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「ポスト3.11のケータイ産業」における論点整理

2011.04.06

Updated by Asako Itagaki on April 6, 2011, 18:00 pm JST

2011年4月3日、株式会社企のクロサカタツヤ氏、ジャーナリストの石野純也氏、石川温氏、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主任研究員の庄司昌彦氏による緊急トークイベント「ポスト3.11のケータイ産業」が開催された。

▼左から、クロサカタツヤ氏、石野純也氏、石川温氏、庄司昌彦氏(写真提供:森 雅史)
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ディスカッションのテーマは、震災後に明らかになったケータイ産業の現状と課題を共有し、復興に向けてケータイ産業が果たすべき役割は何か。主催者であり司会進行をつとめたクロサカタツヤ氏は、「3.11以前と以後では通信や情報の位置づけが大きく変わった。それまでは、付加価値的なものだったのが、震災後は人の生死に直結する(必然性のある)ものになるような予感が強くする」と述べた。

以下に、当日の論点を整理する。

1. 当日のケータイ事情

地震発生当日の状況について、東京にいた4人の登壇者に共通していたのは「ケータイの通話は発信規制でつながらなかった」ということだった。「通話はできなかったが、ワンセグ、メールのインフラとしてケータイは強かった」と石野氏は振り返る。一方で、PHSは問題無くつながり、電気も、固定網・スマートフォンのパケット通信、SMSも東京では問題無く使えたという。音声通話はPHS、情報入手はTwitterやGmailを使っていて、「明日どうしてもゲラを戻して欲しいといわれてSkypeでやりとりしながら仕事した」(石川氏)というほど、拠点に居さえすれば日常とさして変わらない状況だった。

一方で、交通機関の停止により、帰宅は困難を極めた。庄司氏は、同じ方向に帰る同僚と4人で歩いていた。電話もメールも使えない中、Twitterで居場所をつぶやきながら4時間かけて自宅にたどりついた「(初日の混乱の中で)Twitterが落ちなかったことが、東京では情報共有とパニック回避に役立った」という。情報共有によりパニックを回避できたことが、海外からも賞賛された「日本人の秩序ある行動」につながったのではないか。

また、今回の震災をきっかけに、TwitterやFacebookを使う人が増えた。従来の、ケータイとメールだけでなく、Twitter、Skypeなど、情報のルートを常に複数確保できるようになったことは大きい。

ケータイの通じない東京でTwitterが役立っていた一方で、地震の直後に被災地から発信されていた情報は少ないと思われる。一つは、停電のためパソコンが使えない状況だったことも理由だが、もう一つの理由はバッテリーだ。数少ない現地発信情報でも、まもなくバッテリーが切れるというSOSが頻繁に発せられていたという。

2. 被災地におけるバイタルサインとしてのケータイ

被災者に対して情報通信インフラが何をできたかを考える時、バッテリーの問題は重要である。携帯を持ってがれきの下で救助を待っていた人もたくさんいるはずで、端末の機能としては、「自分が今ここに居る」ということだけをGPSの位置情報と一緒に発信するような機能は実現できたはずである。最低限のバッテリー使用で、バイタルな通信だけに絞り込むような構造が実現できたかもしれない。

基地局が倒れてしまったら通信できないという問題もあるが、臨時基地局、移動基地局でマイクロセルを形成するなど、早急に通信を確保するための技術的な方法はある。「有事の時には、人間の身体に密着したデバイスとして、生きている限り最低限のことができるインフラとしてケータイは機能すべきだろう」(クロサカ氏)

※公開時、庄司昌彦氏の所属を「国際大学グローバル・コミュニケーションズ」としておりましたが、正しくは「国際大学グローバル・コミュニケーション・センター」です。お詫びして訂正いたします。(4/7 14:20 本文訂正済)
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3. どこまで有事を想定するか

ドコモ、KDDI、SBMの3社を比べると、移動基地局やエリア復旧についてはドコモ、KDDIが先行していた印象がある。対して、ソフトバンクモバイルの進捗状況は、「現場の方が復旧にがんばっている中で責めたくはないが、やはり経営層の安心安全に関する意識が薄かったのではないか」と石野氏は指摘する。また、「ドコモは、普段から自衛隊と合同で災害復旧訓練などを行っており、今回の復旧速度にはその成果も活かされている」(石川氏)という指摘もあった。

だが、有事を想定したオペレーションはコストに跳ね返る。消費者としてそれをどこまで意識するのか、また、今後、ケータイの上にある情報流通の社会的重要性が増し、人の生死にかかわるものであるとすれば、「有事対応は事業者にすべて押しつけるのではなく、有事に社会全体として何を守り、何を切り捨て、コストをどう吸収するかという議論を準備する必要がある」(クロサカ氏)

