モバイルソーシャルアプリのすごいところ、すなわち、本書をディジタルコンテンツ革命と名づけた所以は、ユーザに快感を与えるために、ユーザにフラストレーションを与え、それを解決することで満足させ、その満足に課金していることである。
そもそもそんなアプリで遊ばなければ、どこにも存在していなかったフラストレーションを勝手に作りだし、それを解決することで金儲けする。考えてみると、こんなビジネスが存在していいのか、という感じである。
これは図3.4 に示すような動きになる。ゲーム業界はさんざんファンタジーを作り出してき、そのためにゲーム機のスペックもあげてきたが、そんなことはどうやらビジネスをする上では必要なかったみたいなのである。
▼図3.4: ファンタジーはいらない
「リアル&シンプル、でわくわく、どきどき!ファンタジーは不要」というわけである。図3.5 にこのしくみを簡単に示す。
▼図3.5: モバイルソーシャルアプリの仕組み
ユーザが使うことができるのは図3.6 の3 つの手段である。
▼図3.6: ユーザが選択できる3 つの手段
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このためソーシャルにはさまざまなソーシャルを誘発する技法が使われている。表3.1 に示す。
▼表3.1: ソーシャルアプリのソーシャルに関するデザイン技法
金はもちろんのこと、実は「時間」もモバイルソーシャルアプリの重要なゲームデザイン項目である。表3.2 にこれを示す。
▼表3.2: ソーシャルアプリの時間に関するデザイン技法
時間は一定時間にゲームプレイできる量や次のイベントまでの時間を指定するだけでなく、エネルギーの消費、道具の消費(壊れて使えなくなる回数)などさまざまな要素でコントロールできる。
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モバイルソーシャルアプリには時間を意識させる(秒きざみ)仕組みがいたるところに組み込まれている。モバイルソーシャルアプリは時間設計も重要な課題である。快感を与えたあと、次の快感までお預けをする。ユーザのゲームしたいという気持ちをもりあげるティーザー(じらし)マーケティングの手段を利用する。
利用者を待たせる間隔のゲームデザインの例を表3.3 に示す。
▼表3.3: 利用者を待たせる間隔のゲームデザインの例
時間はケータイインターネットの重要な要素である。日本のモバイルサイトにおいては、一定時間以内(30 分以上)に再度モバイルサイトを訪れたユーザは翌月に同じサイトを80 %以上の確率で訪れることを確かめたことがある[10]。この30 分という時間を例えば24 時間にすると1ヶ月の間に同じサイトに異なる日に訪れたユーザは翌月に同じサイトを訪れる確率が高い[11] [12]。
モバイルソーシャルアプリは表3.4 のような技法を駆使している。
▼表3.4: モバイルソーシャルアプリが駆使するサイトを一定時間後に再訪させるテクニック
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収益は有料課金であるが、モバイルソーシャルアプリにおける有料課金への誘導こそ、現代の錬金術であり、そのデザイン技法は、サービスプロバイダがもっとも力をいれて開発しているものである。ここではその一部を表3.5 に紹介する。
▼表3.5: ソーシャルアプリの有料課金に関するデザイン技法
日本ではまだ見ないが、海外のソーシャルアプリでは表3.6 のような有料課金に関するデザイン技法が使われている。
▼表3.6: 海外のソーシャルアプリの有料課金に関するデザイン技法
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ケータイのゲームの有料課金は、ある意味では、心理的トリックを使ったものが多い。しかし、まず1 円の購入をさせるところがきわめて重要である。いったん有料課金という心理的障壁を越えれば、10 円、100 円というのはなんでもない。缶コーヒー1 本で120 円である。缶コーヒーを飲むのを金額面で躊躇することはなんでもない。
仲間と飲食にいっても3000 円、4000 円はすぐである。仲間と一緒に楽しく何日か遊んで数百円なら非常にコスト・パフォーマンスがいいと言える。
モバイルソーシャルゲームの場合には所詮かなり使い込んだところで数千円であるので、遊ぶ時間、つぎ込んだ場合に得られる快感を考えるとかなりお買い得である。
もし数万円もつぎこめば、レベルもあがり、レアアイテムたくさんということで、仲間としてたくさんの人から声をかけられ、至福のときを過ごすことができる。見栄をはって、高級な服やアクセサリーを買うことに比べれば、むしろ、コスト・パフォーマンスはいいといえる。怪盗ロワイヤルでレベル900 にでもなって仲間招待OK にでもなれば、あなたはたくさんの(何万人もの)初心者ゲーマからもてもてである。この快感は日常生活で手に入れることは非常に難しい。
