「ガラパゴス」という言葉に象徴されるように、閉鎖的なイメージがつきまとう日本市場。テレコム市場も例外ではないが、標準化の加速とデータ通信量の急速な増大への対応という課題を受け、徐々にグローバルベンダーが存在感を増しつつある。
テレコムバブル以降、世界の大手インフラベンダーが次々と破綻したり統合されたりする中で、かえって強くなってきたのが、世界トップのテレコム・インフラ企業、エリクソンだ。日本エリクソンのアラタロ社長に、日本における「世界のトップベンダー」の状況について話を聞いた。
エリクソンが世界企業として大きく育ったのは、欧州のデジタル携帯電話普及以降といってよい。
アラタロ社長はこう説明する。
「エリクソンは1876年に設立され、歴史は長いですが、母国スウェーデンは小さな国です。国内市場だけを相手にしても成り立たないので、GSMの標準化を推進し、GSM標準を採用する国が増えれば自社製品の売れる市場が広がる、というサイクルを作り出しました」
これは、目新しいことではない。歴史的に、もともと国内市場の大きい米国・日本・中国などの通信機器メーカーは、国内市場には強いが国際展開は苦手という傾向がある1。インフラ機器ではカナダのノーテル(現在はエリクソンなどに買収されている)やスウェーデンのエリクソン、端末ではフィンランドのノキアや韓国のサムスンなどといった、比較的小さい国から国際メーカーが出現している。
かつて貿易摩擦華やかなりし頃、米国のモトローラは「日本でも米国と同じ技術を使うべし、使わないのは非関税障壁である」という政治力も使って日本に参入した。GSMを初めとする国際標準化推進は、それとは異なる種類の政治力が必要であるが、技術戦略としては「独自技術のiPhone、オープンソースのAndroid」などのように、後発組や小さなプレイヤーのとりうる戦略として有効なものだ。
しかし、標準化技術で勝負するとなると、他社との差別化が難しい。エリクソンはどうやって差別化をしてきたのだろうか?
「我々は、安定した性能を届けるように、現実的な見通しを最初から約束します。そして最終的には、むしろ顧客に約束したものより、よいものを届ける。『オーバープロミス・アンダーデリバー(最初に大風呂敷を広げて、結局約束を守れない)』の反対で、『アンダープロミス・オーバーデリバー』なのです。だから傍から見たら、わが社は退屈に見えると思います。派手にぶち上げることをせず、堅実な社風です」
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エリクソンは、3月11日の東日本大震災の直後に、テレコムインフラ復旧のためにキャリアに協力した。
その一環として、「災害援助用大型ヘリコプター」を大型輸送機に積んで、スウェーデンから日本まで運んできた。この活動を運用する「エリクソン緊急対応隊2」は、1年前のハイチ大地震でも活躍した。
▼東北地方の復旧作業支援のために飛行機に積み込まれ、スウェーデンを出発するヘリコプターBell 205(写真提供:日本エリクソン)
「日本国内でヘリを探したのですが、適切なものが入手できず、結局本国から運びました。あのサイズの輸送機が成田に着陸したのは史上初めてなのだそうです。
ただし、それを使って運んだものや、エリクソンが担った役割りは、日本とハイチでは全く違います。現地キャリアの力が不足していたハイチでは、エリクソンが直接緊急設備を設置しましたが、日本では基本的にキャリアが何でも持っているので、エリクソンはキャリアの持つ基地局用機材を運んだり、数が足りない衛星電話を提供するなどといった、補助的な役割に徹しました。また、国連のテレコム援助部門とのコーディネーションもしました。エリクソンの設備は主に東名阪にはいっているため、東北ではあまり影響を受けませんでした」
ハイチと日本とは、今や「大地震」というキーワードでかろうじてつながっているものの、普段はお互いに縁が遠い。エリクソンはその両方を顧客に持つほど、広い範囲で多くの顧客と関わっているからこそ、世界規模での災害復興支援が経済的に成り立つ。
多くの機器を生産することで、コストを下げる量産効果の「規模(スケール)の経済」だけでなく、「範囲(スコープ)の経済」もある。
「我々の顧客は175カ国にまたがっています。これだけ多くの市場にローカル・プレゼンスを持っており、ローカルレベルで種々のサポートができます。グローバル・スケールでの量産による低コストと、各国の状況に合わせたカスタマイズ性のバランスが必要です」
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そうした各国ごとに異なる市場の状況について、アラタロ社長は興味深い見方を示す。
「欧州は残念ながら頭打ちになってしまっています。問題はイノベーションの欠如です。モノになるかどうかわからないような若い技術に十分に投資していません」