また、自治体の有事対応についても、「日本は世界で一番災害に備えている国だが、それでも自治体によって有事の備えの差が出たのではないか」と庄司氏は述べた。東北の被災地では津波で自治体ごと消えてしまったところもあり一概には言えないが、例えば静岡県富士宮市が、数日後に震度6の地震が来た時にも直後から正確に情報を発信していたのに比べると、3月11日の東京都のウェブサイトには公式プレスリリースと鉄道会社などへのリンクがあるだけで、情報は不十分だった。

4. たしかな情報を得るための情報源

市民に対する情報提供手段として、この震災を機にTwitterアカウントを立ち上げた自治体が多い。「自治体の情報は速さよりも信頼度があるので、非常時の信頼できる情報源として活用できるのはとてもよかった」(庄司氏)だが、本来であれば、Twitterよりもケータイ向けメルマガであるべきではなかったかとも指摘した。「例えば親の世代にTwitterの使い方を教えるのは大変でも、メールマガジンに登録させることぐらいは何とかできる。自治体や公共機関が1日1,2通でも、信頼できる情報をプッシュ配信してくれるのが良いのではないか」(庄司氏)

公的機関によるメール配信といえば、今回の震災後、ドコモのエリアメール受信者に対して、内閣官房からメールが配信されている。要するに緊急地震速報と共通のインフラを利用した公的機関からのメール配信だが、こうした手法についても、「Twitterやウェブなどを使って自分で情報収集できないマジョリティが、信用できる情報を提供するしかけとして必要ではないか」とクロサカ氏は述べた。例えば「水が危ない」という情報だけがテレビから入ってきても、それを正確に検証したり、問いかける手法がなければ、買い占めに走ってしまうのは仕方がない。ケータイは、情報産業というくくりの中で、こうした課題に対応するインフラになっていく必要があるかもしれない。

5. 周辺産業(主にメーカー)への影響

直接的な端末メーカーの組み立て工場については、ほぼ復旧しているが、部品製造が止まっているケースがある。とはいえ、「国内の製品市場については、中期的にはほとんど影響がないと思われ、サプライサイドよりは消費マインドの冷え込みが心配」(石野氏)という見解であった。

影響はむしろ海外から日本に波及する可能性がある。「日本の部品がボトルネックになって生産に影響するなら、グローバルメーカーが日本の部材を使わなくなる可能性がある」(庄司氏)「スマートフォンの場合開発期間が短いので、影響は早期に現れる可能性がある」(石川氏)「部材メーカーはスケールメリットが大きいので、海外メーカーが日本から調達しなくなっただけで、日本の端末メーカーの調達コストが上がり、市場競争力がなくなる可能性がある。また、原料を確保できなくなり、生産ラインが動くようになっても元通りにはなれないかもしれない」(クロサカ氏)と、影響を懸念する。

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6. スマートフォン市場への影響

現実を踏まえると、震災の被害や計画停電の影響で、経済規模はGDPベースで実質15%ぐらい低下するのではないかとクロサカ氏は試算している。スマートフォンにしても、「例えばドコモの年間600万台という数字は年間出荷数1200万台の半数、という根拠であり、総販売台数が減った分は減るだろうが半分スマートフォンという割合は変わらないだろう」と石野氏は見る。

緊急地震速報やワンセグなど、フィーチャーフォンの機能が再評価されたが、「だからといってスマートフォンからフィーチャーフォンへの揺り戻しが来るほどではない」というのが、登壇者の共通する見解だった。実際に、震災後に発売されたドコモのMedias、Xperia arcの売れ行きは好調である。「緊急地震速報やワンセグはあった方がいいが、ワンセグは単体の小さいテレビもあるし、緊急地震速報もテレビで見れる」(石野氏)「Skypeなどを使うことを考えると、Wi-Fiがあるスマートフォンの方が良いと思う」(石川氏)「東京電力の電力消費量データやホンダのカーナビによるプローブ情報など、生のデータが提供されることで新しいサービスが作られるということが起っており、そういうものはスマートフォンに相性がいい」(庄司氏)といった意見が出た。また、クロサカ氏は、「緊急地震速報やバッテリー寿命の長さで、フィーチャーフォンは再評価されている」としつつも、「最初の生死を分ける状況からもう少し落ち着いて、情報ニーズや、逆に自分の状況を発信したいとなったとき、フィーチャーフォンでは機能が足りず、PCでは利用局面が限定されるということで、折衷案としてのスマートフォンが見直されている」と指摘した。ただし、緊急地震速報などへのスマートフォン対応は加速するであろう。

7. 有事のインフラ協調とケータイの限界

復興に向けてケータイの役割を考えるにあたって、「今回の震災で、日本という世界最先端のモバイル社会で、災害時にモバイルがどう使われたかを記録する必要がある」と庄司氏は述べた。現在、被災地支援をしている人達の中には、阪神大震災、新潟中越地震などの経験が活かされている。同様に、今後のために、個人と紐付いたインフラであるケータイがどう使えたか、使えなかったかを記録し、また世界に発信することには意味がある。

