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福島真人 m_fukushima

東京大学大学院・情報学環教授。専門は科学技術社会学(STS)。東南アジアの政治・宗教に関する人類学的調査の後、現代的制度(医療、原子力等)の認知、組織、学習の関係を研究する。現在は科学技術の現場と社会の諸要素との関係(政治、経済、文化等)を研究。『暗黙知の解剖』(2001 金子書房)、『ジャワの宗教と社会』(2002 ひつじ書房)『学習の生態学』(2010 東京大学出版会、2022 筑摩学芸文庫)、『真理の工場』(2017 東京大学出版会)、『予測がつくる社会』(共編 2019 東京大学出版会)、『科学技術社会学(STS)ワードマップ』(共編 2021 新曜社)など著書多数。

システムの自己増殖は止まらない。私たちは巨大な社会実験を目撃している

社会システムは自らを作り出す、というルーマンの考え ドイツの社会学者にルーマン(N.Luhman)という理論社会学者がいる。英米圏やフランス語圏ではそれほど人気があるとはいえないが、日本では彼の書籍の大半は翻訳が出ている […]

2026.02.03

生成系AIの論点は「見かけ倒しの真理」にある

「真理がかくも真的ではないのはどうしてなのか、これが問題だ」 フーコー(M.Foucault)はその人生後半、いわゆる「性の歴史」に関する大きな研究計画の初期に、真理という言葉を前面に出した議論をしている。そのプロジェク […]

2026.01.28

精神医療を観る―不祥事の構造―

精神病院で見た「分散認知」の原形。医師が現地の不動産事情に異様に詳しい もう今から20年以上前のことになるが、当時現場の学習課程という問題を研究していた縁で、精神看護系の人々と知り合いになるチャンスがあり、精神看護の現場 […]

2026.01.08

エビデンスに基づいた政治ができない理由――科学と政治の間

認知科学の研究とアメリカの産業政策には密接な係わりがある だいぶ以前の話になるが、かつて認知科学の研究をしていた時に、その歴史について少しさかのぼって調査したことがある。公的な歴史記述では、認知科学は1960年代にアメリ […]

2025.12.19

どこへ行く、AIアート?

人は冗談や皮肉をどのように理解しているか 日々の会話の中で、我々はどうやって冗談や皮肉といった、少しひねった表現を理解するのだろうか。この問いに対して、斬新な答えを提供したのは、言語哲学者のグライス(P.Grice)であ […]

2025.11.18

英語帝国主義の功罪

フランス文学の研究者は何語で論文を書くのか 我々の周辺には、あまりに当たり前になっているために、その自明性をほとんど疑わないような事象が数多くある。かつてイザヤ・ベンダサンという謎の人物が、日本人にとって「水と安全はタダ […]

2025.10.02

負の社会実験から学ぶ

実験の現実は失敗の連続であり、科学の根幹はその失敗から学ぶ組織的な能力である。もしマルクス主義が自分を「科学的」と称するなら、その高邁な理論を今さら連呼するのではなく、むしろその理論に基いた膨大な実践(失敗)の歴史から学ぶのが筋であろう。

2025.08.22

ラトゥール、CSI、そしてSTS

ラトゥールにはどこか子供っぽいところがあり、「ブリュノは赤ちゃんみたい」(comme un bébé)」と複数の人が同じ表現を使うのを聞いて驚いたことがある。実際、この子供っぽさには両面があり、そのよい面は、快活なユーモア感覚という形で現れる。

2025.06.24

現代社会を漂う啓蒙思想的な雰囲気と、SDGsという国際的一大キャンペーン

地球全体という視点からみると、ポストモダン的風景は実は各所に姿を変えて存続していると言えなくもない。ハーベイがかつて喝破したのとはやや違う意味で、それは結構しぶといのだ。ただし、そこでは常に革新を求める科学的言説が力を増し、またそれが一つの新たな大きな物語として言説の世界を覆っているという点で、妙に啓蒙思想的な雰囲気をも漂わせている。

2025.06.09

研究の毛細血管を干上がらせる「選択と集中」への熱狂

選択と集中で大量の資金を一部に投入し、そこだけに膨大な血流が増えても、現場の毛細血管は干上がっているという事態も十分ありえるのだ。実際、こうした交流の場がほとんどない職場を鑑みるに、論文ランキングが落ちるのもやむなしという印象が残る。

2025.05.27

あの警護の失態は、組織事故である

組織がその内的な欠陥によって生み出す事故のことを「組織事故」と呼ぶ。この研究分野では、リーズン(J.Reason)のいう「スイスチーズモデル」という考え方がよく知られている。

2025.05.02

あいまいの政治学

我々の社会はあそび、緩衝材、あるいは曖昧な媒介項で緩くつながっている、こう考えると、現在様々な分野で行われている多くの議論を見直すきっかけになるかもしれない。ひたすら無駄をなくし、曖昧さを消去することは、へたをするとこうした自由度を排除することにつながりかねないのだ。

2025.04.23