original image: Jorm Sangsorn / Shutterstock.com
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Everyone I know goes away in the end
(Nine Inch Nails, "Hurt")
先月、アメリカ合衆国政府による国際的な情報監視網を告発したエドワード・スノーデンの最初の暴露から10年経ち、我々は何を学んだかを問うRegisterの記事を読み、しばし物思いにふけってしまいました。
この手の「○○○○から×年」は切り口次第なので、普段は特に興味を惹かれることはありませんが、この時は二つ個人的な事情がありました。ひとつは、もう少しでワタシは50歳になることで、つまり、この10年と言われると、それはワタシの40代にほぼ重なることになります。そして、エドワード・スノーデンの名前に、その少し前にたまたま読んでいたある過去記事を連想したためです。
その記事は組織と人間関係のトラブルに関するものだったため、ワタシはこの10年で疎遠になったネットの知人友人や切れた人間関係を想起し、少し考え込んでしまったわけです。偶然にも、Twitterからの移転先としてBlueskyやThreadsなどが話題となり、新サービスの利用開始のために久しぶりにソーシャルグラフを見直す機会が重なったのもあるでしょう。
そういうわけで、今回はまず、報道の自由財団(Freedom of the Press Foundation)を扱った2017年のDaily Beastの記事を取り上げます。
報道の自由財団は、言論の自由と報道の自由を財政的に支援する目的で設立された非営利団体です。この財団は、2013年に非業の死を遂げたアーロン・スワーツが最後に手がけた、内部告発者が報道機関と安全な通信を確立するためのソフトウエアの開発を引継ぎ、SecureDropとして公開もしていますが、その初期の共作者であるケヴィン・ポールセンが、このDaily Beastの記事の共著者だったりします。要は、報道の自由財団の内部に通じた人間によって書かれた記事と言えます。
報道の自由財団は、「ペンタゴン・ペーパーズ」を暴露したことで知られる(先月亡くなった)ダニエル・エルズバーグ、サイバースペース独立宣言の著者、電子フロンティア財団の共同創始者として知られるジョン・ペリー・バーロウといった重鎮をはじめ、件のエドワード・スノーデン、彼を最初に取材したグレン・グリーンウォルド、その模様を撮影したドキュメンタリー映画『シチズンフォー スノーデンの暴露』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したローラ・ポイトラス、俳優のジョン・キューザック、そして人気ブログBoing Boingでの活躍で知られたジーニ・ジャーディンなど、錚々たるジャーナリストや活動家が理事を務めてきました。
エドワード・スノーデンが2014年に理事会入りした際に特に話題になりましたが、財団の設立は2012年で、その当初の最重要な仕事のひとつに、当時創始者のジュリアン・アサンジが性的暴行容疑での逮捕を逃れるためエクアドル大使館に逃げ込み、資金源を断たれそうになっていた機密情報公開サイトのウィキリークスの支援がありました。実際、報道の自由財団は、ウィキリークスに50万ドルもの資金を送金しています。
しかし、2016年のアメリカ合衆国大統領選挙において、ジュリアン・アサンジが露骨にヒラリー・クリントンを敵視し、民主党全国委員会からハッキングされたメールを漏洩するのを、報道の自由財団の理事だったジーニ・ジャーディンは、苦々しく見ていました。
当時の瀧口範子氏の記事「創設者が私物化する「WikiLeaks」にがっかり」には、アサンジはヒラリー・クリントンに反感を持っているが、殊にドナルド・トランプを支持しているようでもないとありますが、翌年のThe Atlanticの記事で明らかになるように、2016年から2017年にかけて、ウィキリークス(つまり、アサンジ)は、ドナルド・トランプの息子に対して選挙協力の売り込みをかけていました。その売り込みの中には、大統領選挙でトランプが敗北した場合は、メディアなどで不正操作が行われたことを理由に敗北を認めない戦略の指南も含まれ、それが4年後に実践されたのはご存じの通りです。
明らかにクリントン憎しでトランプに与し、右派の陰謀説を煽るにいたったアサンジに対し、エドワード・スノーデン(2016年から2022年まで報道の自由財団の会長職を務めた)も批判の声をあげますが、ジーニ・ジャーディンは、もはや2012年のような政府による財政的な締め付けがないことを理由に、報道の自由財団のウィキリークスへの送金を止めることを提起しました。
その動きを察知したアサンジは、ジャーディンに対して執拗にメッセージを送り理事を辞めるよう迫ります。これを個人的な脅迫と受け取ったジャーディンは、そのメッセージを理事会に転送して対応を求めます。しかし、理事は皆、多かれ少なかれアサンジに対して気分を害されていた経験があったからこそ、それを理由にはウィキリークスを切れず、またウィキリークスがドナルド・トランプを支持することは、財団がアサンジを切り捨てる理由にはなりえず、それを認めたら、特定の政見のみが報道の自由の支援に値すると認めることになり、それは財団の趣旨に反する恐れがあると考えました。