庄司氏の感覚では、家族や親戚など、身近な人との連絡手段が意外に欠けていたとのことだ。キャリアの災害用伝言サービスなどは、遠くの親戚がどのキャリアか分からなくて使えなかったり、Googleなどのサービスと情報が分散していることもあった。有事には位置情報を家族やアドレス帳内のフラグをつけた人に伝える仕組みも考えられるだろう。

また、有事には、キャリア間の相互利用のような形で、エリアを確保することも考えられるかもしれない。通信規格が違う場合は難しいが、もっと上位層で、災害用伝言板を統一するなどのニーズは出てくるだろう。制度面で、個人情報の扱いをどうするなどの問題は検討しなくてはいけない。今後、LTEで通信方式が統一されることで、もしかするとそうした協調が現実的になるかもしれない。

LTEの今後の展開については、現在サービス中のエリアはほとんど基地局に被害をうけていないが、今後の展開について、石野氏は「4月中旬までに東北地方もサービスエリアは復旧できるとはいえまだ通常よりも大きなマクロセルでカバーしている状況であり、東北地方を中心に基地局の新設をする場合は、若干遅れる懸念がある」という見通しを示した。

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8. 大きな社会で震災を受け止める-ケータイの向こうには人がいる

「ケータイ業界の今後の課題とは?」というまとめに入る前に、会場に対する問いかけが行われた。会場からは、「救助や避難によって、地域のコミュニティが物理的に離ればなれになってしまう苦痛を解消してあげる仕組みを作りたい」「ケータイを被災者情報一元化のためのIDとして利用できないか」「IDとして人の情報を一元化することと、地域に閉じたコミュニティをそのままに保全することの両立が求められている」という意見が出された。

庄司氏からは、「政府だけではこの規模の災害は乗り切れない」ということを前提に、社会としてこの災害を受け止めることの重要性が指摘された。「大きな社会」という言葉はイギリスで言われており、政府が大きくなれないので社会が大きくなるという考え方である。マスメディア以外で、自発的に情報の集約や解説をする人が出てきている。また、家が流されて住所や固定電話がなくても、ケータイ番号とメールアドレスとソーシャルメディアのIDを起点にして「個人で支え合える世界を作れるのではないか」(庄司氏)ということだ。

石川氏は、3月5日に富山で講演したときに、「ケータイで相手の生存が分かるシステムが欲しい」と来場者に言われたという。富山には、2011年2月22日のニュージーランド地震で最も被害の激しかったクライストチャーチで被災された方やその家族の方が多く、現地の生存確認の手段がなかったことが、「ケータイで状況が自動的に分かる仕組み」へのニーズにつながっていた。そうした話をされた直後に、今回の震災が来た。「日本の通信業界が得た教訓は、世界で共有して、世界的にケータイが人間の安心安全に役立つツールにして欲しい」とまとめた。

石野氏は「災害の時ほどつながることの大切さ」を強調した。回線交換だけでなく、パケット通信、固定網とのオフロードをバランス良く行うこと、特に多様な手段がフィーチャーフォンでも簡単に使えるようにすることを提案した。また、クアルコムがMobile World Congressで提案していたP2P的なネットワーク技術のように、パラダイムの違うものを導入していくことも必要であるとした。

石野氏がもう一点指摘したのは、ソーシャルメディアの役割についてである。Twitterは地震の当日の情報共有には役だったが、2日、3日と経過するにつれて(不確かな情報のリツイートによる)ノイズが増えてきた。メディアを個人が持つということを意識し、「自分の持ち分を守りつつ、裏がとれる情報だけを発信するというスキルが求められる」(石野氏)また、そうした教育も求められていくだろうとした。

最後にクロサカ氏は、「ケータイ的な従来のコミュニケーション、ソーシャル、マス、それぞれのコミュニケーション全てに限界が見えた」として、それらの手段を適宜使い分けるスキルがない人は、自分が必要とする情報が得られない状況であること、それを解決していくことが求められているのではないかと述べた。また、「紅茶にはは茨城と福島の牛乳を入れよう」という言葉で、今後の復興は、現地の人々が参加して初めて復興だということを忘れないよう呼びかけた。

なお、このイベントの参加料は、必要経費を除き、被災者救援のための義捐金とすることがあらかじめ案内されていた。寄付先については、「すぐ渡したい」「二次被害に苦しむ人に」「認知されていない被災者に」「情報伝達を機能させるために役立つように」使いたいという方針のもと、来場者からの意見も受け付けた上で、最終的にはクロサカ氏に一任することが会場で提案され、了承された。

※上記の趣旨を鑑み、WirelessWire Newsでも、本稿に関しては、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス( CC BY-NC-ND:表示・非営利・改変禁止)での公開とする。

(cc) WirelessWire News

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緊急イベント「ポスト3.11のケータイ産業」(クロサカタツヤ氏より)

▼当日の会場の様子(写真提供:森 雅史)
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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。