90年代後半から2000年代半ばまでは、欧州はGSMのグローバル規模を背景とし、SMS(テキストメッセージ)サービスが爆発的に普及してキャリアは潤った。しかし、「ボイスとSMS」での料金の叩き合いばかりを促進する政府の競争政策のせいか、バブル時の周波数オークションによる免許料巨額負担のせいか、それとも単なるキャリアの怠慢のせいかはなんとも言えないが、3G投資が遅れ、2000年代後半からの「スマートフォン時代」への移行にも乗り遅れた。欧州の業界人の間で「投資不足」というキーワードはよく聞かれる。
「これに対し、日本と米国は似ています。スマートフォンに人気があり、データ・トラフィックが大きな比率を占めています。データ・トラフィックの増加はグローバルに共通の問題ではありますが、日本と米国はその最先端です。
トラフィック混雑の問題に対しても、市場の特性により対策が異なります。一般的にはまずネットワーク最適化です。種々のパラメーターや優先付けについて、我々が持っているノウハウを提供できます。例えば、アンテナの角度を変えるだけで容量が増える場合もあります。
また、欧州ではデータ通信はモデムカードを使ったパソコンからの通信が多いですが、日本では携帯端末中心なので、シグナリングの負荷が大きい。このため、シグナリングの効率化が重要です。エリクソンは、iPhoneのシグナリング効率化についてアップルとも直接協議を行なっています」
iPhoneの母国アメリカでは、稼働台数が多いために、日本よりもさらにiPhoneトラフィック対策が深刻であり、シグナリング効率化が急務。AT&Tに対応するための技術は、日本でも活用される。
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今後の戦略分野はそれだけではない。
「マネージド・サービスです。最近、米国でスプリント/クリアワイヤから携帯電話/WiMAXの設備運営を請負いました。製品だけでなく、サービスも一緒に提供する戦略です」
マネージド・サービスとは、一言でいえば「設備運用のアウトソース」である。どこまでキャリアが担当し、どこまでマネージド・サービス・ベンダーが提供するかは双方の話し合いによるが、主に(1)フィールド・メンテナンス、(2)ネットワーク運用、(3)特定サービスのオペレーション、などをベンダーが請け負う。スプリントの場合は、こうした業務を行うキャリア従業員がエリクソンに移籍している。
同社は、スプリントだけでなく、テレフォニカ・ブラジルでも同様のサービスを提供している。またこの戦略の一環として、6月14日には、旧ベル研究所の末裔の一角、テルコーディア社の買収を発表するなど、OSS(オペレーション・システム・サポート、課金・カスタマーサービス・プロビジョニングなど、事業者のバックエンド・システム)を強化している。
「もう一つは、コネクテッド・デバイスの推進です。いずれは、世界で500億台程度のネット接続機器が利用されるようになると我々は予測しています。こうしたネット接続機器は、種々の社会問題を解決し、キャリアにとっても大きなビジネスチャンスになると考えています」
携帯端末を使った「人と人」のトラディショナルな通信ではなく、携帯通信機能を搭載した種々の機器やセンサーから、自動的にデータがアップされる仕組みはM2Mとも称されている。まだ早い段階だが、将来的には環境問題対策や医療・ヘルスケアの分野での応用が期待されており、このための技術の標準化努力が進められている。
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さて、そんなグローバルベンダーの目から見て、日本市場というのは果たしてどのように見えているのだろうか?
「日本はそれほど規制も強くないし、十分にオープンな市場です。顧客(キャリア)はそれぞれの要求項目がありますが、それはどの市場においても同じです」
エリクソンにとって、日本は世界で二番目の規模の大事な顧客でもあり、多分に気を使った言い方かと疑いたくもなるが、例えば新興国ではしばしば政府の関与がより複雑だ。相対的に見れば、日本はそれほど「特別」ではないのかもしれない。
「もちろん、課題もあります。日本独自の周波数割当がその一つですね。1500MHz、1700MHz、2500MHzなどでの独自の周波数利用では、いろいろな問題が生じます。できるだけ国際間でハーモナイズするほうが、我々にとってもキャリアにとっても、本当は有利だと思います」
エリクソンといえば、「欧州ベースで、世界最大の老舗インフラ機器メーカー」という重厚なイメージがあったが、本社のCEOと同様、日本エリクソンのアラタロ社長も、若くてエネルギッシュながら、寒冷地の人特有の真面目さ、堅実さを漂わせる。(かつ、イケメンである)そんなエリクソンは、スケールとスコープのバランスを武器に、日本でも着実に根を張りつつあるようだ。
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ENOTECH Consulting代表。NTT米国法人、および米国通信事業者にて事業開発担当の後、経営コンサルタントとして独立。著書に『パラダイス鎖国』がある。現在、シリコン・バレー在住。
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