自分の主張が支持されなかったことに落胆したジャーディンは、2016年末に健康状態を理由に静かに財団の理事を辞任しました。彼女はその5年前に乳がんの診断を受けており、当時も治療とその副作用と闘っていました。
ジャーディンの辞任後も財団は彼女の訴えを検討し続け、ウィキリークスに対する政府による資金封鎖は存在しないことを確認し、2017年にウィキリークスへの資金提供の終了を発表しました。その決定に、アサンジ個人の政治的行動は関係していないと財団は表明していますが、同時にスノーデンをはじめとする複数の理事は、ウィキリークスがそのあるべき姿から遠く離れてしまったと感じていたことを認めています。
ウィキリークスを批判したスノーデンに対し、アサンジは「ご都合主義でうまいこと言ってもクリントンから恩赦はもらえないぞ」と揶揄しましたが、当時彼はトランプの息子に取り入り、米国のオーストラリア大使の職を得ようと目論んでいたのは皮肉です。
今、2017年のDaily Beastの記事を読み直して、個人的に思うことが二つあります。
ひとつは、昔「邪悪なものが勝利する世界において」で書いたキャシー・シエラの事例との類似性、声をあげる女性に対する脅迫が軽く扱われがちで、その弊害が大きくなって初めて注目される問題です。「AIは監視資本主義とデジタル封建主義を完成させるか」で取り上げたメレディス・ウィテカーも、AIの倫理面などの問題を最初に警鐘を鳴らしたのは、ティムニット・ゲブル、マーガレット・ミッチェル、そしてウィテカー自身、つまり全員女性だったが、3人ともGoogleから追われた。そしてその後、著名な男性が同じことを言い出すと途端にメディアも注目するというパターンにうんざりさせられる、とツイートしていますが、似た構図を感じます。
そしてもう一つは、この10年のうちに、おかしなことになってしまった人が多いな、という困惑です。報道の自由財団関係でいうと、それはジュリアン・アサンジだけの話ではありません。
エドワード・スノーデンの告発を身の危険を冒して支えたジャーナリストのグレン・グリーンウォルドは、2014年にローラ・ポイトラスらとともに「恐れ知らずの敵対的ジャーナリズムを通じて権力者の責任を追及する」ことを謳うThe Interceptを立ち上げますが、元はリベラル派のはずがいつの間にかトランプ支持の陰謀論に傾倒し、Foxニュースのタッカー・カールソンの番組の常連出演者になり、2020年には社内検閲を理由にThe Interceptを去りました。2021年には、報道の自由財団の理事も辞任しています。
ジーニ・ジャーディンは、報道の自由財団の理事辞任後も、有名ブログBoing Boingで健筆をふるいましたが、2020年にトラブルが起きます。Boing BoingからSF作家のコリイ・ドクトロウが離脱してしまったのです。その理由について誰も黙して語りませんが、その直前にジャーディンが突如、「グレン・グリーンウォルドはクソくらえ。奴は刑務所で死ねばいい」とツイートしたのが原因とも噂されました。ジャーディンは、ジュリアン・アサンジだけでなく、グレン・グリーンウォルドの変節も苦々しく思っていたのです。
そして、ジャーディンもドクトロウの離脱からおよそ一年後にBoing Boingを去ります。その直前まで旺盛に寄稿していたことを考えると、体調の問題ではないのかもしれません。その後、彼女の名前を見かけたのは、2019年に児童買春で有罪判決を受け、拘置所内で死去したジェフリー・エプスタインはゲイだった、と彼女が唐突に主張したときの嘲笑交じりの報道が最後で、彼女もおかしくなってしまったのかと悲しくなったのを覚えています。
コリイ・ドクトロウのBoing Boing離脱時、MetaFilterはビートルズの解散になぞらえましたが、これは感覚が古いと思った覚えがあります。当時にしてもブログはもはやウェブ言論の中心にはなく、主戦場はTwitterやInstagramやTikTokなどのSNS、あるいはニュースレターやポッドキャストに移っていました。
コリイ・ドクトロウは、Boing Boing離脱後立ち上げたPluralisticや電子フロンティア財団のブログで健筆をふるっており、今年もenshittification(メタクソ化、改悪化)という、TikTokやTwitterなどのオンラインプラットフォームが必然的に辿る変化を見事に言い当てる単語を発明して健在を示しており、その主張に常に賛同するわけではありませんが、ブログ時代の生き残りとして活動をフォローしています。
ジュリアン・アサンジ、エドワード・スノーデン、グレン・グリーンウォルド、ジーニ・ジャーディン、コリイ・ドクトロウといった、10年前には大枠同じ理想を胸にしていた人たちが道を違え、そのうちの何人かはおかしな道に入り込んでしまったように見えることに、やはり10年前は立場を同じくしていたはずの人の何人かと疎遠になったり、関係を切られたりしたワタシ自身も哀切を覚えます。そして、ワタシのことを「おかしくなってしまった」と見なしている人もいるのだろうな、とぼんやり思うわけです。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。