今この瞬間こそ見ておきたい作品だ。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。