東洋経済によれば『ブラウザ三国志』というゲームで、あるIT 企業の社員たちが全国制覇するのにその会社の社長が100 万円つぎこんだという話である[5]。そこだけ聞くと理解しがたい話であるが、衆人環視のもとで全国制覇してそれがメジャーな媒体で報道されて、100 万円、といったら、よく考えると格安である。社長が銀座の会員制倶楽部にいってレミー・マルタンを何本もあければあっというまにそれくらいの額になるだろう。仮想世界に人が常駐し、そこで人をベースとする情報交換が行われると、仮想社会の価値は飛躍的にあがっていく。
いまや、モバイルソーシャルアプリのミニゲームがうまくクリアできないと「今日はひょっとして体調悪いのかな」と考えるほど、モバイルソーシャルアプリは日常生活に浸透し、滞在時間が長くなっている。毎日、何時間もプレイしていると、「TV をHD レコーダで録画しているけど、観る時間がない」ということになる。YouTube に違法動画が流れているどころの騒ぎではない。まあ、このインパクトはTwitter で起きているのと同じ現象である。TV 向けに広告流しているビジネスにとっては死活問題である。このような日常生活の変化が価値の転換を生まないわけがない。
パチンコやゲームセンターで1 日遊んだらいくらかかるか考えれば格安の娯楽であるとも言えよう。女子高生にアイテムをばらまいて中年男が歓心を買うという援助交際すれすれの行為としても安くつく。しかも、その価格でサービスプロバイダは十分に利益を上げているのである。
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ここまで、モバイルソーシャルアプリが大きな利益をあげつつあるということを書いてきたが、これが日本でしかできない理由がある。図3.7 にその条件を示す。
▼図3.7: モバイルソーシャルアプリが受け入れられる前提条件
まず、モバイルインターネット、すなわち、携帯電話のブラウザからインターネットにアクセスするということが普及していなくてはならない。携帯電話用のコンテンツが充実するためには、そのためのコンテンツが儲かる仕組み(課金、など)がなければならないし、低廉なパケット課金が必要である。パケットはあらかじめどれくらう使うかがわからないので、非常に安価な料金設定でないとたちまち、コンテンツを買っているのか携帯電話会社に貢いでいるのかわからなくなる。逆に、ある程度、ユーザ数が多くないと携帯電話会社のほうも廉売できないという事情もある。また、SMS などがすでにたとえば、TV 局の投票番組やコンテンツ販売に広く使われているような国ではそれを代替するのは容易ではない。
次に、小額課金である。小額課金の仕組みがあるだけでなく、それを使って利用者が携帯電話から支払いをするということになれ、抵抗感がなくなっていることが条件である。利用者の特性や利用シーンはいろいろなので、広範囲の携帯電話向けコンテンツがそろっていないと実現しない。単にFacebook とTwitter とGoogle Maps を見るために携帯電話を使う、というような国ではだめなのである。
次に、高速通信網である。ある程度、ユーザがストレスなくモバイルソーシャルアプリを使うためには、品質の高い画像や動画、FLASH 画像などを使えなくてはならない。応答性能が悪いとあっというまにモバイルソーシャルアプリのユーザは離脱してします。また、そもそも高速通信網がなければ、ユーザはじゃぶじゃぶ画像や動画をダウンロードしたりアップロードしたりしないので、パケット定額制料金体系を選択しない。
たいていの国のiPhone ユーザはほとんどのアクセスを自宅や会社などのWiFi環境で行っている。モバイルブロードバンドのフルアクセスでモバイルソーシャルアプリを遊んでいるのは日本を含め、非常に少数である。
四番目に、パケット定額である。パケット定額でなければ、頻繁にパケットを転送するモバイルソーシャルアプリは成立しえない。
最後に、モバイルSNS である。SNS をモバイルで利用する、ということが受容されていなければ、そもそもSNS からゲームへの導線が作れないことになる。
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こんなことは簡単なことだと思われるかもしれないが、モバイルインターネットは設備と端末とコンテンツノウハウが集まって初めてできるものである。日本でも10 年かかっている。
真田KLab 社長がアイディアなんか二束三文だ、思いついたアイディアはどんどん人にしゃべって熟成したほうがいい。実際のビジネスはユーザを引き止めるちょっとしたノウハウの膨大な集積であり、それをコピーすることはできない、と述べている[13]。
携帯電話のコンテンツに関する膨大なノウハウが日本にある。他の国がいつ追いついてこれるのか見当もつかないというのが本当のところである。20 年前、誰も携帯電話なんか使っていなかった。ある意味で携帯電話は贅沢品である。しかし、携帯電話の贅沢の贅沢たる所以は、それがバーチャルな世界で完結した有料ビジネスを生み始めたところであると思う。こんなことができるのは「豊かなインターネットコンテンツがあり」「豊かな無線インフラがあり」「国民が暇で豊かな」国だけである。日本のほかには米国と中国くらいなものではないかと思える。
文・山上俊彦(株式会社ACCESS CTO Office シニアスペシャリスト)
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